1.エアコンは直らない
1-1.暑い夏の終わりは暑い
「もう、夏は終わったんちゃうのん。お菊も出たし。」
立夏が言った。
「まだ暑いで、エアコンはいつ直るのん?」
秋が訊いた。
「もうすぐ涼しなる思うて、修理屋に頼んでないねん。」
「立夏、金は12兆円もあるから、エアコンなんかで、けちけちせんと。」
「今はそんなにないで。旧三崎財閥に投資して、ほぼ全部を私のもんにしたとこやから。」
「それに、勢いで奪い取ってしもた韮草グループもあるし。元々やっとったおもちゃと学生マンション経営、ついつい買うてしもた球団やプロサッカーチームなんかもあるし。」
「ふうん。どれだけ多いのんかわからへん。それより暑いのん、どないかしてえな。」
「大丈夫やて、明日になったら涼しくなっとうって。」
「なんぼ立夏の言葉でも信じられへんわ。」
「信じなさい。信じなさい。信じる者は救われる。」
「どこかのインチキ教祖様が金集めに言うような言葉や。」
「立夏教を信じなさい。あなたに幸せがやって来ます。お布施は、随時受け付けます。」
翌日のこと、
「私の言う通り涼しくなったやろ。」
「確かに涼しくはなったけど、大雨・強風でまるで台風やないか。大雨・洪水・強風警報も出とるし、神田川に続く坂道がまるで滝のようになっとるで。神田川も轟々と音を立てて流れ取るし。じめじめ涼しいとお菊を思い出すなぁ。その辺のお札はがしてみようかな。」
「まあまあ、気にせんと。そのうち晴れるから。」
「そりゃまあ、そのうち晴れるわな。」
1-2.蝉の鳴き声は聞こえない
昼から雨が少し小降りになった。不思議なことに、昨日まで鳴いていた蝉の声が聞こえなくなった。秋は
「大雨や大風の時、蝉はどこにいるんだろう。」
と漠然と考えていた。
※木のくぼみや繁った葉の中にいると聞いたことはありますが、台風の時はどうしているんでしょうね
ニュースを見ながら秋が言った。
「昨日、豪雨やったんこの辺だけらしいで。」
「なんで、そんなんわかるのん?」
「清里球場でプロ野球の、試合しとったらしいから。」
「ふうん。清郷球場は全天候型やから雨や風には強いけどな。観客も宿舎があるから安心や。」
「昨日『清郷サンダーバード』の『与句 打増』選手が、ソロ、ツーラン、スリーラン、満塁とサイクルホームランを打ったらしいで。史上初らしい。」
「ふうん。」
「立夏、興味ないのん?なんで球団買うたんや?」
「野球とサッカーも赤字で売りたがっとったから、選手が可愛そうや思てん。去年、松坂言うのんに球場で会うた時、ピピッと来たから監督やらへんか、言うてみたら、やるいうたんで、二軍監督やらなんやら、松坂の好きなように決めさせてん。『やりやすいように選べ』言うたら松坂は喜んどったで、ほんまはどんなコーチが必要か知らんねん。」
「監督に丸投げしたんか?松坂って誰か知らんのか?」
「知らん。選手としては知っとうけど、監督としては知らへん。彼はこっち(ギフテッド)側の人間や思う。一生監督してもろてもええ。さてと、サイクルホームランの祝い金として、与句と松坂に1000万円、コーチ陣と1軍選手には10万円を出すことにしょっか。」
「お金使いすぎちゃうのん?」
「別に儲からんでもええねん。赤字やったら納める税金が減るし。儲かったら選手に還元して、それでも余ったら考えなあかん。」
「立夏のプロ野球チーム、去年何位やったか知っとる?」
「一応知っとるで、勝率2割5分ぶっちぎりの最下位やった。観客も球場外の車のクラクションがベンチで聞けるぐらい少なかった。」
「今年の成績知っとる?」
「松坂監督が言うとったけど、結構強いんやろ。」
「勝率が7割を超えてぶっちぎりの1位、あと1勝でリーグ優勝や。毎試合満席やで。」
「そら、選手や監督が必死でプレーするからや。」
「どんなやり方で強くしたんや。」
「査定でミスやエラーは計算に入れんかった。1軍に登録されたら年俸が1000万円増えるようにした。試合でも練習でも怪我や病気の費用は球団持ちにした。1軍で1年目の年額48万円以後毎年24万円増額する年金を作った。松坂監督は全権を持つ、終身監督とした。松坂監督の年俸は2億円や。いいプレーには祝い金を出しとう。これも松坂の一存で決めとう。サッカーも同様やな。三浦監督兼選手も2億円や。今の給与の10倍になるらしい。5分でもええから毎試合出ることを条件にしたら喜んどった。」
