1.4月28日
1-1.エアコンを使わないと暑い
「なあ、秋、なんでこんなに暑いんやろな。」
立夏が言い出した。確かに暑い。
「ほんまやなあ。1週間前の御崎事件の時は、大雪やったのんになぁ。」
「ところでまだ午前中やのに、気温が30度を超えたらしいで。」
1週間の温度差が30度もあると、体調も崩しがちになる。
「ところであの御崎の事件な、結局集落の住人全部お縄にしたんやろ。仕事とは言え無慈悲やな。あれば殺された方が悪い思うんやけどな。」
「私もそう思うわ。これで、廃村が1つ増えたなぁ。」
「明日からGWやいうのんになぁ。体がだるいわ。」
「なぁ、どっか涼しいとこへ旅行にでも行かへん?」
立夏が言った。
「涼しい高原がええな。」
「冷水沢、清郷高原、極高地のどれがええ?」
と立夏が応える。
「そこやったら、泊まれるのん。」
「親父の別荘があるとこや。もちろんタダ。」
「実は私、あんまり旅行したことないねん。」
秋が言った。
「それじゃ、電車は混んどうやろうから、車で行くとして、トコちゃんがワゴン持っとるからあれで行こ。深泥3兄弟付きやけど。」
「ロリコン長男はこないだ会うたから知っとる。次男がトコロテンで、三男がモモやったな。」
「そうや。トコロテン=トコちゃんは25歳、モモ=ピーチ=ピーちゃんは24歳でどっちも警部や。」
「しかし、警察庁いうたらそんなに簡単に昇進できるのん?」
「3人とも上級国家公務員試験を通っとる、いわゆるキャリア組やからな。トコちゃんもピーちゃんもお買い得やで、男前やし、将来有望やし。スカイはロリコンで身を持ち崩すかも知れへんし、モモことピーちゃんは浮気するかも知れへんけど。」
「どっちもいややな。」
立夏は電話をして、たちまち日にちと行き先を決めてしまった。
「仕事の都合でトコロテンことトコちゃんは泊まれへんらしいけど、送り迎えしてくれるって。2時間ぐらいで行ける、清郷高原にしといたで。」
「奴らが変なことしてきたら、警察を退職させたるから安心しいな。」
「大丈夫や思うで。私、幼稚園入る前から柔道はやっとったから。初段やけどな。」
「幼稚園に入る前から?」
1ー2.警察庁には謎の課がある
警察庁公安部にほ、ほとんど知られていない『特殊第9公安課』がある。他の公安部からも何をしているか知られず、「謎の課」と言われている部署である。しかも構成員は全員親戚である。課長は深泥宇宙警視兼課長、構成員は10人。立夏の母方長男の深泥家が3人、母方長女の鬼瓦家が3人、母方次女の猫又家が4人の所帯である。毎日親戚が集まっていることになる。おのずと親戚の仲が良くなる。大抵は、深泥家が直接に、鬼瓦家が隠れて、猫又家がお手伝いさんやシェフになって九条家を守っている。九条を守るので、『第9』なのである。
「さて、この度、立夏様が九条家の跡取りになると決まった。我々の任務は、まず姫様の安全を守ることである。」
「はい!」
「さて明後日から姫様はご学友の秋様と、清郷高原に避暑へ行かれることになった。我々は姫様の車に同乗して清郷高原に向かう予定である。鬼瓦一門は隠密行動を、猫又組は先に別荘に向かい管理をしっかりと行う。」
「猫又組にまかせれば大丈夫です。」
「鬼瓦一門は先祖代々の忍者ですから。」
「うそつけ、元々従兄じゃないか。」
「トコちゃん、お前は運転だからな。事故を起こして姫様に傷をつけようものなら、秘密労働工場送りになると思え!」
「秘密労働工場というと奥大井にある、帰り道のない、逃げても死んで、熊のえさになり、骨さえ残らないという謎の工場のことですか?」
「言わずと知れたことよ。」
「ひぇ~。あれは都市伝説では.....」
「万が一入院でもなったら深泥家は全員切腹と思え!俺は一番に腹を切る。」
「ひぇ~」
「姫様に手を出したら、銀座引き回しの上、東京駅前で打ち首と心得よ。」
2.4月30日
2-1.車はおしゃべりの中を進む
心太(トコロテンと読む。辞書で調べてみよう!)のワゴンは10人乗りの結構大きな車だったので、悠々と乗ることができた。さあ、清郷高原に行こう。猫又家と鬼瓦家は別荘の管理と影の警備なので別行動であるが、これは立夏も知らない。
「二人で旅行なんて初めてやな。」
「二人とちゃうやん。変なんが3人おる。それに前に御崎にも行ったやんか。」
「私らは変なんですか?」
「あの三人は私達を守る護衛や。それよりあの三人の内、誰がええ?気に入ったら即お付き合いも可能やで。」
「トコちゃんなんかどうや。首位で国家公務員上級試験を通っとる秀才やで。」
「ホストクラブの呼び込みみたいな名前やな。」
「まあまあ、今ならアイスモナカのおまけつき。」
「そういえばアイスモナカの季節やな。」
「顔やったらスカイやけど、ロリコンやし。頭やったらトコちゃんやけど気が利かへん、世渡りやったらピーちゃんやけど女好き。」
「はい、スカイです。ロリコンのどこが悪いんだ!」
「はい、心太です。だれがトコちゃんだ!」
「はい、桃です。秋さん僕と付き合ってみない💛」
「みんな開き直ってますけど。」
「立夏は九条家歴代最高の天才だよ。」
トコちゃんが言う。
「そんなことないで。秋も『ギフテッド』や。見たら分る。」
「頑張って、摂津大学に行ったんやろ。」
