2024年10月24日木曜日

4.もうひとつの姫路

1.幽霊と魔獣

1-1.湿っぽい季節にお菊は似合わない

 九条立夏は九条8兄弟の末っ子であるが、もしかしたら9番目が産まれないとも限らない。隣の秋の部屋に行くと、秋と柔道の勝負をしてボロ負けして子分になった幽霊のお菊が、緑茶を入れてくれた。 
「梅雨で妙に湿っぽいのに全然雨が降らへん。 」
立夏はすっかりお菊に慣れてしまったようだ。
「お菊は湿っぽく冷えるしな。じめっと涼しくなるだけやし。」
「どっか、からっと涼しいとこに行かへん?」
立夏が言ったが、いつも同じことを言っている様な気がする。碌でもない目に遭っているのも間違いないのだが....

「ところで、なあお菊、幽霊はお茶を飲むことができるのん?」
と立夏が興味本位で聞いた。
「私達幽霊は、排泄機能がないので、基本食事は意味がありません。おなかの中で消えてしまうだけですわ。
「味覚はあるのん?」
「普通の幽霊はそれなりにあります。似たようなものに魔獣がありますが、魔獣でも食欲、性欲があると言われてます。しかし、自分の餌の味しか分からないと言われています。」

1-2.魔獣は絶滅危惧種になっている

「魔獣も人間を食べる種類があるのん?」
またも立夏が興味本位で聞いた。
「よく漫画に出てくるような、人間を襲って食べるようなものはいません。もし、いるのなら、都会など餌の多い所に住んでいると思いますが。」
「魔獣はどこに住んどるのん?」
「ほぼ森の中ですわ。富士の樹海とか、大雪山、朝日連峰、奥大井などですね。人の姿を見かけたら逃げるような生活をしているようです。熊なんかの方がよっぽど危ないですよ。中には、熊の餌になっている魔獣もいるようです。」
「性欲の魔獣なんか、人を襲うことがあるのん違うのん?」
「自分と同じ種類の異性を襲うだけです。例えば、人間で犬や猫とナニをしたい人がいると思います?」
「そういやそうやね。お尻も拭かへんから臭そうやし。」
立夏が言った。
「コラ、いらんことを言うな。想像してしまったやないか。」
秋が言った。
「よく異世界ものに出てくる、雷獣なんておるのん?」
「ごくわずかだが森の中で暮らしています。雷のような声で鳴き、体内に電気を貯めることができる聖獣で、大声で鳴くので捕まえやすいです。蓄電池として使えるので乱獲され絶滅寸前です。」
「ドラゴンなんかはどう?」
「ドラゴンは体の割に羽が小さく走るのは速いが飛べません。大型のダチョウを考えるとそれなりに近いです。森林から草原に住んでいるのですが、森林ではスビードが出ず、草原では体が大きいだけに見つかりやすく、捕まえやすいですね。木の枝に絡まって、動けなくなっているところを見ることがあります。」
「魔獣って弱いの?強いのはいないの?
「いないです。全体に、かなり弱く、ほとんどが絶滅寸前ですね。戦えば全て秋さんに負けると思います。
「雷獣やドラゴンは食べられるの。」
「食べようと思ったら食べられないことはないと思いますが、食べたという話は聞いた事がありませんね。」
「聖獣と魔獣とはどこが違うのん。」
「例えば雷獣が蓄電池の代わりに使えるように、人間にとって有用なものを『聖獣』と言い、役にたたないものを『魔獣』と言います。人間の都合によって名称が変わります。」