「それで今シーズンは死に物狂いでプレーしとったんか。」
「優勝祝賀会の準備させとこ。食事と飲み物は食べきれんぐらい。」
「次のニュースは汚職事件やな。阿寒総理・佐木志多・原黒鯨・財好男の4人の名前が上がっとう。阿寒と佐木は奥さんが姉妹、原黒の娘は財の奥さんや。阿寒には娘が3人いるが、3女は妾に産ませた子供や。佐木には子供がおれへん。原黒にはもう1人娘がおる。財には1人だけ男の子がおるんや。阿寒総理と原黒鯨は同じ会派に属しているが、仲がいいというわけではない。」
「私から税金をがっぽり巻き上げて、それをポッケナイナイするとはひどい奴らだ。奥大井と富士樹海のどちらに送ってやろうか。」
「いつから富士樹海に工場を作ったんや。」
「さて、次は夕張で巨大油田が発見されたらしい。」
「夕張言うたら鉄道を通した記憶があるねん。1000km/h出す鉄道の実験線のつもりやってんけど、和彦兄ちゃんが意地張ってしもたんで600km/hにして営業したんやった。それでも世界最速やけど。」
「深泥3兄弟がそんなこというとったなあ。」
「まあ、たぶん私の土地やし、路線価で『九条石油』に売りつけたろ。喜ぶやろなぁ。後はどないかするんやろ。しかし、金なんかなんぼでも勝手に入って来るなあ。」
「いいご身分やこと。あとは、『セアカゴケグモ』が横浜で見つかったとか、『三葉虫』が神戸で生息していたとかやな。」
「『セアカゴケグモ』妙に懐かしい響きのする言葉や。『三葉虫』は秋が関係しとるとちゃうのん?」
「いやいや、金田一の頭に三葉虫の卵がついとったと言う話やで。あいつ、いつから頭洗うてないんやろか?」
※三葉虫:古生代の節足動物。フナムシに似ている。2億5千万年ほど前に絶滅。
翌日は立夏の言った通りの快晴になった。
「これは、信仰の力やな。立夏教を信じたら、お布施をお願いやで。」
「これで、暑い一日が確定したな。」
「今日は一日大家さんのところへ遊びに行こう。エアコンもあるし。」
「エアコン目的?」
「モチのロン」
1-3.中里夕莉の謎の行動
開いた窓から、黒い紐のついたゴムボールが飛び込んできた。
「よし、大丈夫。」
決められた準備をして、間違いがないかチェックした。
「もう、時間だ。」
携帯に連絡が来た。『バタム』とドアを閉め、部屋の外へ出た。部屋の中には誰もいなくなった。死体がひとつ転がっているだけだった。窓は開いたままで、ドアには鍵をかけられない。打合せ通りにする。
エレベーターに乗ろうとしたら、西園寺と九条がエレベーターに乗っていたので乗らなかった。
「尊師、今の人、3年の中里夕莉さんやな。」
「私は地下鉄事件の犯人とちゃう!」
「立夏、このマンションの入居者の名前、まさか全員覚えとれへんよな?」
「立夏、このマンションの入居者の名前、まさか全員覚えとれへんよな?」
「サマーマンションWだけやったら、全員覚えとうで。秋、まだ覚えてないのん?」
「400人も覚えられるか!立夏のような歩く百科事典とちゃうんや。」
「何を言う。消える山嵐の方がよっぽど驚くわ。あの一瞬で漏らした人がおるんやぞ。知っとうやろ。」
「いや、知らんけど。」
「いや、知っとる。それは、3人兄弟の長男です。それは30歳です。それは警視正です。そしてロリコンです。」
「あの人恐がりやったな。消える技のどこが恐いのん?視線が追いつかんだけやんか。」
「お菊を見たトラウマちゃうかな。それにしても、中里さん、何を慌てとんねんやろ?」
「なんか、私ら嫌われとるんとちゃう?嫌な顔しとったみたいやし。不思議な言葉を使う奴らみたいに思われとうねんで。」
中里夕莉は18階から15階まで階段を駆け下り、ようやく自分の部屋についてほっと一息ついた。
「ちっ、嫌な奴と会っちまった。」
立夏はこのマンションのオーナーなんだけどね。
それから真っ黒な服を鞄に詰めて玄関から出て、隣のビルへと走った。
2.ビルを登る死体
2-1.公然と行った犯罪
原黒議員は太った男であり、その体型といつも黒い服を着ていることから、鯨の名が体型を表していた。原黒は汚職の嫌疑か掛けられていた。国会で追及されると、鯨とは思えないようなぬるぬるした答弁で追及をかわしていた。その割には