「マサチューセッツ工科大学、世界一や言うからちょっと入りたくなってん。入試もちょろかったし、簡単に入れたわ。割とに自由に研究させてくれるし、ちょっと考えたら国際特許なんかザクザク取れるし。金は放っといても入って来るし。」
「こんな調子なんだ。マサチューセッツ工科大学は世界大学ランキングベスト4の超難関大学だよ。入学より卒業の方が難しいと言われている。それを『ちょろい』と言うんだぜ。ちなみに東大は30位ぐらい、京大は50位ぐらいだ。
日本中の秀才が必死に勉強して、その中の強運な一部の人が東大に入れると思っている。しかも東大に入れたら日本一の秀才として、自分も周りの人にも認めてもらえる。しかし立夏さんはろくに勉強も努力もせずに、彼らの斜め上をひらひら飛んで行く。所詮、秀才は天才にかなわない。」
「勉強って何?努力って何?私の嫌いな言葉は、努力、根性、精神力や。東大が難関大学?違うやろ。実は東大は東京を代表する大学や思て、滑り止めで受けてんけど、ほぼ満点やったと思うで。理科Ⅲ類というとこ受けたんや。もちろん合格したけど、医学部とは知らんかった。医者になる気なんか全然あらへん。W大文学部の方が友達ができそうやったから、そっちに入ったんや。秋がおったから正解やった。」
「立夏はアメリカで学士撮っとるから、大学はどこでもええやん。」
「日本の大学は東京・京都・W大・KO大しか知らんかってん。それから、私、博士号持っとるで。理学博士や。論文に付いて来てん。」
「知らなんだ。」
2-2.日本のトップクラスの皆さんが集まる
「ところで、皆さんはスポーツが得意?」
秋が男性陣に訊いた。
「柔道やったら全国のベスト4に入っとるトコちゃん5段が一番強いで。オリンピックの強化選手にも選ばれてる。勉強はというと東大を首席で卒業するぐらいはできる。努力家だし、日本では誰が見ても秀才中の秀才。」
「文武両道やないですか!」
と秋が言った。トコちゃんは少し嬉しそうだったが、誰も気づかなかった。
「でも、それは日本ではの話。世界には信じられない能力を持った天才がいる。会社を数個立ち上げて、特許でバンバン稼いで、アメリカ、フランス、日本に3兆円を超える資産を持つ人もいるんだ。」
「3兆円ちゃう、5兆円や。」
と立夏が言った。
「特許いうたらどんなもんがあるのん?」
「国から口止めされとるのんもあるから、20個ぐらいかな。」
「ところで秋さん柔道やるのん?」
「私、柔道は弱いねん。まだ初段やし。」
「しかし、俺、西園寺という名前、どこかで聞いたような気がするけど。弱いと言ってるから違うか?」
これはまずいと秋は思った。自分の素性を知られたくない。
すると、結果的に立夏が無意識で助け舟を出してくれた。
「考えながら運転するな!ハンドルだけでなく性格も歪むで。」
「へいへい、その通りですわ。(事故おこしたら奥大井。万が一入院でもさせたら親族一同切腹やろな。ほんまに姫様やで。あぁ、関西弁になっとったわ。)」
ピーちゃんが負けじと言う。
「実は僕も全日本で4連覇してるのですわ。」
秋は話題が変わったのでホッとした。
「お前は弓道やないか。オリンピックの種目にあったら、日本代表は確実なのにな。」
「意地悪言わないで。僕はいつでも弓を持って来て鍛錬してます。」
「練習してるふりだけやろ。」
「何言うとるんですか。反対車線の車の運転手の頭ぐらいやったら、簡単に射貫けますよ。」
「妙に大きい荷物がある思うたら、弓と矢やったんか。」
途中少し混んでいたが、そこはサイレンを鳴らして何事もなく通り過ぎた。
「サイレン鳴らして突っ走っていいのかな?」
と、秋が言ったら。
「あかんに決まっとるわ。ええかげんにしとかんと、警察をクビになるで。」
「クビで済んだらいいけど(奥大井はいややな)」
「まあまあ、弓と矢でコースを開けさせるよりだいぶんましですから。」
そうこうしてる間に清郷高原に到着した。
スカイが威厳を込めて、
「ふざけとったら奥大井が待っている。」
といって、気持ちを引き締めた。
「奥大井怖い。 あぁ~。やっと着いた。」
清郷高原は長野県東部、八ヶ岳の東麓、緩やかな斜面にある。九条財閥が開発したスポーツガーデンで、オールシーズン、プールとスケートで遊ぶことができる。また、ラグビーや相撲や柔道やテニスの合宿地として有名で、体育館もある。大まかな料金設定と細かな割引制度がある上、スポーツ施設を利用しなくても泊まれるため、四季を通じて利用客が絶えない。さすが九条の施設だけあって、内容はリゾートホテルと変わらない。
九条家の別荘は、そのスポーツガーデンのほぼ中央にあり、林に囲まれた2階建ての洋館である。もちろん関係者以外は立入禁止である。メイドやシェフがおり、世話をしてくれる。私らは誰一人家事ができないので助かった。(実は猫又家先乗りしている。シェフは調理師免許を持っている)別荘を誰も利用してない時は、宿泊施設で働いている、ということになっている。
2-3.ユグドラシルの世界樹といつもの夢は未来を映す
秋は、立夏の案内でちょっと散歩に行くことにした。 別荘を出て歩きやすい螺旋状の坂道を30分ほど登っていくと、小さな丘の頂上に着く。 そこには葉が鬱蒼と繁った大きな木が生えていた。
「こないだまで雪が降っとったのに、何でこんなに青々と茂っとるんやろ。」
と思いながら秋は気持ちよくなって、つい、うとうとと.......