2.友人ともうひとつの姫路

2-1.誰が殺したお菊さん

「実は、皆さんにお願いがあるんです。私は誰に殺されたか教えて欲しいんです。」
「300年前の殺人事件やで。そりゃなんぼなんでも無理やで。」
「深泥3兄弟のピンクの脳細胞をもってしてもだめか?」
「ビンクの脳細胞はえっちですから期待していません。」
「ところで、お菊、相手の顔を見てなかったんか?」
「暗闇で後ろから刺されたので判りませんでした
「お菊の家に泊まった人や、お菊関係の人はおる?」
「夫の西城世之介28歳ですね。彼の前の妻は6年前に、引原に行く途中の十倉峠で崖から落ちて、亡くなったということです。私が姫路で殺されたとき、夫は東因幡地方の剣術大会に出ていました。夫は10日に1回位、城の用で和歌桜城へ泊りがけで行くことがありました。
「他に織田竜二郎30歳。当時は珍しくも登山を趣味にしていました。月に2回ぐらいは来ていました、剣の腕が東因幡1という強い方でしたが、剣より登山の方が好きらしいです。」
「どこの山が好きやったん?」
「氷ノ山や扇の山とその周辺の山やったと思います。当時は登山道なんてほぼなかったですが、峠から草木をかき分けて登っていたようです。」
「かなりハードな趣味やね。」
「お建:50歳ぐらい。月に1~2度、農業の生産性向上の指導をしに和歌桜から来てもらっていました。農民ですから武術は全然ダメでした。無理すれば鍬を持って戦うぐらいでしょう。」
「まあ関係ないやろなぁ
「関係ないで」
「嵯峨喜将40 歳ぐらいの人で、川釣りが好きで釣った魚をよくみんなで食べました。2月に1回ぐらい来ていました。あまりしゃべらず何を考えているのか判らないところがありましたが、ただの口下手で子供好きだったと思います。悪い人には見えなかったですね。
「ところで、お菊は何歳で殺されたん?」
「24歳です。当時は15~16歳で結婚していたので、22歳で結婚した私はかなり晩婚でした。」
「私らもそろそろ結婚せなあかんのんか?」

「お菊はどこに住んどったん?」
「姫路と言う村です。」
「姫路いうたら大きいお城のある町やな。」
「いいえ、因幡と播磨の境に近い寒村です。けど殺されたんは姫路城のある姫路です。親戚の祝言に行った時に殺されたんです。」
「まさかおまえ、『1枚足りない』のお菊井戸に住むお菊さんやないよな?
「そんなメジャーではないです。メジャーな『お菊さん』は、最近は自分のことを『世界遺産のお菊』と言うとるようですが.......」
「まあ、間違いではないわな。」
と秋が言った。
「仕方がない、鳥取に行くか。お菊も友達の一人やし。」
鳥取は東京と比べて雨が多いんかなぁ。

3.空港と梨と銀行

3-1.警視は高所恐怖症である

 立夏は計画したら翌日には出発することが常である。
「ところで取砂丘コナン空港のコナンって何?」
秋が訊いた。秋はどうもこんなジャンルが苦手のようだ。
「鳥取出身の探偵コナンが毛利小五郎に麻酔針を打って名探偵『眠りの小五郎』になり、事件を解決するんや。決め台詞は『見た目は子供、あそこは大人』やねん。
嘘くさい解説を本当らしくするのは、立夏の役目である。
「決め台詞は嘘やろ」
「ほんま、ほんま。」
※嘘:誰が見ても嘘だと思うわ:アニメの冒頭の一部『見た目は子供、頭脳は大人』が正しい。『見た目は子供、頭脳も子供』というのもある。

「次の鳥取砂丘コナン空港行きスペシャルファーストクラス」
「お名前をお願いします。」
「九条立夏」
「他の人は登録をお願いします。
「九条家の方と認定いたしました。約1時間15分後に搭乗の案内をいたしますので、待合室にてお待ち下さい。
「テーブルの上にあるクッキーや煎餅・チョコレート、漬物・おでん、コーヒー・紅茶・ジュースなどはご自由にご飲食下さい。」
気前のいいアナウンスが、スペシャルファーストクラス待合室に響く。
「漬物?おでん?」