ルーティンワークが多く、いつも黒い服を着て、同じ電車に乗り、同じ時間に、同じ道を歩き、横断歩道は右手を挙げて渡り、雨の日は傘を右手に持つのが彼の日常の行動であった。原黒のルーティンワークは有名だった。
この日も霧雨の中を、いつもの時間に黒い服を着て、歩道を歩いていた。
「今日もこの時間に帰るんだな。」
知ってる人は知っていた。知らない人は興味もない。
黒い廃ビルの前に差し掛かった時のことであった。黒い廃ビルから飛び出してきた黒い服を着た犯人がいたことは、そこにいる多くの人が見ていた。そして素早くロープを原黒の首にかけると外されないように抱きついた。男が右手に持っていた傘が歩道に落ちた。ビルの間に吹く風に傘は「カサカサ」と音を立てながら転がって行った。誰かが、
「あの男がロープを....」
と言ったので、そこにいた30人ばかりの群集は、黒いビルを見た。ほとんどがW大の学生だった。学生街だから学生がいる。ちょうど夕方の講義が終わった時間だったので、不思議なことに当たり前である。しかし、原黒議員は足が宙に浮かぶと、やがて腕が力なくだらりと垂れ下がった。犯人は消えていた。
「なんだあいつ、何をしていたんだ?」
「あの男、どこへ行ったんだ?」
「あの黒いビルに違いない。」
と誰かが叫んだ。
10数人の男女が黒いビルに走り込んだ。しかし、そこには黒い服を着た男はいなかった。『あの男』この言葉が犯人を取り逃がすこととなった。中里夕莉は黒い服を脱ぐと赤い半袖の姿になり、犯人を捜す一群に紛れて黒いビルから脱出した。
誰かが言ったように、犯人は黒い廃ビルの中に入ったと疑わなかった。逃げ道はそこしかないと思ってしまったのだ。しかし誰もそれを見ていなかった。
実際はどこにでも逃げられたのである。黒い服を着た人なんか、いくらでもいるのだった。
そこにいる人たちは呆然とその殺人現場を見ていた。 やがて3人が失神して、4人が失禁した。 誰かが言い出した。
「あれは、原黒鯨議員じゃないのか?」
「そんなことより霊柩車だ!いや違った救急車だ。」
「警察にも連絡だ」
あわてていた観衆はその言葉で我に返ったような気がしたが、気がしただけで、やはりあわてたままであった。原黒が上空に上って行くのに、霊柩車も救急車もいらないのだ。
それでも、市民の義務は忘れず、消防署や警察に大量の電話がかかることになった。 あわてたままの者がかけた電話には、間違い電話が多く、天気予報にかかったのが特に多くかかった。
「天気予報です。明日の天気は快晴、東京では最高気温が35℃を超え....」
「いや、そんなことは関係ない。殺人事件なんだよ~。」
「自動音声を使用しておりますので、お答えすることはできかねます。」
「緊急なんだよ~。」
「自動音声を使用しておりますので、殺人事件でも警察に転送できません。」
「絶対、自動音声ちゃうやろ。」
「自動音声ですので、疑ってはいけません。」
「人でなし~」
「自動音声を使用しておりますので、110におかけ直し下さい。フッフッフ」
「すみません。間違い電話でした。」
と言ったのが多かったらしい。
原黒はとにかく敵の多い男のようだった。
2-2.ビルを登る死体とサマーマンション
原黒議員は、20階のビルを風にあおられて、ゆらゆら揺れながらゆっくりと上がって行く。原黒議員を助けようと足にすがる人も現れたが、余計に首が締まるだけだった。
「鯉の滝登りならぬ、鯨のビル登りだ。」
といった人もいた。
黒色のスーツを着た太った男は、上空の霧雨の暗闇の中へ消えていくように見えた。
「おーい」
「大丈夫か?」
「生きていたら返事をしてくれ!」
などと声をかけた人もいたが、返事はなかった。
あたり前田のクラッカーである。
やがて、黒いスーツを着た原黒議員は、霧雨に紛れるように姿が見えなくなった。
黒い廃ビルの隣はマンションになっている。女子大生専用のマンションでサマーマンションWと言い、立夏が所有している。20階建ての人気の女子学生専用のマンションである。黒いビルだって20階建てであるので、高さは同じである。ビルとビルの間は、幅10mの道になっている。車が普通にすれ違える幅である。