木と重なって白い霧が見える。 眺めもよく清郷高原を一望できる。 大木の枝からは細長い果実がぶらさがっている。
「あれは何の木の実?」
秋と立夏は寝転んで、果実が風でゆらゆら揺られているのを見ているうちに、軽くうとうとと眠りに入っていった。
そしていつもの金縛りである。
「また例の予知夢や。あまり当たらへん予知夢や。 前回の御崎洞穴もみごとに外しよったし。」
すると頭の中でいつもの声が響く。
「すまん、すまん。前回の御崎洞穴はええとこまで行ったんやけど。」
「何がええとこやねん。間違いだらけやったやないか嘘つくなよ。」
「今度は期待できるで。ユグドラシルの木の上にええもんがあるんや。」
「随分あいまいな予言やな。何があるんや。 だいたいユグドラシルの木と言うたらどんな木や?」
「世界を支えとる大木、世界樹のことや。簡単に言うとお前が眠っとる横の大木や。」
「せいぜい30mぐらいの高さやったと思うんやけど」
秋は目を覚ますと周りをきょろきょろして居眠りをしていたことがわかった。 立夏が不思議な顔をしてこちらを見ていた。 頭がぼやっとする。 不思議なことにそんなに気分は悪くなかった。
清郷高原略図(太緑線は清郷循環バス)
2-4.野球とサッカーは黒字になる
「立夏、また予知夢見たわ。」
「ほんまか。今度は大丈夫やろな。」
「それは 下阪神エレファンツの勝率ぐらいには当たるやろ。 3回に1回位かなぁ。」
「いやいや、下阪神エレファンツはもっと勝っとるって、多分。」
「もっと当てたかったら、下阪神エレファンツに頑張ってもらうしかないで。」
「前に優勝した時、下阪神電車の車両を淀川に投げ込んで問題になったなぁ。」
「一層のこと、買収してしまおうかなあ。」
「あかん、あかん。去年、球団を買うたやろ。 九条リーグでも作るんか?」
「そうやった。サッカーチームと一緒に売ってくれたんやった。」
「なんで売ってくれたんやろか、よく分からへん。野球もサッカーも。 こんな辺鄙なところでも、どんどん儲かるのんに。 今年は野球の清郷サンダーバードとサッカーの清郷ユニコーンで金を使おう。どうせ税金で取られるんやったら、選手に還元するねん。今年から監督を変えたから。」
「野球は松坂監督、サッカーは三浦プレーイングマネージャー。この二人は何かをもっとるからな。」
「今、年俸の見直しやっとうってほんま?」
「年俸はマイナス査定を廃止してん。例えば、なんぼ三振してもマイナスにしない。そんなん使う監督のせいやし、監督を決めたんは私やからな。私の責任かなと思うて、その分を選手に還元することにしたんや。サッカーも似たようなもんや。1軍に登録されたら基本年俸が1000万円上がる。10年1軍におったら1億円あがるんや。あと少ないけど年金があるねん。退職金もあるんや。監督は2億円。なんか野球もサッカーもメッチャ気合いが入っとるらしいで。後は、ひ・み・つ」
「九条は金があるんやな。」
「九条でなくて、私が『波動ターボ』で儲けた分で、野球とサッカーのチーム買うたんや。 1,000億円積んだら喜んで売ってくれたで。」
「ところで『波動ターボ』って、何ができるのん?」
「車体の揺れをエネルギーに変換する補助エンジンやな。あと、エンジンや冷却水の温度や風圧・太陽光などを使う。 おそらく世界一クリーンな補助エンジンや。エンジンの補助をする他に一酸化炭素と二酸化炭素を分解して酸素と炭素を作る。自動車会社は買わん訳にはいかんやろ。 すべて特許を取っとるし。 他のんは国防省から口止めされてるから、言われへん。 和彦兄ちゃんは
『立夏、あまり戦略兵器は作ってくれるな。今でも、日本や韓国と戦える戦力があるぞ。』
と言うんやけどな。 まだ、ちょっと勝たれんかなあ。」
秋はぞぞっとした。そんなに力を持っとるのか。
2-5.大木は周りに何かを隠す
秋がまだ大木の周りをまわっていると、立夏が声をかけてきた。
「どこか最近掘った跡がある?」
「ん~。あることはあんねんけど、あちこちに大きい石が落ちとる上に数が多いからようわからへんねん。 私が見ただけでも10ヵ所以上あるわ。」
私らは二人で幹から離れたところまで探し回ったが、結局秋には掘った跡はよく分からなかった。
「木の上のお告げがあったから、木の下に何かがあると思うんやけど。」
「まあ、やっばり『はずれ』ということやね。」
「そうやなあ。死体を掘り当てんでよかったわ。」
私たちは夕日の丘を『あかとんぼ』の唄を歌いながら下って行った。 GWになったばかりなので、赤トンボなんか飛んでいないのだが。
夕食はおいしいものだったが、ベッドはふわふわで秋には少し寝づらかった。
3.5月1日
3-1.白い影は失踪を呼ぶ
翌朝起きると、立夏が朝食を食べていた。
「立夏。深泥池3兄弟はどないしとんのん。」
「スカイはどこかの中学のバレー部の合宿。『アタックNoなんとか』のような、セクハラ練習をしてないか見に行ったで。」
「『アタックNoなんとか』はパワハラかも知れんけどセクハラとはちゃうやろ。」
「いや、ブルマがどうとか言うとったから、セクハラやないんかな。」
「トコちゃんは昨日の内に東京へ帰ったし。ピーちゃんは女子大テニス部の調査。お嬢夫人とやらを見に行っとうねん。ちなみに宗川コーチの決め台詞は『夢、エースをねらえ』やったらしいで。」
「お嬢婦人って、お嬢さんなん?ご婦人さんなん?」
「さあ?」
「みなさん、青春を謳歌してますなあ。ただの『覗き』のような気もするけど。警察に捕まらんことを祈っとこ。」
「スカイさん30歳や言うとったけど、まだ青春を謳歌しとんのん?」
「ロリコンやからな。」
「私らは何しょっか?」
「清郷銀座付近でお買い物でどうや。あきたら博物館行って、温泉に入ろか。」
結局、その日は清郷銀座でお買い物、昼食を食べて、八ヶ岳博物館、清郷温泉と回った。
「環状バス言うたら、変なとこをぐるぐる無駄に回っとうと思とったが、結構便利やった。」
「九条交通のバスやったで。」
「まあ、そうやねんけど」
清郷高原の環状バスは右回りも左回りもある上、九条家別荘の前に停留所があるので便利と言えば便利である。 門から建物まではかなりあるのが、玉にキズである。 スカイがルンルンと別荘の方へ歩いて行くのが見えた。
3-2.白い影は大木の根元を示す。
夕暮れの1時間ほど前に大木の展望台に夕日を見に行く。
「のんびりした、平和な景色やなぁ」
と、秋は思った。 大木の下に転がって、夕方の風を浴びるのはいい気持ちだった。 風に揺れる若葉は成長が遅い。
