2024年7月18日木曜日

3.私が書いた不完全な犯罪

1.行くんだ!北の山へ!

1-1.シュレーディンガーの猫は私を呼ばない

  私の大学の同じクラスに、秋山優香『ユッビー』と立川夏花『ナッピー』という変人コンビがいます。今日はこんなことを言っていました。
「なあ、『ユッビー』、『シュレーディンガーの猫ちゃん』いうの知ってる?」
「いいや知らん。だけどあんまり可愛くない猫ちゃんのような気がする。」
「まあ、可愛いかどうかは別として、その猫の生死にかかわる話なんだけど?」
なんて訳の分からない話をしていました。
『シュレーディンガーの猫』
量子力学の思考実験の一つ。密閉した箱の中に猫を入れ、1時間の間に50%が原子崩壊する放射性物質を入れる。もし1時間以内に原子崩壊した場合は毒ガスが出て猫は死ぬ。原子崩壊していない場合は猫は生きている。さて、蓋を開ける前の猫の生死はどうなっているか?数多くの説がある。

 文学部のロビーの片隅で私たちはいつものように雑談をしています。
私は貧乏ですが、『ナッピー』の実家は金持ちらしいのです。
「お金貸して」
と言ったら、10万円ぐらいポンと貸してくれそうです。もっとも、そんなに借りても返せません。
「10万円くれ。」
と言ったらくれるのかも知れませんが、それもちょっと情けない気がします。私の家はそれなりに貧乏なのです。
「『ナッピー』、私夢を見たんや。」
「なぜ、関西弁に?」
『ユッビー』は霊感体質らしいのです。時々『外れキング』という生声が、夢の中に現れてお宝のありかを告げるのですが、これが競馬よりも当たらないということです。
※『生声』は遠くにいる人の言葉を伝える妖怪で、実体はありません。

「ああ、『外れキング』。財宝だと言うから、探しに行けばゴミの山や犬の死骸なんだもの。犬の死骸の時は、白骨死体が出たのかと思ったわ。」
「お宝はどこ?私は誰?」
彼女らの話にはついていけません。なにが言いたいのかさっぱり分りませんが、それは時として私に向けられた問いなのです。そう、なぜか私は彼女らの友達に認定されています。

1-2.変人の仲間はやはり変人である

『ナッピー』が言いました。
「今回はヤツのお告げで、ゴールデンウイーク後の観光客が減った時期を狙って、七甲田から九和田湖に行きます。」
さらに、
「今回は行く人を厳選したいと思います。私と『ユッビー』、『アヤシ』と『ビビッチ』と『フェー』の5人で行くとくじ引きで決まりました。」
「それだけしか友達がいないやないか。しかもくじ引きは全部当たりだったやんか。
「なぜ?関西弁に?」
ここでちょいと説明しておくと、『青海愛子』は皇室を意識して『愛子様』と呼んでいましたが、仙台の近くに愛子を『アヤシ』と読む地名があるのを見つけて、『アヤシ』に変更となりました。
「『怪し』い人みたいで何かちょっとイヤね。」
と本人は言っています。
『ビビッチ』は本名は『羽島美和』だが、怖がりですぐに誰かにすがりつくので,
関西の『ビビリ』から『ビビッチ』と言われています。
「『ビビッチ』ダキツクノ イヤラシ イワ」
「できるだけ、すがりつかないよう、努力します。」
『フェー』は北欧からの留学生で、本名は『フェアリー・アンデション』といいます。アンデションは北欧によくある姓らしいです。
「ドコ ツレテイカレル デス カ? ユウカイ? ユカイ」
『フェー』は日本語はまだまだ片言ですが、たぶん英語は上手です。本当は上手か下手なのかよく分かりません。英語なんて知らないかも。だって私たち、国文科なんだもん。
「誘拐の訳がないでしょう」
『私』が応えました。
そしてなぜか私たち全員、変人の仲間と思われています。

1-3.クララが走っている!

「私、飽きてきた。いつも肩透かしされるもん。」
『ナッピー』が言いました。
「何が『されるもん』なの。元々は『ユッビー』の頭から、出てきたんでしょ。」
アヤシが言いました。
「今度は七甲田の近くの牧場の中の小屋らしいんだけど、『ナッピー』どう思う?」
『ビビッチ』が訊きました。
その言葉を受けて『ナッピー』が返答しました。
「まず『の』が多い。次に七甲田に行ったことはあるが、牧場なんか地平線まであって、アルプスの少女が羊を追いかけてるし、クララは一緒になって走ってる、ご両親は涙を流して『クララが走っている』と言っている。そんなところ。」
続けて『私』が言いました。
「掘っ建て小屋なんかどこにでもある。野原を歩くのにいい季節でも、小屋を捜すのに何日かかるかわからん。初める前から、外れのような気がする。」
『ユッビー』が言いました。
「二度あることは三度ある。」
また、外れるのか。『ナッピー』が言います。
「外れを覚悟しなさいということか?それとも変なものが出てくるとでも
?」
ユッビーが言いました。
この二人はいつも漫才みたいです。『私』は少し笑いました。