サマーマンションは、黒いビル側が日が当たらないので、部屋代が1万円ほど安い。そのためもあってか入居希望者が絶えない。留年なし、就職確定という噂のためであった。本当は本人次第で留年や就職が決まるのだが。就職と関係ないのは1回生の立夏と秋だけである。九条ホールディングに就職が決まっているためである。
立夏と秋は、スカイから「公安九課」の警察手帳を貰っている、というよりスカイの手柄の多くは立夏のおかげであるので、スカイが警視正になった時に警視総監にお願いして、特別に発行してもらったのである。
3.高層の密室
3-1.空飛ぶ男が見える
霧雨が止まず、空は煙ったままであった。群衆は原黒の消えたあたりを見つめていた。3人が首の痙攣で救急車で運ばれて行った。
しばらくして、サマーマンションの夕食が終わってしまうので、女子学生が減っていき、それにつられて男子学生もいなくなった。そのときを待っていたかのように、原黒議員が黒いビルの窓から出てきた。そしてサマーマンションに向かって空中をゆっくりおよいでいるように見えた。しかし、それを見ていた人はいなかった。
ビルの間をさっと強い風が吹き抜け、それに合わせるように原黒はスピードを上げた。
この事件を担当するのは、警視庁捜査1課の黒豹と呼ばれ、休みとあればサーフィンに興じている、真っ黒に日焼けした顏がチャームポイントの高砂警部である。色黒なので黒豹である。別に鋭いわけではない。
それを聞いてトコちゃん警視が言った。
「あの高砂という警部は大丈夫でしょうか?現場は姫様の隣のビルですが。」
スカイ警視正は、
「姫様のサマーマンションに迷惑をかけたら、即、降格!」
と返した。
3-2.群集の話を訊いたものの
知らない間に降格の危機にさらされている高砂警部は、事情を聞くグループとビルを捜査するグループに分けた。鑑識課もやってきて、土やら壁やら、足跡やらを調べていたが、群衆が踏み荒らした後だったので、さっぱりわからなかった。
「初動が遅いな。帰った証人も結構いるんやろなぁ。」
立夏が言った。
「私らはどないする。」
「あちこちに、監視カメラがあるさかい、逃げるんは得策やない。しゃあないわ。」
「君らはもう帰ってもいいよ。中学生は早く帰らないとね。」
立夏はムッとしたが何も言い返さなかった。そして名刺を渡すと、
「住所はここや、いつ来てもええで。」
立夏は警官に名刺を渡した。
「フランス用の名刺やけどな。」
「いったい、何種類の名刺を持っとるんや?」
「たくさん。」
「おい、俺、英語が読めないんだ。」
「またそんなご冗談を。今どき、小学生でも英語ぐらい読めるんやで。それに、それ、フランス語どすえ。」
3-3.警察の黒いビルの調査
警察は屋上を捜査していた。するとまだらの紐が手すりに縛り付けてあった。 縛り付けてない方はすべて屋上に引き上げられていた。
「ここで死体のロープをほどいたんだな。死体はどこだ。死体を捜せ。」
サーファー警部が言った。
屋上と言えば、それなりの面積があるものの、ほとんど何も置いてないので、くまなく捜すのにそれほど手間がかからない。ただ廃ビルなので管理人もいない。もしかしたら、どこかに隠し扉でもあるのかと思ったが、そんなものがあるビルは見たことがない。
いくら探してもやっぱり死体も犯人もいなかった。
「次は20階だ!」
「次は19階だ!」
「次は18階」
「次、17階」
「アーもう16階」
「これで終わろう15階」
警察は何を調べていたのだろうか?サーファー警部の降格は間近であった。
3-4.マンションの密室
覗きが趣味の及位は、警察が去った後、隙を見て黒いビルに入り、16階からサマーマンションを覗いていた。そのとき、マンションの15階の部屋に、変な体制で動かない人間を発見した。拡大してみると頭から血を流している。及位は警察に電話しようとしたが、携帯電話からだと身元がバレてしまう。そこで公衆電話を捜したところ、運よく大隈講堂の脇にあった。及位はそこから警察に電話をかけた。ただの覗きだったが、警察より役に立っていた。
黒いビル16階から覗いてみると、部屋はすぐにわかった。部屋の見当はついたものの、鍵が掛かっていて中に入ることができない。
「ここの鍵を持って来い。」