「あの~。立夏さん、私も行かなきゃなりませんか。」
スカイが言った
「今さら何を言うとるんや。」
「怖いんです。高い所が。」
「名前が『スカイ』やのに?」
漢字で書いたら意味が変わります。」
「宇宙やんか。もっと高くなっとうで。」
「そんなこと言われましても。ナニが縮み上がっとると言うか、もう一生このままかも知れません。結婚できんかも知れません。」
「ロリコンやから別に結婚せんでもええやんか。」
「歳の離れた若い小さな女の子を嫁に貰うのが、私の望みです。」
「そんなに高いとこまで上がらんから。大丈夫、大丈夫、ほんのちょっと上がるだけやから。走り高跳びよりちょっと高いとこを飛ぶだけやから。」
「嘘や、嘘や。絶対嘘や。私だけJRと言うわけには参りませんでしょうか?」
「切腹と飛行機どっちが怖い?」
「ん~む~ん~
「ええい、そんなんで迷うな。もう、トコちゃん+ピーちゃんと交代や!」

 トコちゃん+ピーちゃんはしばらくしてやってきた。スカイが理由を話し二人がついて行くことになった。
「お兄ちゃん警視、ちゃんと仕事をして下さいよ。」
「だって、高いとこは怖いんだもん。」
「ところで立夏さん、さっきから秋さんの横で、ふわふわしとるのは何ですか 。」
「友人や。失礼な口をきいたら、痛い目に遭わせるで。」
「お菊、ちょっと来て。」
「お菊と言います。お初にお目にかかります。秋さんのところに居候させてもらってます。」
「どんな人かわかったやろ。」
「人じゃないでしょう。もしかして、お兄ちゃんが泡吹いて失神した、原因の方ですか。」
「そんなこともあったな。そやけど別に怖いことないで。安心しとき。」
立夏が一番怖がっていたくせに....

3-2.飛行機は空を行く

「鳥取砂丘コナン空港行スペシャルファーストクラス搭乗して下さい。
飛行機に乗ってしばらくすると、飛行機はゆっくりと動き出し、約300km/hで離陸する。
飛行機の巡航速度は約1000km/hである。マッハ0.8ぐらい、音速よりちょっと遅めである。スペシャルファーストクラスでも速度は変わらない。
お菊が窓から外を見ながら言う。
「ほんとに飛んどる。昔と違うなぁ。日本はこんな形しとるんか。」
「いやいや、それは浜名湖や。」
「日本はこんなに大きいのん?」
「それは淡路島や。知っとうやろ」
「上から見たことない。」
「降りるときちょっと怖いわ。あの池に降りるのん?」
「初めて乗ったときにはちょっと怖いけどね。お菊はもう死んどるから、何にも怖いことはないんやで。
雨は降ってなかったが、今にも降りそうな天気だった。

3-3.秋の実力はバレている

「ところでお菊は何で秋に負けたんや?」
「本人を目の前にして言うのもなんですけど、自分は弱い、初段の実力しかないというじゃないでですか。最初はあれに騙された。しかしとんでもなかった。めちゃくちゃ強いんですよ。とにかく速い。投げられ、後ろから絞められて消えなあかんと思った拍子に、はっと気が付いて『落とされたんか』と思う。おそらく日本のトップクラス以上かと。」
「いやいやそんなことはあらへんで。偶然や、偶然」
「あんな偶然ありませんよ。それを3回続けてやられた後、普通の人間なら死ぬような技を掛けまくられて、いいように遊ばれてしまいました。」
「遊んでないで、今まで実際に使ったことのない技の練習や、お菊は死なへんから。」
「今度、全日本選手権に出てみるか?無差別級で行こか。1回戦から優勝まで全部1本で勝ち上がるのは格好ええで。」
「立夏、貴様、何か知っておろう。」
「わしは、知らぬ存ぜぬ。柔道では無名の国立六甲山中学、国立六甲山高校の初段の選手が全日本選手権を中3・高1と連覇したこと、全て梨で一本勝ち梨たこと、それ以降梨のいや柔道梨の大会に出てないこと。梨ぐらいや。調べさせてもらい梨た。」
「梨売り場を見るたびに『梨』『梨』言うな。何言いたいのかさっぱりわからんわ。だいたい、『1本勝ちする梨』ってどんな技や。見てみたいわ。そんなに梨が食べたいんか!」
「うん。好物やねん。」