1-4.箸が転んでも笑う年頃なのである

「よっしゃ。では次の休みに七甲田へ牧場の小屋を捜しに行こう!」
『ナッピー』が言いました。思い立ったらすぐ動く性格なのです。
「次の休みいうたら明日じゃないか。」
と『ユッピー』が言いました。至極当然な意見だと思います。
「地図を見たら牧場ぐらいわかるんじゃ?」
『ビビッチ』が言いました。彼女らはどこか抜けたところがあるなあ。
「偉い。そうかも知れん。」
しかし、地図を見るとどこもかしこも牧場に見えます。一面に草地のマークがあるだけでした。小屋らしいものはあちこちにあります。それにしても温泉の多いところです。1回は入りたいと私は思いました。
『アヤシ』が言いました。
「私、思い出したんですけど、確か『七甲田ケーブル』とかいうのがありましたね。山頂まで登りましょう。」
『私』が言いました。
「おいおい、何しに来たんだっけ?」
『ナッピー』が言いました
「あのケーブルカー、去年スキー場と一緒に廃止したらしいよ。」
『ユッピー』が言いました。
「九和田湖の遊覧船で許すわ。
『私』の言葉に他の4人も笑いました。
箸が転んでも笑う年頃なんです。

1-5.二人の貧乏人と一人の金持ち

「私、青森まで行く旅費がない。」
と『アヤシ』と『ビビッチ』が言いましたが、そんなことで許してくれる彼女らではありません。
「心配ない。全員の交通費からお土産代まで、『ナッピー』が出してくれる。」
『ユッビー』が無責任なことを言っています。『ナッピー』は、
「まあ、それぐらいだったら、こないだ売り出した『SD如来フィギュア』の儲けでどうにかなる。」
『SD如来フィギュアは『ナッピー』の会社が作ってたのか?
「うちの『おもちゃのナッピー』で作ってる。会社も商品も冗談のつもりだったんだけど、これがまた、子供が如来を全部集めるのと、如来の名前を覚えるのが流行って。中には実物の如来巡りが流行ったり、ついでに四国八十八ヵ所めぐりも流行して、思いのほか売れたんです。特別ボーナス出そうかな。」
「そんなことしたら儲からないんじゃない?」
と『アヤシ』が言います。
「有意義な使い方をすれば、ちゃんと返ってくる。おかげで『おもちゃのナッピー』はちゃんと黒字経営してる。」
「『SD如来フィギュア』って有意義な使い方なんですか?」
『私』が聞きました。
「モチのロン。私も持ってる。」
『ユッピー』が言った。

1-6.はやぶさ7号は発車する

 東京駅までの乗車券は自費だが、誰も文句は言いません。そりゃそうです。東北新幹線にただで乗れるのですから。私たちは8:20発のはやぶさ7号に乗ることになっています。
「8:00集合の、はやぶさ7号で。うちらはうちらは、どこかへ、旅立ちます。」
『ユッビー』が歌っています。
「私らの生まれるずっと前の歌で「なんとか2号」という。「あずま2号」だったかな。ところで『ユッビー』はどこへ旅立つのか知ってるの?」
※「あずさ2号」『狩人』の替え歌です。

「知らん。七甲田という駅があれば、多分そこで降りるんだろう。あとは『ナッピー』まかせだな。」
『ナッピー』はあきれ顔で『ユッビー』を睨みました。
「とりあえず先頭車両の一番前の6席を、予約できたから、そこへ座ってな。」
「これは、グランなんとかという、1列車に10何席しかない特別席じゃない。」
※グランクラスです。かなり高価だが一度は乗ってみたいですね。

1-7.恐山北斗が来る

「私、こんな席に座ったことがない。もっともグリーン車にも乗ったことないけど。でも、なぜに6席?私たち5人しかいないのに。」
『私』が訊ねました。
『ナッピー』答えました。
「警察の人がついて来てくれるんだ。警察庁のこの人です。さあ、読めるかな?」
『ナッピー』は紙に『恐山北斗』と書きました。
「ソノ ナマエ ナント ヨムノ デスカ?」
「さあ、あててみよう。『ユッピー』は知ってるよね。」
「コワイ ヤマ キタ ワカラナイ?」
「姓はオソレザンだけど、名はホクトじゃないんだね。」
『ビビッチ』が答えました。
「鋭いところをついてる。オソレザン ケンシロウが正解。」
「オソレザン ケン シロウ?」
「『ホクト』の方がかっこい。」
と『アヤシ』が笑う。
「『北斗の県』みたいだ。」
と『私』が言った。
「ホクト ノ ケン?」
※「北斗の県」:北海道の北半分が『北斗県』になる話です。