とサーファー警部は管理人に言ったので、管理人は鍵を一つ持って来た。そして、
「この部屋は生体認証になっていますので、本人以外の人が開けるには、このマスターキーを使わないとダメなのです。」
死体は15階の中里夕莉の部屋で見つかった、中里夕莉は頭に殴られたような跡があった。そしてそこにはもう一つ原黒の死体があった。ドアの鍵は掛けられていたが窓は開いていた。
「原黒の死体は黒いビルにあるのでは....」
サーファー警部は呟いた。
3-5.立夏の入院
「秋、それはそうと、私、なんかとってもしんどいわ。めまいもするし。頭も痛いし。寒気がするし。」
夕方になって立夏が言い出した。秋が立夏のおでこをさわって、
「立夏、ごっつい熱があるで。病院へ行こう。」
「うん。秋が行け言うのんやったら行く。」
日曜でもなんとかなりそうな病院いうたら....あそこやな。
「もしもし、東京九条総合病院ですか?立夏が高熱を出しとんねん。」
「はっ?理科の高熱?実験か何かですか?」
「ちゃうわ。熱が髙いんや。」
「うちは救急病院ではありません。」
「院長を呼べ。さもないと富士樹海に転勤させるで。」
偶然、院長は出勤していたようである。しばらくして、
「院長を呼べ。さもないと富士樹海に転勤させるで。」
偶然、院長は出勤していたようである。しばらくして、
「はい、院長ですが?」
と、迷惑そうな声が聞こえてきた。
「九条立夏が高熱出しとんねん。なんとかして。」
院長は少し疑った。時々そういってやってくる人がいるのだ。しかし、九条立夏の名前が出ては、いい加減に対応することはできない。
「あなたはどなたですか?」
「西園寺秋と言うもんや。今、サマーマンションWにおる。」
院長はまずいと気がついた。九条立夏は九条家の跡取りで、西園寺秋と言えば九条立夏のトップの用心棒ではないか。院長の首ぐらいすぐに飛ばせるのだ。
「すぐ、救急車を向かわせます。」
しばらくすると、救急車がマンション前に停まり、担架で立夏は運ばれて行った。秋は付き添いで救急車に乗った。
しばらくすると、救急車がマンション前に停まり、担架で立夏は運ばれて行った。秋は付き添いで救急車に乗った。
※秋は立夏の用心棒ではありません
4.上谷優也
4.上谷優也
4-1.上谷召喚
立夏が季節外れのインフルエンザに罹った。
「私は、高熱で考えがまとまらん。鳥取の上谷を呼んでくれ。まともに推理できるのんは上谷しかおらへん。」
三崎銀行鳥取支店の支店長の甘口が
「西園寺秋様からのご連絡で、東京に出張をお願いします。 東京名物は何かご存じですか?」
「浅草名物『雷おこし』しか知りませんが?」
「昭和ならそれでいいのですが、今はもっとたくさんの名物がございます。」
「わかりました。調べて買ってきます。」
甘口は三崎銀行鳥取支店の支店長だが、上谷課長は親会社の九条本社こと九条ホールディングスの課長であり、三崎銀行の役員でもあるので、甘口より上の役職になる。いきなり上谷を支店長にするのも、問題がありそうだし、甘口は結構うまく管理しているので、甘口が支店長をやることにしている。甘口は二人の時は敬語を使っている。上谷は前のままでいいと言っているのだが。
上谷は、
「姫様の気まぐれかな?」
と思った。
「この間も姫様の気まぐれ出張でオーストラリアに行った。あれは楽しかったな。あれが俺の人生を変えた。それもこれもお菊のおかげだ。ありがとう、お菊。」
と思っている。決して厄介ごととは思っていないし、嫌でもない。
上谷は鳥取砂丘コナン空港から羽田空港へ飛行機で移動した。移動はファーストクラスになっている。立夏がいれば九条専用の席なのだが、九条専用と比べるとファーストクラスは窮屈である。
携帯で深泥警視正に聞いたところ、立夏は東京九条総合病院に入院しているという。現在はタミフルを使っているらしい。タミフルを使っているならインフルエンザなんだろう。
立夏は九条家特別室に入っている。
「秋さん、オリンピック2つの金メダルおめでとうございます」
「ありがとうございます。」
特別室のドアに紙が張ってあり、
「 ---上谷へ---
秋に聞いて
---立夏---」
と書いてあった。
「熱が40℃ほどあって、かなり苦しいようです。しかし、明日になれば症状も落ち着くでしょう。」