3-4.三崎銀行は立夏のものである

 私たちは鳥取に戻ることにた。鳥取市に近づくにつれて、梨を売ってる店が増えてくる。立夏はさらに食べたくなって我慢ができなくなった。
「梨が食べたいねん。食べたいんや、食べさせんかい、こら!」
「立夏さん、ここはどう見ても、カード決済はできないと思いますが?ここは現金でしか購入できないところてす。」
「私カード決済しか、したことあらへん。どこかの銀行ででも、おろしてくるわ。」

 少し進むとビルとビルの間に小さい3階建て銀行を見つけた。三崎銀行?潰れる前に資産を投入し、九条が発行株式の70%を持つ、九条の完全子会社である。
「スカイ、私あの銀行に口座ある?」
「すいません、スカイは羽田に置いてきました、私はトコちゃんです。」
「あぁトコロテンやったんか。」
「トコロテン言わんで下さい。言われる度に僕の心も傷ついていくのですから。」
「三崎銀行は立夏さんが20%、九条銀行が15%、九条重工業10%、九条工建10%、TOY's Rikka10%、その他九条グループ5%ですから立夏さん筆頭株主ですよ。」
「あんた、自分がどこの株を持ってるのか知らんのか!」
「しかし、何でそんなところの株を持っとるん。」
「砂漠にはきっとライオンキングが出るやろうと思って..............」
「嘘つくな!」
「それやったらどうなるのん?」
「元々立夏さんの意見に九条は逆らえないので、立夏さんは実質上70%の株を持ってることになります。簡単に言えば、立夏さんの銀行ですわ。いつもながらムチャクチャ言っても聞くしかないんです。」
「立夏ってそんなにすごいのですか?」
「そんなに大したことないで。それにムチャクチャなことなんか言うたことないで。」
そう言いながら車のドアを開けて2mほどある歩道を横切ると、立夏は銀行のドアを開けて建物内へ入っていった。

3-5.夕張を再生する

 トコちゃんが立夏のムチャクチャを話し始めた。
「秋さんや。ちょっと前に北海道の夕張市が超赤字と言ってたでしょう。今は盛況を極めた札幌の衛星都市になっているんですよ。」
「はぁ」
「JR夕張線が廃止になった時に、立夏さんが買ったんです。そして周辺地も買い、いつもながら、何か訳の分からん事を初めようとしたとき、日本中の自称優秀と言う経済人は必ず失敗すると言った。夕張なんか再生不可能都市だと.....」
「それでどうなったんです?」
「しかし九条の長男である和彦様は、
『自分の言葉に責任を持てよ。失敗したら九条重工業を売りに出す。もし九条立夏が成功した場合は二度と経済人や経済評論家という名称は使うな。』
と仰った。片や会社を賭け、片や仕事とプライドを賭けるという争いに発展したのですわ。」
「ふむふむ、で、それから?」
「そして、札幌から夕張まで平均速度600km/h、最高速度750km/h、所要時間わずか10分、途中駅は新千歳空港だけの超高速鉄道を走らせた。何しろ世界最速になるはずだったリニアモーターカーよりも早いのだから。立夏様にしてみりゃ元々は実験のつもりだったらしい。しかし、こうなってくると立夏様も引くに引けなくなった。そして、1000km/hの予定だったのを600km/hに落として営業することとなったわけです。これでも世界最高速なのですが、本来は東京-大阪間を30分で結ぶ構想だったようです。
地元では神技特急と言われてます。作ったのは九条重工業ですが、世界一速い鉄道を作るという技術者の意気込みにより、試運転走行ではジェット機とほぼ同じ速度の1023km/hの世界最高速を記録しています。元々の予定の1000km/hで走れる鉄道は、もう少しのところまで来てるわけです。そりゃもう航空業界は真っ青ですわ。
空気圧で車体を安定させ、空中を滑るように走るのは、九条立夏の国際特許、ジェットエンジンと車体の揺れを吸収して動く補助エンジンの波動ターボを世界で初めて実用化した車両なんです。その沿線開発を大規模に行うことにより、九条各社は何十兆円という収益をあげた。立夏様は2兆円だけもらって、株式を運用しているようです。夕張は札幌まで10分の通勤圏内になり、土地や住宅は優良物件になったんですよ。」
「やっぱり。」
「そう、やっぱり。だから最近、経済人や経済評論家がテレビに出なくなったでしょう。」
「ほんに。いらんこと言わんかったらええのんに。」