どっと笑いが起きたところに、ケンシロウがやって来ました。
「優しくて男前、上級国家公務員試験を一発合格、現在警視、年収780万円のお買い得物件だが、名前のせいで振られたこと限りなし。名前が恐いらしい。」
『アヤシ』が言います。
「私もちょっと『恐山』という姓は、あ、いえ、決してイヤというわけではないんですけど、それも愛があってこその話で......あ、ごめんなさい。」
「僕はかなり傷ついたんですが......」
北斗が言った。
「おつきあいしても、多分、両親が恐がって、結婚までは許してくれないかと.....そうだ、養子に入ればいいのよ。それも愛があってこその話で......あ、またごめんなさい。.」
『アヤシ』が言った。

 列車は知らない間に発車していました。揺れを感じさせない運転技術は、さすがJRと言わなければなりません。
「オオ ニホンノ シンカンセン シズカデ ハヤイ?ヤバイ?
グランなんとかは、おしぼりはもちろん、ジュースや酒が飲み放題、弁当も食べ放題です。『ユッビー』は20歳なので28歳のケンシロウ相手に酒を飲んでいます。そのうち『ユッビー』は酔っぱらって寝てしまいました。
※『ユッピー』は20歳と言っているが、実はまだ19歳です。

2.行くんだ!雪の山へ!

2-1.新青森で雪山を見る

 東北新幹線は北に向かって走り、やがて「新青森」に着きました。『ユッビー』が
「七甲田駅と違う」
と言っていましたが、どうせ酔っ払いの戯言、ケンシロウがとにかくもホームへ担ぎ出しました。もっともケンシロウも千鳥足でしたが。
「what's チドリアシ」
『フェー』が尋ねました。
「英語はちょっと」
と『私』が言いました。
「it's staggerd foot かな?stepsかな?」
とりあえず、『ナッピー』が答えました。
「すごい。『ナッピー』英語しゃべれるんだ!」
『アヤシ』が感心して言います。
「こんなのしゃべれる内に入らないけど。それでよく、W大学に入れたな。」
『ナッピー』が言いました。
「なんとかして降ろさんとね。次の停車駅は北海道だから。」
ケンシロウはそう言いましたが、誰もその言葉を聞いていませんでした。

 私たちは山を見ていました。
「『ナッピー』、山はまだ雪が積もってるよ。」
『ビビッチ』が言いました。
「ここで、早くもこんな罠があるのか!何かあるとは思うとったけど、新青森に着いて早々やられるとは。ヤツを信じたのが甘かった。『ユッピー』どうしてくれる。『ユッピー』。『ユッピー』。あかん酔っ払って寝てる。」
『ナッピー』が言っています。
「『ナッピー』、バスがまだ運休中ですよ。」
私が言うと、え~とみんなの声が上がりました。
「せっかく青森まで来たのに、」
「一層のこと函館まで行って函館観光というのはどうですか。」
 アホなことを言っているのは『ユッピー』です。『ユッピー』は目は覚めたようですが、頭の中はアルコールで一杯の状態のようです。ここに来た目的は何だったかな?
「大丈夫。うちの者が迎えに来ることになっているから。」
『北斗』がそう言てすぐに、駅前に10人乗りのワゴン車が停まりました。そして、ケンシロウより男前が2人降りてきました。

2-2.ここにも3兄弟がいる

「なんや、サクラじゃないか。するとクラゲも来てるのかな。サクラ、うちの友達に手を出したらダメだよ。」
クラゲやサクラなど段々人とも思えない名前の人が増えていきます。
「彼らを紹介するよ。
長男が、恐山北斗(ケンシロウ:ホクトでもいいよ)、28歳、東京大学卒、警視庁警視。給料780万円ぐらい。
次男は、恐山海月(ミツキ:クラゲでもいいよ)、25歳、東北大学卒、警視庁警部。柔道4段・オリンピック候補。給料700万円ぐらい。
三男は、恐山紅葉、(サクラ:モミジでもいいよ)、23歳、慶応大学卒、警視庁警部。射撃日本代表。給料670万円ぐらい。」
「そうか、これが『ナッピー』の話に時々出てくる、恐山3兄弟ですか。なかなかすごい経歴ですね。3人とも日本でトップクラスの秀才じゃないですか。」
酔っ払いが言いました。
「サクラさん、射撃の日本代表ってすごいですね。」
と『ビビッチ』が言うと、
「射撃がしたくて警視庁に入ったんですよ。」
まあ、そんな人がいてもいいか。
「ところで、『ナッピー』、今からどこに行けばいい?」
クラゲが尋ねた。
「最初は、そう、高倉平に行ってみよう。」
「しかし、あの二人、酒臭いな。」
「2~3時間飲みっぱなしだったからな。一番後ろの席に放り込んで、窓でも開けとくか。」
道路は全く雪が積っていません。
「今日に限って土建屋さんが、朝の4時から除雪をしてくれたらしい。」
「そんなの、どこで聞いてきたんですか?」
「ちょっと青森県警から。」