「変な時に大雪になったからなあ。」
と声を出して言うと、鍾乳洞の死体が頭をよぎった。 縁起でもない。
木陰で涼むのにすっかり慣れてしまった。 ふと木の根元に白い影が揺れた。白い影はぼんやりと地面の上を漂うとやがて消えていった。
「立夏、白い影が見えてないわな?このへんやで。」
立夏は私の指したあたりをしばらく探っていた。
「とりあえず深泥兄弟に知らせとこか。」
「それもそやな。」
夕食の時間になっても宗川と国分寺夢は帰ってこなかったらしい。 宿舎で働いていたシェフが言っていた。 シェフはふたりとも知っていた。
「前の学校の時も、年に何回か合宿に来ていましたので。」
二人は宗川の車に乗って、どこかに逃げたみたいな話になっているらしい。
4.5月2日
4-1.2人の失踪は取り調べを招く
この日は宗川と国分寺夢失踪事件の、最初の取り調べの日となった。宗川の車が宿舎前に停まっていた。ナンバーを覚えていた選手がいたので間違いなかった。誘拐も考えにくいので、とりあえず丘周辺で殺されたことを視野に入れ、取り調べを行うこととなった。
「うちらは最初の方やから、昼からでもどっか行く?」
「今日は別荘でゆっくりしょう。」
(深泥宇宙警察庁警視30歳 の話)
私は大学時代にテニスをやっていたので、テニスの練習を見て足を止めました。 練習の終わりに何気なくテニスコートの時計を見たら15:50でした。コーチは練習の最後までコートにいました。 私はそのまま別荘に帰りました。 国分寺夢はもう退部してたんですよね。 もっとも、私は彼女の顔も知りませんから。17:40頃に立夏さんから電話がありましたが、特に動きませんでした。
(深泥桃警察庁警部24歳 の話)
午前中は女子野球が練習試合をしていたので見ていました。 一旦別荘に戻って昼食を食べた後、バスケットボールの女子の試合を見に行きました。その後、弓の練習をしていました。 宗川も国分寺も知りません。17:40頃に立夏さんからお電話がありましたが、特にアクションは起こしませんでした。
(九条立夏18歳 と西園寺秋20歳 の話)
私たちは、温泉から帰って来たのが16:00頃でした。 帰る途中に深泥警視を見かけました。ちょっと休憩して、夕焼けを見ようと丘の上へ登って山頂に到着したのが17:30頃でした。軟らかい土を見つけたのはすぐでしたから、17:40頃でした。 すぐに、深泥警視とモモ警部に連絡しました。
(九条家お手伝い52歳 の話)
16:00頃に、立夏様と秋様が丘に登っていかれるのを見ました。 深泥警視様は16:20頃に戻られました。
(東北西南中央中学のテニス部員 12~15歳の話)
宗川コーチは3年前からコーチをされていたということです。 顧問の先生が連れて来られた方と伺っています。 宗川コーチは若いころに全国大会の常連ということでした。 練習は厳しいけど、私たちも全国大会に行けるようになったのは、コーチのおかげだと思います。
国分寺さんは、最近実力を発揮できるようになった選手だったのですが、何故か退部してしまいました。 全国大会出場は確実と思っていただけに残念です。
宗川コーチには練習中に体のあちこちを触られることがありましたが、フォームの修正と思っていました。指導された選手はプレーが早く伸びるからです。中にはいやらしい行為と思っていた人もいるようですが、レギュラーになれなかった選手の僻みだと思っています。 昨日、練習中にいなくなった人はいません。
昨日の練習は16:00までの予定でした。 練習は予定の10分前ぐらいに終わりました。 学校は小諸市にあるので、今日は宿舎で泊まることになっていました。後で聞いた話ですが、テニスコートの時計は20分ほど進んでいたそうですので、実際に練習が終わったのは15:30になります。
(中里心平58歳 テニス部顧問の話)
宗川コーチは前の顧問の先生の知り合いらしいです。 前の顧問の先生は昨年クモ膜下出血で亡くなりました。 宗川コーチは当中学に来る前は、全国常連高校のコーチをしていましたが、生徒を妊娠させたとかさせなかったとかの噂が出て、その高校のコーチを辞めたと聞いています。
宗川コーチが辞めてからその高校は弱くなりました。 真面目な方ですので選手に手を出すようなことはなかったと信じています。そう言えば、練習が終わってすぐ、丘を駆け上がって行く宗川コーチを見ました。
(小手指創25歳 県立清住高校柔道部コーチ・国分寺夢の義兄)
柔道場は午前中しか道場の使用許可を取っていなかったのですが、午前中の練習が悪かったので、主将の青井が13:00から丘の上り下りを行い体力をつけたいと言いました。1年生が3人ほど熱中症か何かで倒れたので、練習を終えました。 時間は15:30頃と思います。青井は不満そうでしたが、そのまま部屋に戻りました。 夕食の時には倒れた3人はもう元気になって飯をたらふく食べていました。 いつもは合宿などやらないんですが、今年は3年の青井が高校日本代表に選ばれているので、合宿を行いました。 夕食後にミーティングを行いましたが全員いました。
(青井神鉄17歳 県立清住高校柔道部主将)
午前中の練習が集中できていなかったので、昼からの練習も志願しました。 暑い中のランニングで、体力アップにちょうどいいと思ったのですが、3人ほど倒れたので練習を終わりました。 15:30ぐらいと思います。 熱中症と思うので心配しています。 昼からは1人で走っとけばよかったと反省しています。 ここは走りやすくていいと思うんですが。
5.5月3日
5-1.丘の上にはきっと何かがある
「今日は丘の上の現場あたりへ行ってみよか?」
「そんなん止められるやろ。」
「どうせ立入禁止になっとるやろうけど、私らはスカイがおるやん。スカイを連れて行くと、大抵のところはフリーパスや。 そやから心配せんでもええねん。」
「俺は警察庁の警視だぞ。長野県警の警視じゃない。 管轄が違う!」
「警察庁は長野県警より上部の組織やんか。」
「だいたい何で丘の上なん?」
「丘の下は人の行き来がある。あの時間に人気のないところは、まず丘の上が浮かぶやろ。」
丘の登り口は1ヵ所、そこから螺旋状に3つのハイキング道が交差せずに登っている。 無理してまっすぐ登ると余計に時間がかかるだろう。
「自殺しようとしてここに来たわけじゃないよな?」
「実際に首でも吊っとればそうかもしれんが。そうとも言い切れんし。」
「なんや、なんか根拠があるんか?」