「携帯電話で話ができないぐらい酷いんですか?」
「咳も少しは出てますが、携帯で喋れると思います。何で携帯を使わないのでしょうか?」
「たぶん、熱でボケているのだと思います。」
「どれぐらいで治りますか?」
「ざっと1週間ぐらいですね。その間は入院ということで。」
「後で、着替えなどを持ってきます。」
上谷は秋に、
「これは、どういうことなんでしょうか?僕は何をすればいいんですか?」
と訊いた。
「立夏が病気になったので、頭がボケて推理ができなくなりました。自分の代わりに、上谷さんに推理をしてもらうために呼んだんです。」
「また、面白そうなこと、おっと、死んだ人に失礼か。」
4-2.黒いビル
上谷はまず黒いビルを調べることにした。警察が調べたように屋上には何もなかった。
「これがまだらの紐ねえ?」
「警察はこの紐で死体を引き上げたと考えているようです。」
と秋が応えた。
「これで死体を引き上げた?引き上げたのは黒いロープだと思うのだが。」
「つまり、屋上に上げたという偽の情報なんですか?」
「そう思いますね。まだらの紐だと目立つでしょう。黒い紐なら目立たない。」
20階に降りてみるとよく掃除されている自転車が置いてある部屋があった。その他は廃材が無造作に置かれていた。
「なぜ、20階に自転車が?持って上げるのも大変だろうに。」
窓が開かなかった。釘で開かないように押さえてあった。釘はなかなか抜けなかった。2個所ほど釘が手で抜けるところがあったので、上谷は釘を抜いて窓を開けてみた。隣の部屋へ入って同じように釘で窓が閉められているのを確認した。
「全部、窓に釘が打たれている。」
19階は埃だらけで、使った形跡かなかった。何ヵ所か緩い釘があった。窓は開かなかった。20階と同じように釘で窓が開かないように押さえてあった。
「やはり、釘が打たれている。」
18階には自転車を加工した道具が置いてあったが、窓が開かなかった。釘で窓が開かないように押さえてあった。
しかし、釘は20階や19階と同じように、何本か簡単に手で抜けるものがあった。上谷は、
「ここから細工したのかな?あの改造自転車を使って移動させた?」
と言った。
17階は埃だらけで、使った形跡かなかった。
「やはり、窓は釘が打たれている。」
16階は埃だらけで、使った形跡かなかった。
「やはり、窓は釘が打たれている。」
「これより下は調べる必要はない。」
「何かわかりましたか?」
「18階に引上げた、自転車を改造して引き上げたと思うぐらいです。それから、かなり前から計画していたらしいですね。」
4-3.死体の移動
「死体が黒いビルに引き上げられたのは、多くの人が見ています。しかし、サマーマンションで見つかった。従って、黒いビルからサマーマンションに移したことになります。他に適当な器具がないことから見て、恐らく改造自転車を使って、ロープウェイのように空中を飛ばしたと思います。」
「まず、死体の移動については、鯨のビル登りから考えてみよう。」
「なにかわかりますか?」
「警察も掴んでいると思いますが、どうやって持ち上げたかということです。」
「紐で引っ張り上げたんじゃないんですか?」
「100kgの重さのものを引っ張り上げるのは、腕だけでは無理です。」
「では、どうしたと?」
「腕を使わずに引きずり上げるのかな?」
「どのようして?」
「ん~?」
「ロープウェイは同じ階が一番張りやすい。」
「なんで?」
「ロープの長さが短くて済むから、失敗する可能性が少ない。」
「それは、どういうこと?」
「死体の発見を遅らせて、やることがあったんです。」
「何をするのん?」
「サマーマンションの正面の部屋を、調べてみないとわかりませんね。」
「原黒の死体は18階に飛ぶはずだったのです。18階に欲しいものがあったんでしょう。」
サマーマンションの18階の部屋を調べたところ、原黒の娘の原黒香里の死体が転がっていた。頭を鈍器で殴られたのが死因であった。
4-4.密室の構成
中里夕莉と原黒の死体が見つかった部屋は、ドアには鍵が掛かっていて、窓が開いていた。部屋は15階で、窓から入るのは不可能だった。密室である。原黒が死ぬところは多くの人が見ていた。中里夕莉は原黒の後で死んだことがわかっている。死因は鈍器で頭を殴られたことによる首の骨の骨折であった。