4.上谷優也

4-1.立夏は上谷と出会う

 秋が言った。
「ところで、梨を買うお金なんか誰かに借りたらええのんちゃうのん?」
 全員が言った。
「あっ!ほんまや!」
 もう、立夏は銀行に入ってしまった。
 階段を上ると
「支店長の甘口と申します。」
 私は名刺を甘口に渡した。
「九条立夏です。」
「九条立夏というと九条の次期総裁で当社の筆頭株主様。まずは応接室へ。........今日はどのような御用で?」
「私はお金をおろしに来ただけです。300万円下ろしてほしいんですが。ちなみに私は中学生ではなく大学生です。この名刺を見せただけで、九条の物品は、20%引きになります。」
「今日はどのような用事で鳥取まで来られたのでしょうか?」
「知り合いに頼まれて姫路村の西城家の調査に參りました。」
「当行に姫路村の研究をしている者がいます。姫路村の歴史をかなり知っているようです。」
「まあ、梨でも食べながらお待ちください。」
立夏がにこにこと梨をを食べながら、待っていると、背の高い男前の青年が現れた。
「こんにちは、上谷優也と申します。谷の上の方に往んでいたので上谷と言うらしいです。」
「こんにんは、九条立夏と申します。」

4-2.上谷はお菊と出会う

 お互いに名刺交換して、数日連れ回すことを甘口に了承させた。
「その代わりと言っては何ですが、私の口座に5億円預けましょう。営業として下されば幸いです。」
「ではここからは、若い人同志で話をしてもらいましょうか。」
こら、甘口、見合じゃないぞ。
とりあえず立夏は上谷を車の中に押し込んだ。
「実は特別ゲストがいますが、すぐに慣れると思います?宝永時代については、めちゃくちゃ詳しい方です。人間離れしていますが。」
「それでは、お菊出てこい。」
と秋が呼ぶと、空中からお菊が現れた。
「ひっひえぇ、幽霊が現れ.......    た!」
「失礼な!人間やで。よく見てみ、足が2本あるやろ。」
「たしかにあるけど、50cmぐらいしかないやんか。」
上谷は大きな体を丸めたが.、失神まではしなかった。スカイより根性がありそうだ。スカイは泡を吹いて2回も失神したからな。今まで言わなかったが、ちょっとちびっていたよな。大きな声では言えんが、よくあれで警察庁の課長兼警視をやってんな。
「これでお菊が人間というのが判ったやろ。.」
「そんなん判るわけないわ。人間離れしとることしか判らんかったわ。」
「お菊、挨拶」
とピーちゃんが小さい声で言う。立夏は黙ったままで梨を食べている。
「初めまして菊と申します。」
「あ、ああ、私は上谷優也と申します。 幽霊が実在するとは思いもしなかったなあ。」
「言っちゃなんですが、お岩さんも、お菊さんも、お露さんも、関係ない人には何もしてませんやん。私もそうですよ。」
「う~ん。そういえばそうですね。ところでお菊さんは姫路城のお菊さんと何か関係あるのですか?」
「私ですか?『1枚、2枚、3枚、4枚、5枚、6枚、7枚、8枚、9枚、1枚足りない』のお菊さんとは関係ありません。あっちはメジャー、私はマイナーですわ。名前が偶然同じやっただけです。姫路城のお菊さんなんか、今まで一番人気のお岩様を抜いて人気1位になりました。何せ、『世界遺産のお菊』ですから。私もできれば世界遺産の井戸に住みたかったですわ。」
「一番迫力があったのはだれ?」
「そりゃ、お岩さんです。その迫力が人気でした。しかし、怖い顔がつらいとおっしゃられてました。大変気の利く優しい人でした。
「人とちゃう、人とちゃう」