「あるかと言えばあるかも知れぬ。ないかと言えばないかも知れぬ。 まあ、いくつか分からへんけど、いくつ分からないかと言えば、さて、いくつなんだろう。」
「それは何かと尋ねれば、」
「まず、自殺する気なら丘に上らんでももっと簡単な方法があるやろ。実際には放ってもすぐに見つかるけどな。」
「なんで?」
「死臭いうのん知っとう?死体が腐敗したら死臭が出るんやで。 まあ、腐った死体が発する臭いや思たらええ。 半径10mぐらいがめっちゃ臭うらしいで。 腐ったチーズとくさやを生ごみに混ぜて腐ったドブに叩きこんで十分腐敗させたような、なんとも言えん強い臭いやて、ピーちゃんが言うとった。夏場は3日~4日ぐらいで臭うらしいから、死んでれば明後日には見つかるねん。」
「そう、だいたいその通りだよ。ところでそのピーちゃんはどこに行った?」
スカイが言う。
「ピーちゃんは地元の女子サッカーチームの練習見に行ったで。」
と立夏が返答した。
5-2.予知夢は過去と未来を繋げる
「秋の予知夢を私は信じるで。」
「私の予知夢がどないしたん。私が信じてないのんに。御崎の時もはずれとったやんか。」
「お宝は外れとうけど、何かある場所は当たっとるやんか。」
「秋の予知夢は何があるのかは適当やけど、何かがある場所は合っとるんちゃうか?」
「そやそや。なにかある。きっとある。」
「そうかなぁ。下が上になっただけと違うん?」
「スカイ兄ちゃん、土建屋に行って、穴堀の上手なのを2~3人連れて来てんか。ん~、1人30万円ぐらいでどうにかなるやろ。会社には100万円ほど掴ませとけばええ。金は私が出す。」
「いや、それはダメ。長野県警に依頼するから。」
「ところで、宗川に妊娠させられたと噂の娘は名前は何や。」
「それも、長野県警に調べてもらいます。」
「その娘に兄妹がおったかどうかも調べてな。ついでに両親もどうなったか調べといて。役場に行って警察手帳見せて、戸籍謄本を取ってきたらどうとでもなるやろ。」
「お、恐ろしい奴。」
「わかった、わかった。穴掘りは自分で優秀なんを捜して来るわ。」
6.5月4日
6-1.立夏は駅裏で3人の日雇いを雇う
秋と立夏は朝も早くから、日雇いが集う中諸駅裏に来ていた。まだ朝6:00だというのに結構人が集まっている。立夏はそこらにあった台の上に上って全体を2回ほど見渡した。
「立夏、何すんのん?」
「いい男捜しや。あっ、そこの赤い服を着た君、ちょっとこっちに来てんか。それから、その左の君も。もうひとり茶色の帽子の君。」
どれも20歳台に見えるが、あまり強そうに見えない。
立夏は3人を並ばせて顔をじっと見てから、
「よっしゃ、君らがええ。仕事は穴堀や。一生懸命、自分がやらないかんことを考えてくれ。運が良ければ午前中に終わる。運が悪くても15時頃には終わる。手当はこれだけや。昼は弁当を支給する。場所はスポーツガーデンの丘の上、警備は警察にさせる。やるか?」
と言って立夏は指を3本立てた。3人とももちろんやると言った。
「あとな、これは希望やねんけど、君らはええとこがあったら就職したいんか?」
「いいとこでなくても就職したいです。」
「どこかアテがあるんですか?」
「正社員なら多少のブラック企業でも。」
「ええとこかどうか知らんけど、三郎兄ちゃんの会社に入れたるわ。三郎兄ちゃんは、今、軽井沢におるから20分ぐらいでこれるやろ。九条土建いうねんけど。」
「九条土建と言ったら、日本一の土建会社ですよ。今までその日暮らしだったのが夢みたいだ。大卒でもなかなか入れないのでしょう。」
「これで女房にも苦労かけずに済むってもんだ。」
「がんばって、テレビを買うぞ。」
「テレビなんかすぐ買えますって。給料はそこそこやけど、仕事はキツイで。」
6-2.尻取3兄弟は自己紹介をする
立夏がスカウトしてきた3人の男と、電話でむりやり叩き起こされたスカイが丘を登って行った。秋と立夏はその後について丘を登っていた。スカイがブツブツ文句を言うのが聞こえた。スカイの機嫌は悪かった。やがて頂上に着くと
「それじゃ、自己紹介してもらおか。」
「はい、私は中山雄樹24歳です。据花農林高校を出てます。」
「水芭蕉の栽培で有名な学校やな。」
「私は山川壮一です。27歳で結婚して子供がいます。信濃工科大学をでています。」
「信濃工科大学やったら、現場以外でも期待できそうやな。」
「私は川中和也25歳です。八ヶ岳商業です。簿記1級を持ってます。」
「どんな仕事になるか分かれんけど、資格が生かせたらええな。」
「ところで君たち、尻取になっとうやんか。気に入ったで。うちは九条立夏、明日から19歳や。今はW大学文学部の1回生や。」
「W大学って難しいんじゃないんですか。」
「そんなことあらへんで。」
立夏は少し窪地になっていて石がたくさんあるところを指さした。
「尻取3兄弟、最初はあそこを1mぐらい掘って欲しいねん。柔らかいもんが出てきたら傷つけんように注意してな。」
「へい、わかりやした、親方。しかし、何が出るんですか?」
「埋められた死体や。数ヵ所の候補地がある。」
6-3.尻取3兄弟は就職を希望する。
「おいおい、お前ら長野県警の者だろう。」
「いえ、私たちは日雇いです。今日、駅前で指名されて、親方に雇われたんです。今日1日指示通りに穴を掘ったら、」
指を3本立てて、
「1日でこれだけ払う。希望するなら、正社員で九条土建に入社できるという約束なんです。むちゃくちゃ好条件なんです。」
「ちゃんと九条土建の三郎社長に話は通したから大丈夫や。」
「立夏さん、いったいどんな話をしたんや。」
「いい男を3人見つけたから、九条土建に採用しろ。絶対損はさせへんと。」
「むちゃくちゃ言いよるな。そんなこと言うて大丈夫なんか?」
「知っとうやろ、大丈夫や。うちらには実の兄妹の強い絆があるんや。それにうちが見たんや。そこら辺の入社試験よりよっぽど確かや。」
「深泥池警視、ほんとに大丈夫なんですか?」
秋が訊くと、スカイはため息混じりに答えた。
「立夏さんがいいと言ったからな。立夏さんのひとことで3人ぐらい入社させるのは簡単なことだよ。立夏さんが言えば、アメリカに核弾頭を撃ち込むことも平気でやりかねん連中だからな。おっとこれは黙っててな。」
「しかし、日本は核兵器なんて持ってるんですか?」
と秋が訊いた。