「この密室は偶然できたものと思います。鈍器は窓から飛び込んできたのです。それしかないのですから。」
5.空を飛ぶ鯨
5-1.壁を登る死体
原黒の死体は重すぎて手で引き上げることはできません。引き上げるのに部屋にあった自転車を改造した道具を、使ったのではないかと思います。直径の違う輪を使えば、少ない力で重いものを持ち上げることができます。その分時間がかかります。使用後そのまま置いていてもロープがなければ見落とす可能性が高いでしょう。
「100kg以上ある原黒議員をですか?オリンピックで金メダルを取った秋さんでも無理です。自分より重いものは投げることはできても、引っ張り上げることはできない。」
「では、どうしたと?」
「それが18階にあった改造自転車です。あれを腕より力の強い脚でこぐことで、原黒を引っ張り上げたのです。ゆるんだ釘を抜いて、窓を開けて。」
5-2.ロープウェイ
「なぜ18階で引上げた死体を回収したのか、サマーマンションに飛ばす階が違ってしまうからです。警察は屋上をまず捜すでしょう。次は20階を捜します。とことが20階には部屋がたくさんある上に、いらん物をたくさん置いたのでしょう。19階も同じようにいらん物ばかり置いていたら、どこの階もこんなものかと思うでしょう。そして、18階のいらん物と一緒に置いた、自転車を改造して作った引上機兼空中移動機を見落としたのです。ここまでは犯人の思う通りに進んでいました。
15階、16階については、下から調べられたことを考えたのだと思います。他の階の窓には釘が緩いところがあると思います。
次に窓を閉じていた釘ですが、あちこち緩い所を作っておいて、実際はどの窓を使ったのかを分からなくするためでしょう。」
5-3.密室と翼のない鯨
「元々の計画では,原黒をロープウェイのようにロープに吊るして、18階の真向いの部屋に入れるつもりだったのでしょう。」
「原黒鯨が空中に飛び出した時、ビルの間を突風が吹き抜けたと思います。よくあることですが、いわゆる『ビル風』というものです。空に飛び出した鯨は行き先を変更することができません。中里は、窓を開けて鯨が予定通りに飛んで行くのを確認していたのでしょう。そこにビル風でロープが外れ、コースが変わった原黒が飛んできて、中里に偶然、衝突した。原黒は中里の部屋に飛び込み、中里は当たり所が悪く首の骨が折れて死んでしまった。」
「中里は多くの人がするように、部屋いるときは内側から鍵をかけていたので、犯人の予定になかった、15階の窓からしか入れない密室ができあがったのです。」
6.鯨が飛んだ理由
6-1.原黒香里の部屋
18階にいたのは、原黒議員の一人娘の原黒香里であった。W大学教育学部3回生に在籍し、中里夕莉とは仲の良い友人であった。父親とは仲が良かった。金が必要な時は父親から出してもらっていた。大学の学費もマンション代も小遣いも父が出していた。母はいるが、娘のことには無関心であった。父と阿寒総理が汚職関係について、微妙な関係だったことを知っていた。
15階にいた中里夕莉は阿寒総理が妾に産ませた子供である。W大学教育学部3回生に在籍し、原黒香里とは仲の良い友人であった。父親とは仲が良かったが、母が誰か言わないので、不満だった。大学の学費もマンション代も小遣いも父が出していた。父はいくらでもお金を出してくれるので変だと思っていたが、唯一の肉親ということで知らない振りをしていた。
18階の部屋で死んでいたのは原黒香里であった。すぐに警察は部屋を調べたが、何を捜しているかわからなかったから、成果は上がらなかった。
「そこにあるとおもうんだが?」
「なにがあると?」
「紙かも知れぬ。印刷かも知れぬ。コンピュータや携帯のメモリーかも知れぬ。済まんが深泥警視正に女性を含めて4~5人来てもらえんだろうか。2人では時間がかかるかも....」
しばらくするとピーちゃん警部が4人の婦警を連れて現れた。
「ピーちゃん警部、もてますね。」
「ボクは男前だから。」
「ピーちゃん警部、顔だけじゃなく、弓と射撃の名手だし~。」
「秋さんからお呼びがかかったということですが、今や九条家の中では九条立夏さんの次に力を持つ人と言われているんですよ。金メダルで一気に順位が上がったと言われています。」