2-3.遭難事故の銅像から見る景色は雪に埋もれている

 どこかの土建屋のおかげで、私たちはすいすいと高倉平に辿り着きました。『ナッピー』が『ユッピー』を車から引きずり降ろして、雪を顔に塗りたぐっていました。
「おらっ、目を覚まさんかい。」
私が
「雪って結構ばい菌が多いらしいよ。」
と、言いましたが、『ナッピー』は
「ふ~ん、そう。知らなかったわ。」
と言いながら『ユッピー』の顔を、雪でゴシゴシ洗い続けていました。『ユッピー』はようやく目覚めたようで、
「こらっ『ナッピー』、おんどれ、何しくさるんじゃ。」
「まあまあ、やっと目が覚めたのか。化粧が落ちてしまったか?」
「私は、昔から化粧はしたことがない。」

 ここは、昔、日本軍の大遭難事故のあった場所で、被災した大尉の銅像が立っています。銅像から見渡す所は遥か地平線まで続く平らな高原です。真ん中に道路が走っていますが、その左右はまだ雪に埋もれた牧場になっているようです
「牧場だったらここかなと思うんだけど、雪が深いから無理だな。」
無理というほどでもないと思いますが、『ナッピー』は小屋を捜す気がなくなったようです。
『ビビッチ』はこんなに広い牧場を、見たことがないようです。
本音を言えば、『私』は宝探しより観光旅行の方がいいのですよ。
「確か、あのあたりの森の中に温泉があったような気がしますわ。」
『アヤシ』が言いました。 
「あの温泉は3年前に廃止になった。『アヤシ』、行きたかったの?確かあそこは男女混浴の露天風呂だけだったような気がするんだけど。そう言えば最近近くに新しい温泉施設ができたらしいよ。『アヤシ』入っていく?」
「今日は遠慮しておきますわ。」

2-4.誰も女湯を覗かない

 私たちは、九和田湖方面に向かいました。
九和田湖に向かって進むとすぐに地主鶴温泉があります。

「ここの温泉は地主がこっそりと湯に浸かっとるのを鶴が見つけたのが語源で、地主温泉と言うらしいんです。一説には地主が鶴のかぶりものをしてたとか、鶴が地主に化けてたとか、いろんな話もあるんです。」
地主温泉はちょっと古い木造の建物ですが、中は近代的です。宿泊棟の他に温泉棟があって、温泉棟の入浴料は1000円でした。『ナッピー』が全員の入浴料8000円を払いました。もちろん警察の分も。警察の3人は入浴料を出そうとしてごそごそ財布を捜していましたが、『ナッピー』が払ったと聞いて、遅れながら着いていきました。
温泉棟の入り口は男女に分かれているので、
「じゃあ、また後で」
と後ろを向いて言うと、女湯の方に入っていきました。
湯舟はヒノキ風呂らしいですが、私はヒノキと他の木の区別はつきません。湯は足元からポコポコ湧いています。屋内にいるのに自然の露天風呂の雰囲気です。大きな窓があり七甲田の自然を見ることができます。
木に登れば外から女風呂が覗き放題かと思いますが、今日は警官が3人もいるから覗けないでしょう。
「ダレモ ノゾキニ キマセン デシタ ネ」
「覗かれんかったら、それはそれで、少し寂しい気がするなあ。」
温泉の中ではあまり言葉は交わしませんでしたが、ロビーではいろいろな事件の話を聞くことができました。

 地主温泉から少し歩いたところに、「睡蓮湖」という池?があります。昔、外国の有名画家が「SUIREN」という作品を200枚ほど描いた場所として知られています。と言っても別に何があるわけではありません。ただの沼です。ところで、湖と池と沼とはどう違うんだろう。道路沿いに睡蓮の絵を1枚100円で売っている無人販売所がありました。
「誰か、買う人がいるのかなあ?」
『ビビッチ』が独り言を言いましたが、みんな同じ思いだったらしく、返答はありませんでした。