4-3.今の姫路村は変人が住んでる

 私たちは和歌桜町へ行く予定だったが、上谷とお菊が妙に仲がいい様子を見て、行先を姫路村へ変更した。姫路村は江戸時代の様子を今だに残す村らしい。
和歌桜自動車の停車場があったので見ると1日2本のバスしかない。6人乗りのバスって、万が一前から車が来る道は狭くすれ違いもかなり難しいので、軽のバンしか使えない。集洛の中に入ると幅3m以下の道が多く車では通れない。
集落の人口は80人位だが、最近のいなか暮らしのブームで越してきた人が多く、その人たちは車の通れる道路沿いに住んでいる。
車がなんとか通れる細い道 、そんな道路の長さは16kmもある。
利点と言えば、子供が多いことと別に道路を作ることがら決まったことである。いつのことになるのやら。                            不動産会社も、
「空き家が多いけど、住むのは不便すぎるから、やめた方がいい」
と薦めない。それでも移り住んできた人は変人なのだろう。

 お菊は、
「何年ぶりに帰ってきたのかなぁ。もう帰れないと思っていたわ。私の家もなくなっている。300年も経っているからね。」
といって、さめざめと泣いていた。上谷がハンカチで涙を拭いていた。 お菊と上谷は私たちと離れて仲良く散歩していた。あそこの家がどうのこうのと言うたびに地図に何か書いていた。
上谷が特に興味を示したのは、お菊の実家と東山崎城であった。どちらももう形も残っていないのである。立夏は秋と一緒にまだ営業している和歌桜役場姫路分室で東山崎城を調べてみたが、碌な資料が残っていなかった。

5.鳥取砂丘

5-1.砂丘メロンが食べたい

 ピーちゃんはホッとしていた、何ヵ所かはあぶないところがあったが、警察の運転実習を受けに行ったおかげで事故を起こさずに済んだ。立夏に怪我をさせるとひどい場合は切腹である。東鳥取街道に出た時はようやく普通の運転ができると思った。

 まだ時間があるので鳥取砂丘へ行ってみようということになった。途中、砂丘に近づくにつれてメロンの広告が目立つようになってきた。
「メロン食べたい」
前の梨はお菊を含めた全員分を買ったので、メロンも全員分買うと思ったらしい。梨と違ってメロンはかなり大きい。砂丘メロンが小粒だとしても、梨の何倍かはあるだろう。
鳥取砂丘は広いので、砂丘メロンをたくさん食べることができる。
「一番早くメロンを食べた人にもう一つメロンをプレゼント」
砂丘は砂浜ではない。幅の広い砂の台地だ。道路のほとんどの部分が砂丘より低くなっている。砂丘に入ると、昔、ラクダの居たところがあり、その向こうに馬の背という大きな砂山がある。
※今でもラクダ〇号が働いているらしいと、知り合いに聞いた。

5-2.砂丘は遊び場である

「皆で砂山登りだ。勝った人にアイスモナカをおごるで。」
「立夏はいつでもアイスモナカやな。」
「なんか意義があるなら、勝ってもあげない。」
「意義ありません。アイスモナカ欲しいです。」
秋が言った。
「警察2人が本命かな。それとも?
「よ~い、ど~ん」
飛び出したのは秋だった。
「さすがに秋は足が速い。」
続いて2人の警官だが、秋は鍛え上げた男より足が速い。上り坂になると砂煙を挙げて駆け上るので、追い越せない。結局、秋の勝ちとなった。
「秋、卑怯な技だぞ。」
「責めないで、だって涙が出ちゃう、女の子なんだもん。
「最近、なんだか立夏に似てきたぞ」
「あんなのが2人もいてたまるか。やりたい放題だぜ。」
「そうかなあ、『おもろい国、ジャパン』になると思うけど。」

 今日も快晴だった。ちりちりと顏が焼けるような紫外線である。
ふと見るとお菊が波にもまれて喜んでいる。
「なぁ、お菊が溺れながら喜んでるで。」
「まぁ、あれはあれでええんとちゃう。」
「和歌桜へ行くより白兎海岸ででもパチャパチャしときたいなぁ」
私達の本音であるが、口に出してはあかん。こうなったら、さっさと犯人をあげてしまいたいが。~ふ~む~。ちょっと、分らん。
「こりゃ、難しいからあきらめて泳ごうな。」
「立夏がまたそないなこと言うて。」