「日本は核兵器なんか持ってないよ。でも九条は持ってる。九条は日本の法規に縛られない。日本や韓国と勝負になるような戦力を、日本の法律で縛れると思うか?隠れて九条重工業で、新型の戦略兵器を作ってるらしい。それを設計したのが立夏さんや。日本や韓国は数秒で焼け野原になる。たぶん今では、中国やロシアでも勝負になると思う。その戦力をひとりの女の子が作ってるんだ。当然、立夏さんは国の要注意人物の筆頭だ。深泥一族は立夏さんが暴走しないように守るのが、本来の役目なんだ。ほんとに比喩でなく、俺たちは命がかかってるんだよ。もしそれらの兵器が発射されたら冗談でなく我々は切腹または打ち首になるんだ。広島と長崎にも旅行させてもいけない。絶対に誰にも言うなよ。」
「立夏は末っ子ですよね。なんでそんな力があるんです?」
「立夏さんは九条本家・いわゆる九条ホールディングスの跡取だからだよ。九条ホールディングスは九条グループの株式の3割以上を所持するが、立夏さんはその九条ホールディングスの株の5割を持っている。上場してる株なんて3割あれば思い通りにできる。事実上九条グループの中心だ。大体が、1年間稼げるだけ稼げとの現当主の言葉に、3兆円も稼いだんだぜ。だから、立夏さんは世界有数の天才だよ。長男の和彦さんも認めている。君もいずれわかる。」
立夏はスカイ警視に向き直り、
「妊娠したという娘の身元はどうやった?」
「名前は国分寺夢。兄は小手指創、夢は10月10日生まれ、創は8月15日生まれで夢の7つ年上です。」
「両親は再婚して、夫の小手指淳二の連れ子が創、妻の小手指亜美の連れ子が夢でした。夢は旧姓の国分寺を名乗っていました。」
6-4.九条三郎は決して立夏に逆らわない
立夏は正面の石の多い場所を指さし、
「じゃあ、そこを1mほど掘ってくれへんか。」
3人は、ヘイホ、ヘイホと掘り出した。1mほど掘ったが何も出てこない。
「立夏、何も出てきえへんやないか。」
「まあまあ、候補地はまだあるんや。次こそ当てるで。」
そのとき、スコップを持った3人の長野県警の警官と、場違いなスーツを着た男がやってきた。
「あっ、尻取3兄弟、掘るのんやめて、ちょっとこっちに来てか。」
立夏に呼ばれて3人は場違いな男に方へやってきた。
「あっ、俺、この人テレビで見たことある!」
「確か、土建業の王様!」
「俺はわからん。家にテレビがない。」
その男はにっこりとして喋った。
「九条土建代表取締役の九条三郎です。立夏、1日早いがお誕生日おめでとう。プレゼントは何がいいかな?ところでさっきの話はこの3人かい?」
「そうやねん。まあ見とき。うちが選んだ3人やさかい。」
「そう、それじゃ君たちは何をしたい。」
「土建の腕をあげて、将来は独立したいです。」
「私は安定した生活をしたいです。」
「わ、私は、テレ、テレ、テレビが欲しいです」
「それじゃあ、ここを1m掘ってみて。」
三人はは、ヘイホ、ヘイホと掘り出した。70cmほど掘ったとき、スコップになにかがフニョとしたものが当たった。
「親方、出たみたいです。」
「よっしゃもうええで、ここからは長野県警の仕事やさかい。」
長野県警がのろのろと掘りだした。
それから九条三郎に向き直って、
「三郎兄ちゃん。なかなかええやろ。うちの目的を理解し、自分がどうすればいいか考えとう。だから死体を見つけても傷つけることもなければ、驚くこともない。掘れと言われてただ掘っとる長野県警との差は歴然や。一見やる気の差に見えるけど、実際は能力差や。特に頭脳の差やで。楽しそうにホイホイ掘るうちの連れてきた連中に比べ、長野県警は汗だくで今にも倒れそうや。
真面目に働けばすぐに係長クラスやろ。5~6年で課長まで行けたら儲けもんやで。まだ20代やけど、簿記1級もおるから他部門にもコンバート可能やで。」
「お前がいいといったら大丈夫だ。」
「じゃあ、君たちは5月7日に入社面接と手続きをするから、13:00に東京本社に来るように、場所はわかるかな。新橋駅の西側の50階建ての青いビルだからすぐ判ると思うよ。受付に言っておくから。履歴書を持って来てね。面接は一応しますからスーツで来てね。まあ、立夏がいいと言えば絶対通るから、気楽にね。落としたら何が飛んでくるか分らんし。とりあえず適性を見るから。」
「但し、現場に行けるかどうかはわかれんで。もしかしたら、経理部かも。」
「とりあえず、すぐに東京に引越して下さい。引越しは九条運送がするから、明日朝に行きます。とりあえず社宅に荷物を入れておきます。1人なら1LDK、2人以上なら3LDKのマンションです。連絡しておくので、入口の管理室に行って下さい。頑張ってな。」
「はい!頑張ります。」
「うちもたまに見に行くで。」
「親方、どうぞ見に来て下さい。」
「うん、約束な。」
6-5.夢と宗川と長野県警は立夏と争う
「でもな、今日はまだもうちょっと仕事があるんや。」
その間にも、長野県警の発掘作業はのろのろと進んでいく。立夏は覗き込みながら
「大体出てきたやんか。女か。国分寺夢やろなあ。ん~。頭が歪んでもとるやんか。頭蓋骨骨折が死因やろな。おや?彼女は妊娠何か月やったんやろ?」
頭蓋骨骨折の原因がどうもはっきりしないようだ。
「金属バットで殴られたか、高い崖の上から落ちたか、自動車に轢かれたとかやな。」
そして、長野県警が死体を穴から担ぎ出した。
「これで後は宗川やな。どこにも心当たりがないなら、残るはここしかないやろ。よし、三兄弟この穴をもっと深く掘れ。」
「立夏、なにをするんだ。ここは証拠として残して。」
スカイが言った。スカイが逆らったからか、立夏が怒った。
「やかましい。お前らには頭がないんか!三兄弟は慎重に掘りよるのが判らへんのか!東大出とってもお前らの頭は三兄弟以下や!」
「証拠隠滅として訴えるぞ。」
と底無警部が言う。
「訴える?面白い。たかが長野県警が、私と戦おうちゅうんか。5秒以内に長野をクレーターにしたるわ。松本から自衛隊が出てくるまでに、叩き潰したるわ。」
立夏が怒る。立夏はスマホを取り出し、
「私や。亜光速ミサイル007発射準備や。目標は長野県警と陸上自衛隊松本駐屯地。」
「やめてくれ」
スカイと秋が立夏にすがりつく。
「立夏、冷静になってくれ~。そんなもん撃ったら日本が滅びる。」
「名古屋から新潟、静岡、岐阜、群馬と何百万人もの被害が出る。」
立夏はちょっと落ち着き、
「そやな、ちょっと我慢せなあかんな。」
「ところで、亜光速ミサイル007って何?」