2-5.地獄では地蔵菩薩が守ってくれる

 それから10分ばかり走ると、地獄温泉に着きました。ここは熱い湯が有名だが、ちゃんとぬるい湯も用意している良心的な温泉です。料金は600円と良心的ですが、今日は利用しません。
すぐ近くに賽の河原と地獄沼があります。見学は無料です。地獄沼はぐつぐつと沸騰している沼です。もちろん生き物は住めません。支流から降りてきた魚は、沼で茹でられ、適度に火が通ると網ですくわれ、温泉卵を添えて、地獄沼の名物料理になります。なんでも、温泉の成分が魚に染みて、健康にいいと言われていますが?おいしいかどうかは疑問です。

 賽の河原は、地獄沼に流れ込む灼熱の小川(沸騰川と読んでいる)周辺の、草のほとんど生えていない荒地です。そこに石を積んだ塔が無数に立っていて、風車やお菓子が備えられています。そして、決まったようにお地蔵さまが立っています。『ユッチー』は、
「今すぐにでもアレが出そう。幽霊を見んで済むように目を瞑って歩くわ。」
と言っていました。
「池にはまったら茹で上がるよ。」
と『ナッピー』が言いました。
「お地蔵尊がいるから大丈夫。
と『ビビッチ』が言っていました。
※水子の供養と癒しは地蔵菩薩の仕事です。

3.行くんだ!立川別荘へ!

3-1.別荘は温泉街の反対側にある

 さらに進むと津田温泉があります。ここはとある文学者が愛用していたという歴史ある温泉なのでその人に倣って、ここを好んで利用いた作家も多いようです。私たちは文学者でも作家ではないので今回は通過しました。
津田温泉から長い坂を下ると、九和田温泉街がありますが、この手前を右に曲がると奥瀬渓谷に入る道になります。
奥瀬渓谷は道路沿いにある有名な渓谷なのですが、冬場はタイヤが氷の張った道で滑って渓谷に落ちる車が出ます。私達は落ちるのが嫌なので、渓谷の手前を右に曲がり、九和田湖の突き当りを右に曲がり、『立川』の表札?看板?を右に曲がると、山の中腹にある『ナッピー』の別荘に着きました。
九和田湖温泉街の反対側になる寂しいところですが、車で15分ほど行けば九和田温泉街です。別荘を持っているからやっばり相当な金持ちだと思います。別荘には4人部屋が6つ、2人部屋が3つあって、4人部屋を男性が1部屋、女性が2部屋使うことにしました。男性はちょっと不満顔をしていました。

3-2.突然怪しい客が来る

 ここは当然自炊を行います。今は出張シェフというのもあるらしいのですが、九和田にはないようです。しかし、3兄弟は料理が得意らしく、青森で買っておいた食材でなにかおいしそうに見えるものを作ると言っています。 
3兄弟が料理している間に、私はまた温泉に入ることにしました。
ここも温泉で自噴しているらしいですが、湯の温度が高いので水道水を混ぜて入りやすい温度にしています。今度は一人で入っているのでゆっくり温まることにしましょう。
その後食事をして、みんなで雑談を始めました。

 夜の9時頃、戸を叩く音が聞こえました。『クラゲ』が入口の戸を開けると、男女2人が立っていました。
「すみません。雪で滑って木にぶつかり、車が故障して動かなくなってしまいまして。」
男が言いました
「はあ、そうですか。それは災難ですね。では。」
と『クラゲ』が言い、戸を閉めようとするので。
「クラゲ、冷たいのと違うか。」
と『ナッピー』に言われました。

3-3.宝探しは忘れ去られる

「こちらは佐倉陽太郎、私は館山雪と言います。ドライブ中に事故を起こし、この下のT字路のところで、車が動かなくなってしまいました。」
「それは先ほど聞きました。」
『クラゲ』は海水のように冷たい。
車を押してこの脇道に停めさせてもらっています。まわりに明かりがないので心細くなってしまいましたが、上に明かりが見えたので、明かりを頼りにここまで来たんです。」
女の方が言いました。どうやら男より落ち着いているようです。
「それで、一晩止めて欲しいと?」
「簡単に言えばそういうことです。」
『ナッピー』が、
「かわいそうだから泊めてあげる。夕食は残り物で我慢して。温泉はいつ入ってもいいから。」
と言いました。そこで2人は別々の1人部屋へ案内してもらった後、1階に降りて来て残り物を夕食として食べ、温泉へ入りました。

 まあ、食べ物があって、温泉があって、寝るところがあれば、特に不満はないでしょう。陽太郎は温泉から出て10分ほど雑談に加わったのですが、雪が温泉から出てきたときに、一緒に自分の部屋へ上がって行きました。やはり居心地が悪いのでしょうか。陽太郎と雪が部屋へ上がって行ったのは10時半ごろでした。ビビッチに振られて、殺人の方法につていて話していました。
「ナイフの刃が上を向いてたら殺意あり、下を向いてたら殺意なしになるらしい。また、心臓の位置は乳首の下側やから。結構知らん人が多みたいですよ。」
しかし、この話題は興味があまりないようで、警察官たちは聞き流していた。私たちは明日どこへ行こうかという話になりました。宝探しは忘れ去られてしまい、2度と思い出されることはありませんでした。