「なんで私は九条の血筋でもないのんに、九条家の順位にはいっとるのん?」
「実力は化けもの並み、ないのは金だけ、と言われています。ところで何を捜すんですか?」
「阿寒総理の汚職の証拠。少なくとも十枚程度の用紙になると思う。ありそうなところは警察が捜しただろうから、なさそうなところを捜す。」
「1LDKの部屋だから捜すところは限られていると思うんだが?」
「原黒香里を殺した奴が持って行ったんじゃないですか?」
「そんなことないと思うんだが?」
「そうだ、別に紙でなくてもいいんだ。なにかに直接、プリントすればいいんだ。例えば、家具、ベッドの裏、服。」
上谷はじっと死体を見ていたが、ぼそっと言った。
「服?原黒香里はこの暑いのになぜこんな分厚い服を着ているんだ?」
「そう言えば変ですね。」
「警察庁組、原黒香里の服を脱がせて下さい。」
「え~。それってセクハラですよ。」
婦警が言った。
「証拠の捜索をするのにセクハラなんかあるかよ。」
ピーちゃん警部が言った。
「だって、抵抗できない女の人の服を脱がすんですよ。化けて出て来ますよ。」
「幽霊なんていないわ。」
もう一人の婦警が言った。
「いや、幽霊はおるで。ピーちゃんに訊いてん。」
と秋が言った。
「幽霊はおるよ。ボクも一緒に遊んだし....上谷さんに聞いて。」
ピーちゃん警部が言った。
「あれは、300年前の姫路村という兵庫県に近い鳥取県の寒村に....」
「上谷さん、それ聞いて喜んだんメロディーだけや。」
そうこうしてる間に死体の服を脱がせ終えた。
「やっぱり2枚の布が合わさっとる。ピーちゃん組、この糸をほどいてくれ。」
「内側に、文章が印刷されています。お経なら『耳なし芳一』だと思います。」
「性別が違う。性別が!これが阿寒総理の汚職の証拠です。」
6-2.ビルの間を飛ぶ鯨
「なんで、原黒はビルの間を飛ばされなあかんかったん?」
「いくつか考えられることあります。中里夕莉は黒いビルは人海捜査で捜せば隠せるようなところはありません。したがって、サマーマンションに強制的に一部屋開けて、そこに死体を隠すことにした。」
「中里夕莉は原黒香里の部屋を訪ねて、汚職の証拠を渡すように言ったのでしょう。しかし、原黒香里はそれを拒否した。中里夕莉はそのあたりにあるもので原黒香里の頭を殴って殺し、部屋を捜したのでしょう。しかし、中里夕莉は、汚職の証拠を見つけられないまま、原黒の通る時間に間に合わなくなりそうだったで後で証拠を捜すことにしたのだと思います。」
黒いビルは人海捜査で捜せば隠せるようなところはありません。しかしサマーマンションは全室塞がっていて、原黒の死体を送るところがない。したがって、サマーマンションに強制的に一部屋開けて、そこに死体を隠すことにしたと思います。」
「ところが、ビル風の影響で死体がロープから外れて、あろうことか中里夕莉の部屋に飛び込み中里夕莉を殺してしまった。原黒の仕返しだったのかもしれませんね。」
「阿寒総理は困ってしまった。中里夕莉が捜してくれないと汚職の証拠が回収できない。しかし、中里夕莉も動けなくなったのかも知れない。恐らくは電話を掛けても出なかったのでしょう。しかし、自分が行くわけにはいかない。マンションの入口で止められる。誰かが入る後について入るか。これもだめだ、日本中に顔が知られている。なんせ、総理なのだ。」
「そして、手をこまねいている間に、こうして我々が見つけたわけです。」
6-3.東京九条病院
秋が立夏のお見舞いにお菓子を持って行った。
「立夏、具合はどうや。」
「熱が下がって症状が少し治まったら、暇で暇で。テレビと携帯だけやったら飽きて来る。情報が発信できない。やっぱり秋がおらんと面白くない。」
「心配せんでもええで。私は傍におるから。」
「ところで秋の方は、どうやった?」
「見事、解決したで。上谷さんめっちゃ優秀やん。」
「上谷さんは天才や言うたやろ。田舎の銀行の課長という認識やから、優秀な人を見落とすんや。」
「立夏とはかなり違うタイプの推理をするけどな。」
「それでも、同じ結果に辿り着くんや。」
「真実はいつもひとつ!」
0 件のコメント:
コメントを投稿