6.トライアングル

6-1.和歌桜城歴史館には貴重な資料がいっぱいある

 さて、今日は和歌桜に行く日である。
東鳥取街道沿いに昔のおもちゃ屋や昔のお菓子屋、昔の土産物屋などが並んどる。名物は『メダカ料理』。通りの一番奥まったところには和歌桜城歴史館がある。
※メダカ料理:佃煮 踊り食い 天ぷらなどで食べられるらしい。

 この『和歌桜城歴史館』は和歌桜城の起こりから明治維新までが書かれた、無駄に詳しい歴史書である。中には時々有用なことが書いてある。しかしながら和歌桜で一番詳しい歴史書である。 お菊が亡くなった宝永4 年、宝永4年10月4日午後2時頃、宝永地震が起こった。地震により姫路から和歌桜へ抜ける唯一の細道が崩れ落ちて、運悪く通行中であった子供が石で頭を打ち、死亡するという災難に遭った。被災者は和歌桜から遊びに来ていた鳥取藩家老池田元一郎の一人息子の池田雄二である。彼が死亡したことにより跡継ぎがいなくなった池田家は後に鳥取藩家老を嵯峨家に譲ることとなった。山道は通れず、工事も日にちがかかる有様だった。崖崩れに道の両側を塞がれた者も2人いたが、幸いにも翌々日に両名とも姫路村へ救出できた。山道がなんとか通れるようになったのはその5日後のことであった。

6-2.姫路の二階町でお菊は殺された

「宝永4年12月16日、富士山の宝永大噴火が起こった。御殿場近辺では熱い降灰により、あちこちで火事が起こっているが各地の被害の程度は判らない。まあ、この話とは関係ない。宝永地震から10日後の宝永4年10月14日の夜半、姫路城から十二所前神社に繋がる二階町辺りで、お菊が殺される事件が起きた。
地震から15日後に宝永4年10月19日には庄屋の作原康弘が殺された事件が発生している。闇討ちにあったらしい。

 立夏が口を開く。
「まずやな。西城世之介・織田竜二郎・嵯峨喜将の3人が犯人やと考えてみよう。
剣術大会は10月4日や。宝永地震の日に姫路村で実施されたんや。どうもこの大会は各村の持ち回りやったみたいやな。この地震のおかげで、唯一の道が塞がれ、確固たるアリバイができてしもた。彼らにはラッキーな地震や。」

 その時の剣術大会は姫路村で行われ決勝は、織田竜二郎の胴が決まると同時に激しい揺れに見舞われたとなっとるんや。」
「嵯峨喜将は池田の跡取りがいなくなると、鳥取藩家老は嵯峨家が継ぐと思とったやろ。」
秋が訊く。
「なんでそうなるのん?」
「当時は実力主義と違うて、年功主義や家督主義が主やったさかい、池田がお家を継がなければ嵯峨と暗黙の内に決まっていたんやろな。嵯峨喜将は末代まで安泰やと思うた。結局その通りになってん。そやけど、嵯峨喜将は池田家の跡取りを殺せんかったんや。その時間に剣術大会に出とったから、アリバイがあるんや。」
「そやな。」
「織田竜二郎は正義感が強かってん。民から9割近い年貢をとる作原康弘が我慢ならへんかった。現に食わずや食わずの生活を送る民を見るにつけ、何度も作原康弘にお願いしたんやけど、作原康弘は織田竜二郎の言葉を一笑に付すばかりやあった。織田竜二郎は作原康弘を殺そうと思ってんけど、殺せんかった。作原康弘が死んだとき織田竜二郎は姫路城の剣術大会に出ていたからや。記録には剣術大会3位となっとるわ。」
「ふうん、結構強かったんやね。」
西城世之介は地震のがけ崩れのせいで細道に閉じ込められて2日間救助を待ち、また姫路村へ戻ってしもうた。姫路城のある姫路でお菊を殺すのはどうしても不可能や。だいたい、お菊を殺すにしても、姫路城のある姫路まで追いかけて行ったとは考えにくい。親類の祝言が終わると帰ってくるのだから。」