3-4.九和田ローカルテレビは不思議なテレビである

 そうこうしている内に九和田ローカルテレビでニュースが始まりました。超ローカルなテレビ局だな、なにせ自ら『ローカルテレビ』と言っているもんなと思いながら、画面を見ていました。
次のニュースです。今日午後2時頃、盛岡の『ワンコイン』失礼『ワンコモリ銀行』に、覆面をした男女2名が押し入り、ロウソクとムチで行員を脅し、現金3000万円を奪って逃走しました。覆面をしてるのになぜ男女がわかったかって?今放送中だから後にしてくれ。」
「犯人の男女は、カッコいいスポーツカーで逃走し、パトカーに車をぶつけて田んぼに落とすと、北の方へ逃げました。盛岡より北に住まれている方はご注意下さい。何?どのように注意すればいいかって?例えば、集落に入る一本道を塞いでしまうとか、待ち伏せして戦うとか、腕の立つ助っ人を頼むとか、何か自分たちで考えてくれ。これでニュースを終わります。そうだよ、もう、終わるんだよ。
「まさかアレ違うよな。」
「さあ、こんなところにくるのかなぁ。」
「なんか盗賊団が村を襲うように聞こえるが?」
「確かに人気の出そうな番組だな。こんなおもしろいニュース番組初めて見たよ。」
それでも、23時過ぎには解散して、各自部屋へ帰って行きました。

4.行くんだ!夜の向こうへ!

4-1.突然の宿泊者は夜這いする

 真夜中の2時を過ぎた頃、『私』は戸をノックする音を聞きました。『私』の部屋ではなく隣の陽太郎の部屋のようです。静かな場所にあるため、特に響いて聞こえる気がします。同じ部屋で寝ている3人は誰も気づいていません。
『私』は廊下に出て雪の部屋を開けようとしましたら、鍵はかかっていませんでしたので、さっと入り込むことができました。     
部屋には誰もいないところから見て、隣の陽太郎の部屋に行ったのは雪に間違いないと思いました。陽太郎の部屋から小さく話し声が聞こえてきます。泣き声も聞こえています。何か深刻な話でもしているのでしょうか。
「夜這いじゃないか?いやがらせで注意しようかな。」
当然、戸には鍵が掛かっていました。なんだか自分がつまらない人間のように思えてきましたので、関わるのは止めようと思いました。
「やっぱりアホらしい。あんな奴ら放っておこう。もう一度寝よう。」

 しかし、その時私はあの言葉を聞いてしまいました。
「まだ大丈夫、逃げれ切れるよ」
「1500万円でどこまで行けると言うの?」
少なくとも男女がベッドでする話じゃありません。
警視に言ったほうがいいかなと、寝ながら悩んだ私だったが、話し声が聞こえなくなったので、朝まで眠れませんでした。

4-2.密室はインチキで作られる

 朝6時頃に目を覚ました私は、隣の部屋に入ろうとしてみたが、鍵が掛かっていました。まあ、当たり前です。昨日の話が気になった私は、次に来た『ナッピー』に、二人が自殺している可能性があると言いました。そして
「合鍵をもってきて。」
と言いました。『ナッピー』は階段を駆け下りて、合鍵を持ってきました。その時には、全員が陽太郎の部屋の前に集まっていました。
戸を開けると、私は一番に部屋へ飛び込みました。
ふたりの左胸に果物ナイフが突き刺さっていました。
「大変だ!二人とも殺されている!
炊事場には果物ナイフがあると思います。そのナイフを使って心中したものと思われました。後から入って来た人に私は押しのけられました。まあ警察官が3人もいるんだから初動捜査は完璧でしょう。その時、私は椅子の上に鍵があることを見つけました。

5.行くんだ!犯罪トリックを乗り越えて!

5-1.お菊は幽霊である

「それで、私にどないしろと?」
文章を読み終えた立夏が言った。
「これは実際起こった事件です。どう思われます?」
「スカイ警視さん、もうちょっと考えてからにせえへん。」
「立夏、何か教えたりいな。」
秋が言った。