「詳しいことは言えんけど、現在、世界最速で飛ぶミサイルや。10秒で地球を1周できる亜光速で落下する、世界最強の兵器、最強の破壊力を持つ攻撃型ミサイルや。しかも、防御方法はない。特徴は弾頭がいらんことやな。落ちるときに新型エンジンで加速させる。ミサイルの外側部分は高温になって何千度という破片がそこら中に飛び散る。本体は隕石の何十倍~何百倍もの高速で落下、この時に引力を利用して最高速まで速度を上げる、落下地点から数kmにわたって、地面が蒸発してクレーターができる。その後数10kmにわたって衝撃波が来る。衝撃波の速度は200m/s。範囲内の多くの断層が活動し、地盤の揺れは震度7、海上を狙った場合の津波は50m以上。破壊力は核弾頭の数倍。長野県やったら1~2発撃ち込んだら跡形もなくなって海峡になるで。理論速度は0.07cやな。」
「cという単位なんか聞いたことないぞ。」
「celeritas のc:光速や。私がつけた単位や。新型は光速の1/15のスピードや。核なんか持っとるだけ損や。発射準備する前に打ち込めるんや。数10km内にある核は自爆する。」
見ると底無警部が土下座をしていた。
6-6.尻取3兄弟は手当の額に驚く
3兄弟が大声で立夏を呼んだ。
「親方、またなんか柔らかいものが、出てきました。」
「よっしゃ、後はまた長野県警の仕事やで。」
「もう今日の仕事はお終いや。すまんけど、お弁当とお茶は持って帰ってな。死体見たから食べられんかったらごめんな。それから、これ、今日の手当や。山川さん、ちょい待ち。ほい、奥さんとお子さんのお弁当。みんな、面接気楽にな。今から温泉でも入るんやったら。はい、温泉券。」
「うちもたまに見に行くで。」
「親方、どうぞ見に来て下さい。」
「うん、約束な。」
「親方、額が間違ってます。指三本は三万円と違うんですか?」
「君らは正直やな。うちの目に狂いはないで。いいかげんな仕事をして毎月30万円ももらい続けとる奴がどれほどおるか知っとるか。君らの労働を私が評価したら、30万円やねん。早くて丁寧な仕事。今までどんくさいと言われとったんちゃうか?丁寧なのは早くてミスが多い奴に比べたらずっと優秀や。もっと自信持ったら色んなことができるで。」
「わかりました親方、これからは自信を持って仕事します。」
3人は30万円の袋を持ってほくほく顔で帰って行った。
「立夏、お金使いすぎとちゃうのん?」
秋が言ったら、
「彼らは30万円の価値がある仕事をやったから、それに見合う報酬をもらって当然や。この事件のポイントは死体がどこにあるかにかかっとうねん。あの3人には何も言うてない、私の考えを理解し、丁寧に死体を傷つけないようにと掘っていた。非常に気を遣う作業や。それだけの手当を出さなあかん。企業にとって、大事なものは人材や。そやから優秀な人材は確保せなあかん。秋はあの3人をどう見た?」
「日雇いとしては非常にアンバランスに見えたなぁ。なんとなく仕事をやっとるわけでもないし、かといって頑張っとるわけでもない。長野県警に比べたらよっぽどましやで。日雇いを下に見とう訳やないけんどな。もっと能力に見合うとこで仕事させた方がええ。」
「秋、ええわ、やっぱええわ。最近の企業は儲け主義に走りすぎや。大切なものを見やへん。それに、私にはなぜか使った以上のお金が帰ってくるねん。今回もあの3人ですぐに1000万円ぐらいは儲けよるわ。三郎兄ちゃんからお小遣いとして利子がついて戻って来るし。」
6-7.噂は夢と創と宗川の三角関係を作り出す
長野県警からスカイに連絡があった。
「小手指創と国分寺夢とは仲の良い兄妹だった。部員たちどちらも全国大会が狙える選手だということを知っていた。テニス部・柔道部の部員は二人が血のつながらない兄弟ということを知っていた。なぜなら別に隠していなかったからだ。宗川コーチはそれで贔屓するわけではなかった。
「小手指創と国分寺夢とは仲の良い兄妹だった。部員たちどちらも全国大会が狙える選手だということを知っていた。テニス部・柔道部の部員は二人が血のつながらない兄弟ということを知っていた。なぜなら別に隠していなかったからだ。宗川コーチはそれで贔屓するわけではなかった。
小手指創と国分寺夢の父母は再婚同士でとても仲が良かったが、飛行機事故で、二人とも死んでしまった。航空会社の慰謝料に父の遺産が5,000万円ぐらいあったのと2億円の生命保険に入っていた上に、母が経営していたアパートの家賃収入が毎月数十万あったので、金には困らずに、小手指創と国分寺夢は仲良く暮らしていた。
国分寺夢は宗川のセクハラ嫌さにテニス部をやめてしまったという人もいた。しかし、そうは思ってない人も多かった。なぜなら、国分寺夢が
『去年全国大会に出場できたのは、宗川の指導のおかげ』
と言っていたからだ。それが本当なら嫌っていたわけではなく、むしろ尊敬していたのではないかと思われた。調子が悪い時も、国分寺夢は練習の見学に来ていた。なのに国分寺夢はテニス部を止めた。そして、5月1日に国分寺夢と宗川は姿を消した。警察にも届けたが見つからなかった。」
「ふうん。それは不思議な話やな。」
立夏は何か考えながら。
「調べていくうち、国分寺夢と宗川が姿を消す何日か前に、国分寺夢と宗川が一緒に総合病院に入っていくの見たというテニス部員が現れたんや。これに尾ひれがついて、国分寺夢が妊娠していたとなったんやろ。小手指創はその日はどこにいたのかよく判らんかった。」
「もし、宗川が国分寺夢を妊娠させたんやったら、いくら優しい小手指創でも、怒り狂うやろう。小手指創は全国級の柔道家。宗川も全国級とはいえテニスやから、ただでは済まへんというか、生きとったらもうけもんと言うか。」
「まあ、そうやろなあ。」
秋が言った。
6-8.宗川は夢が辞めるのを止めない
「なんで、国分寺夢はテニス部を止めたんやろ。」
立夏が言う。
「でも、宗川コーチは国分寺夢が辞めるのんを止めへんかったんやろ。」
「ちょっとまて。人が死ぬのは自殺と殺人だけやろか?」
「他に、事故や病気なんかがあるなあ。」
秋が答えた。
「病院に入って行ったなら病気の可能性が高いやろ。スカイ、国分寺夢が行った病院を探して、病名を調べてきてくれへんやろか?警察手帳を見せるんやで。」
「わかりやした、親方!」
「産婦人科とちゃうで。内科と外科やな。ついでに、脳と心臓を扱こうとるところも調べてな。」
「がってん承知の助、親方!」
「さっきから『親方』言うとるけど、それやめてんか。」
7.5月5日
7-1.立夏の誕生日は推理で過ごす
子供の日は立夏の誕生日である。立夏のマンションには九条関係からの贈り物が続々届いていると思う。毎年のことではあるのだろうが....