6-3.3人の交換殺人は可能である

「計画的な殺人が可能だったのは、西城世之介だけしかおらへん。西城世之介が池田雄二を殺す時間に余裕を持たせるため、織田竜二郎と嵯峨喜将はわざと延長に持ち込んだんとちゃうやろか
「そうすると、全てが変わってくる。試合が終わる時間を知っていた西城世之介が、池田雄二を待ち伏せて石で殴り、殺すのも可能や。その時、偶然地震が起こって、地震の災害かどうかわからんようになってしもたんや。」
「しかし、これはおかしい。西城世之介は池田雄二を殺す機会はあるが動機がない。しかし、動機の有無を考えへんかったら........
「考えへんかったら?」
「???」
「何も考えてないやろ!」
「いやいや、そんなことはないで。
嵯峨喜将は池田雄二を殺したかったが、池田雄二は西城世之介が殺した。
織田竜二郎は作原康弘を殺したかったが、作原康弘は嵯峨喜将が殺した。
西城世之介はお菊を殺したかったが、お菊は織田竜二郎が殺した。
となる。これは、3人の交換殺人や。」

6-4.お菊はこうして殺された

「お菊は前日に姫路村を出て、たぶん智頭から志戸坂峠を越え、大原村から平福村を通り姫路へと進んだんや。この道が峠も緩やかやし、人通りも多いし、安全であると思たんやろ。」
「はい。その通りです。」
「ところが姫路村では、地震の影響により1本しかない道が崖崩れで寸断されてしもうた。
もう誰もお菊に追い付けへんと思った。
しかし藪の中を傷をものともせんと駆け下り、なんとかお菊に追いつく、これができるのがおった。山登りを趣味とする東因幡1の剣士、織田竜二郎や。
織田は、お菊がより厳しいが最短の十倉峠を越えたものと思い込んだんや。そこは山登りの好きな男の考えやった。彼にとっては厳しくとも近い道をとるのが当然なんや。そないして十倉峠を越え、波賀村を駆け抜け、伊和神社を過ぎ、播磨山崎あたりまで来たがお菊に追いつかれへん。
『おかしい、追い越してもいいぐらいの速さで追いかけたのだ。お菊が急ぐことはない。すると、違う道を通ったのか』
と思い到った。」
『鳥取から姫路に行く道は3本ある。十倉峠を越える道、志戸坂峠を越える道、山陰道から銀の馬車道を通る道の3本だ。どこをとっても俺の方が早い。仕方がない姫路で待ち伏せしよう』
そしてついに織田竜二郎は二階町でお菊を見つけ、人気がないのを見計らって刺し殺した。300年も前のことや、合っとるかどうかも判らんし確かめようもあらへん。しかし、これがお菊殺しの答えの一つにはなるんとちゃうやろか。

7.さよならお菊

「300年の間、ずっと楽しいことなんかなかったけど、この3ヵ月は300年の内で一番楽しかった。お茶を入れさせてもらえて、掃除もさせてもらえた。恐がられるのでなく、自分の役割があるのは嬉しいこと。おいしいものも食べさせてもらえた。味は舌で感じるもんやいうて、梨やメロンなどの果物の味も思い出した。姫路村にも連れて行ってもらえた。本当の人間と同じように扱ってもらえた。そして私のことを友達と言うてくれた。今までの人は怖がるだけで、何もさせてくれへん。織田に恨みはあるけど、なんかもうどうでもいいわあと100年も経ったら、また楽しくみんなで過ごせるようになりたいね。」
 上谷は泣いていた。
「お菊さん。僕も連れて行っておくれ。」
「上谷さん。アホ言わんと、男はぐっと我慢するとこやで。」
「上谷さん。先に行って待っとくからね。」

「それから、秋さん、立夏さん ありがとうね。」

「わし等には何もないんか?」
とトコちゃんとピーちゃんが叫ぶ。

「それから......」

 お菊の言葉は風になって消えていった。

 立夏たちは近くの墓地に立派な墓を建てて、皆でお菊の供養を行った



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