「それじゃ、秋の部屋にひとりで1時間おれたら、いろいろ教えたるわ。」
秋が「お菊、部屋」と呼ぶ。
「一体、何を呼んどるねん。」
と立夏が秋に訊いた。
スカイの悲鳴がひっきりなしに聞こえてくる。
「あわ、あひ、出た出た出た。本物が出た。」
「何人にも分裂して増えていく。」
「あわ、あわ。囲まんでくれ。いやや。いやや。」
「どっちに向いても幽霊や。」
「関西弁になったな。よっぽど怖いんやろなあ。」
「私の部屋、そんなに怖いとことちゃうで。」
「幽霊が出るんやろ。スカイの声、聞いたらよくわかるわ。
立夏が言った。
「うん、出る。それがどないしたん。疲れたら冷たい手であんましてくれるし、お茶は入れてくれるし、毎日掃除してくれるし、ガスの元栓閉め忘れても閉めといてくれるし、雨が降ってきたら洗濯物を部屋に入れといてくれるし、ありがとうと言うたら、恥ずかしそうににっこりするねん。犬や猫よりよっぽどかわいいし、役に立つで。」

 1時間ほど経って、スカイが真っ青な顏で部屋から出てきた。
「遊園地のお化け屋敷なんかちょろいもんだ。心臓が止まるか思ったわ。」
「二人に紹介しとくわ。うちの使い魔の『お菊』や。」
バタンとスカイが泡を吹きながら倒れた。
「お菊です。出身は姫路。秋さんとうちと、どっちがこの部屋の主人か対決したら、ボロクソにやられまくって、うちは使い魔として置いてもらえることになりましてん。今まで負けたことなかったのんに、逃げる暇もなく締め技で気が付いたら3回も落とされたんですわ。柔術で勝てる思てた、消えたろと思った途端に、はっと気が付き落とされとったんがわかるんです。その後はぐったりした私は、見たことない柔術の練習台にされて....うちが甘かったんですわ。あんなん勝てませんわ。」

「うちはこのマンションのオーナーや。もしかして、今まで入居者が1週間で逃げよったんは、お前のせいか!」
「たぶん。今の警視さんのような顔色してましたから。」
「群青色ちゅうのん。警視は人間の顔色やないで。」
「スカイが死んだら、ややこしいから、部屋に戻ろか。」
秋はお菊と一緒に部屋へ戻って行った。

5-2.それで、私にどないしろと?

「それで、私にどないしろと?」
だから、秋がいなくなったらすぐにスカイの口調が変わった。
「これはある人が書いた資料です。この資料を読んで何が起こったのかを、教えていただきたいのです。姫様」
立夏は先日の九条本家引継ぎの会で、満場一致で次期総統にされてしまった。長男の和彦も立夏を推すのだから、やらねばならない。本当は一生遊んで暮らすお金があるのだから、一生遊んで暮らしたかった。総統に指名されて以降、立夏は『姫様』と呼ばれている。九条一族でない人がいるときは『姫様』とは言わないが。
ついでにスカイは警視だが、警察庁公安部の警視である。元来は公安部長になるところ、警視のままで九条の警護が仕事である。立夏はスカイの給与が800万円と言っているが、実際は1,000万円を超える。

 立夏はその資料を読み直した。
「これがどないしたん?犯人はわかっとうし、トリックも動機もわかっとう。誰が書いたのかもわかるやん。いったい何が知りたいのん?」
「この事件は、殺人ですか?それとも自殺?」
「スカイ、やらしい質問やな。殺人でも自殺でもない、殺意があるから殺人未遂や。」
「では犯人は誰ですか?」
「『私』やな。」
「どんなトリックを使ったんですか?」
「叙述トリックと簡単な密室トリックや。」
「これは密室内でお互いに果物ナイフで刺し合って心中となる予定やった。

「叙述トリックから行こか。」
「この旅行は、ナッピー、ユッピー、ビビッチ、アヤシ、フェーの5人で行くと最初に書いとるやん。なのに話の中には私が出てきて1人増えとる。他の5人 は会話をしとるやろ。だからビビッチも同じように会話をしていたはずや。ところが、『私』と『ビビッチ』の間で会話が交わされていない。わざと自分を隠しているやんか。ここで、『私』=ビビッチが疑われるわけや。」
「よく、読んでみたらかるけど、『私』は男や。『ですます調』の文章で暗に女の印象を作っているけどな。」
「そんなはずはない。ビビッチの本名は『美和(ミワ)』と最初に書いてる。」
「あれは、『ミワ』やのうて『ヨシカズ』と読むんやないかと思うねん。一番わかるのが、泊まる部屋やな。自分以外に3人いるとつい書いてもたんやろな。女性は2部屋やけど、ビビッチが女性としても一部屋に4人というのはあまりに不自然やろ。男女4人ずつで女性だけ2部屋使うとなると男性には不満顔も出るわな。男性3人女性5人なら女性が2部屋使っても不満は出ないやろ。
すると『私』以外の3人は恐山3兄弟や。残る一人が『私』=ビビッチになる。従って、『私』=ビビッチ=男という式が出来上がるんやな。」
「ここで、考えて欲しいのが、9時に来た2人は例の銀行強盗だということや。九和田湖を通り抜けるなら、九和田繁華街を通った方が早い。あの二人は距離の長い上り下りの多い分かりにくい、立川の別荘を目指したことになる。ここで犯人たちが合流する予定やったんとちゃうやろか。携帯電話ででも連絡を取っとったんやろな。銀行強盗を行った第三の犯人は『私』や。かなり電話をしとった思うけど、それは延べられとらんな。」
「しかし『私』はここでおもわぬ言葉を聞く。」
『ひとり1500万円で逃げる。』
「3000万円を盗んだのに一人1500万円とは、自分を殺す計画だと気づく。この話は二人で銀行強盗を行ったように見せかけるためのもののはずやった。ところが、実際に『私』は聞いてしまった。まあ、考えることは誰もそないに変わらんと言うこっちゃな。