「病院はすぐに分かりました。国立八ヶ岳中央病院です。」
「よく見つけたなあ。どんなやり方で探したんや?」
「刑事の長年の勘だよ。おやか......立夏さん。 私も九条の一族、すぐにわかるんだよ。」
「なんや、まぐれ当たりかいな。」
「国分寺夢は『悪性リンパ腫』だった。しかもステージ4。国分寺夢は死ぬと思ってしまったのだろう。」
とスカイが言う。
「今は治る確率もだんだん上がっているんやけど。悪性リンパ腫ステージ4の5年生存率は50%ぐらいになっとったと思うんやけどなぁ」
「すると国分寺夢の死因は病気を苦にした自殺か?」
「たぶん、宿舎の屋上から飛び降りたんやろな。頭から落ちたら即死や。」
「誰にも見られてない真夜中に飛び降りたんだろうな。頭蓋骨が歪んどったのも説明がつく」
「じゃあ何で丘の上なんかに死体を埋めたんや?」
「さあ。そこにでも埋めといてくれという書置きでもあったとか。」
「1mの深さに埋めても直ぐ見つかるで。死臭を忘れたんか、スカイ。あと、野良犬が掘り起こすとかやな。少なくとも臭いが漏れん箱にでも、入れとかなあかんで。」
「死んでいるなら今日で4日目。遅くても死臭が出る頃や。」
「飛び降りで死亡した。それを見つけた誰かが死体を持ち去ったんや。そして死体を丘の上に埋めた。となる。」
「なぜ。それなら、国分寺夢の死体が下になるはずや。そやけど実際は宗川の死体が下になっていた。」
「死体を運ぶには車が必要やけど、小手指創は自動車免許も持っとれへん。国分寺夢の病気を知っているのは小手指創と宗川の2人だけやと思う。国分寺夢の自殺を予見できるのはこの2人やということになるやろ。すると国分寺夢の死体を持ち去ったのんは自動車を持っている宗川ということになるんや」
「理由は知らへんが、宗川は死体を丘の上に埋めたんや。しかしそれを小手指創が見とうとしたらどうなる?」
「死体が埋まっている順番から考えたら、宗川が最初に死なんとあかん。宗川の車に国分寺夢の死体を乗せて移動するのは無理やねん。」
7-2.取り調べは九条の別荘に決定する
「あしたは何して遊ぶ?」
「あしたは取り調べです。」
底無警部が言うのを、
「やっぱり~。仕方ないなあ、そのかわり取り調べの場所は九条の別荘やで。」
と立夏が言った。
「警察より警備が行き届いているからや。」
底無警部は立夏を怖がっているようだ。
「本当は自分が取り調べたいからやろ。」
「うふふ。そんなこと考えたこともあるで。それから、あしたの取り調べは小手指創だけでええで。」
「なぜ、小手指創だけでいいんだね。」
底無警部が尋ねると、立夏は不思議な顔をして言った。
「だって、彼が国分寺夢と宗川を殺しの犯人やから。」
底無警部は呆然と立ち尽くす。
夜になってトコちゃんがやってきた。
8.5月6日
8-1.犯人がとうとう見つかる
小手指創を参考人として呼び出して、長野県警の底無警部と警察庁の深泥警視と隅の方で私らが取り調べをすることになった。
「あなたはなぜ宗川を殺したんや。」「俺は宗川も夢も殺していない。宗川が夢を殺したんだ。」「と、したかったんでしょう?国分寺夢も宗川も死んでいるんですよ。あなたはなぜ宗川を殺したんや。」秋は小手指創が殺人を隠すと思ったが、そうではなかった。「宗川は夢を殺して丘の上の木の下に埋めたんだ。」小手指創は答えた。「なぜ、そんなことが判るんや?」 「僕は宗川が夢の死体を埋めるところを見ていた。誰が夢を車で轢いて連れ去ったのか?僕が疑ったのは宗川だった。宗川は夢のストーカーと言われてたから、夢に近いところにいた。」と小手指創が言った。それに対して立夏が、「国分寺夢は真夜中に宿舎の屋上から飛び降りて、自殺したんや。」
小手指創は呆然とした表情になった。「それじゃあの音は、国分寺夢が自殺した音だったのか。」「ほぼ即死だったろうね。」「宗川は国分寺夢のストーカーとちゃうで。それどころか、国分寺夢が自殺せんように見張っとったみたいや。見張りも虚しく死んでしもたけどな。」「そんな!でもなぜ宗川は夢の死体を持って行ったんだ。」
「たぶんやけど、あなたに死体を見せたくなかったんとちゃうやろか。」立夏は、「そして、宗川は丘の頂上の木の下に埋めたんやな。でもそれはあのとき病院にいた、宗川と君しか知らないことやった。」と言った。「宗川は約束通り国分寺夢の死体を、丘の頂上の木の下に埋めたんや。」「創は宗川が国分寺夢を殺したんやろいうて、詰め寄ったんやろ。宗川は真実を話したと思うけんど、小手指創はそれを聞き入れへんかった。」「僕は宗川をなじった。家でも夢は『宗川コーチのおかげで今年も全国に出れそう』と嬉々としてしゃべっていたから、僕も宗川を信じていたんだ。なのに彼は僕たち兄妹の思いを裏切ったのだ。夢が病気を悲観して自殺することなど思いもしなかった。」「宗川は大方の評価とは違ごて、誠実な男やった。病気で退部した選手の将来を心配して、病院に付いていくような男やった。それが、女好きとかストーカーとか言われる元となったが、彼は弁解をせえへんかった。あっ、女好きはその通りかも。」「事件は宗川が国分寺夢を殺して(または事故)失踪したように見せたかった。」「そうだったのか。君も苦しかったんだね」とスカイは言った。「と計画されていた。」
8-2.秋の正体が知られる
「なぜ宗川の死体が下に埋まっていた?穴をいつ掘った?次はこの問題が出てくる。」小手指創の顔つきが変わっていく。「ええか、宗川と国分寺夢が恋人だったのを前提にすれば全く違ってくるんや。それを知って怒った小手指創は、丘の頂上で16:00頃に宗川と会う約束をした。穴は前日の夜に掘った。しかし、暗闇の中で掘るのは難しく、深く掘りすぎてしまった。金属バットを穴の縁に隠すと、穴にシートをかぶせてロープを張り、立入禁止の紙をぶら下げた。
「たぶんやけど、あなたに死体を見せたくなかったんとちゃうやろか。」
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