5-3.密室は必要ない

「しかし元々『私』は仲間を殺し、金を独り占めして銀行強盗が自殺したように見せかけたかった。そのためにこの資料を作ったんやろな。これをぼんやり見ると、女の犯人が犯罪を犯したように見える。」
「部屋に入るのは簡単や。ノックしたら入れてくれる。しかも殺したろと思とう相手が部屋に入って来るんやから、『飛んで火に入る夏の虫』とはこのことや。動きはビビッチの方が早かったんやろね。殺したと思った後、外側から鍵をかけたんや。緊急の場合やから、内側から鍵をかけて部屋から出る方法が見つからへん。これが大きな間違いやった。」

「どこがいかんのですか?」
「『私』は密室を作る。鍵をどうしょっか、と考えたんやろ。頭が密室の構成に行ってしまってるやんか。よく考えてん。自殺するのに密室は必要ない。『誰も入れないから自殺』とは考えないやろ。まして真夜中なら誰かが入ってくる可能性が低い。実際は密室でなくても、自殺、殺人、事故、病気なんでもあるやん。」
「そりゃそうですが、じゃあ姫様ならどうするんですか?」
「鍵をかけずに、容疑者の範囲を広げる。捜査を攪乱してほぼ全員を容疑者にしてしまうねん。どうせ真夜中のアリバイなんかある方がおかしいやろ。そして、捜査を混乱させて迷宮入りを狙うかなあ。それから絶対にナイフなんか使わへん。ナイフを使うんやったら頸動脈の切断を狙うしかないやろなあ。」
「姫様ならどうやって殺しますか?」
「事故に見せかけるかなあ。」
「例えば、あたまを殴って殺す。その後、タンスなど重たい物を頭の上に落とす。階段の上から落とす。窓や屋上から落とす。などやろか。まず最初は頭を潰すやろな。『害虫は頭を潰せ』の格言通りに。
「そんな格言知りませんが?」

「そのあたりは九和田繁華街まで店もあらへん。信号のない道路で車で15分言うたら10kmぐらいの距離がある。乗って来た車は警官の車や。車で逃げるのは無理。それなら密室で自殺と考えたんやろなあ。密室やったら紐を使うトリックとかはよく出てくるけど、その紐を準備する時間さえ頭になくなっていたんやろ。とにかくすぐに死体が見つからないように、外から鍵を掛けたんやろ。そやから、鍵はずっとビビッチのポケットの中にあったんやろな。

 そやからビビッチは戸が開いたら、一番最初に部屋に入らなあかんかった。そこで、
『大変だ、ベッドの上で殺されている!』と叫べば、みんな被害者を見るやろ。その間に鍵をベッドから離れた椅子の上に置いたんや。こうやって一見密室に見えるようにしたインチキトリックや。」
「インチキですか?テレビの推理ドラマで、似たようなトリックを使ってるのを、よく見かけますが?」
「インチキやで。誰も出入りでけへんから『密室』やねん。犯人は出入りし放題やんか。それにやなあ、被害者は生きとるんやから、そちらから話を聞けばええやん。」

5-4.ナイフの使い方と心臓の位置が間違っている

「なんで、生きとるのが分かるんですか?」
「殺人に果物ナイフを使うからや。果物ナイフで刃を下にしてつまりナイフを縦にして使うと、肋骨やその周辺の靭帯を切断でけへん。しかし、ビビッチは胸を刺した。しかも果物ナイフを刺さったままにしてしもた。これでは果物ナイフが栓になって出血多量で死亡するまで時間がかかる。ビビッチはテレビや小説の見過ぎやな。ナイフは心臓どころか肺にも届かへん。もしかしたら心臓の位置も知らんのんとちゃうか。心臓は左胸にはない。ほぼ真ん中、左胸は2/3、右胸は1/3の場所にあるんや。果物ナイフでは重傷を負わすことはできても、刺殺はでけへん。こんなことは警察学校でも教えてくれるやろ。」 
「なんで警察学校で教えとると分かるんですか?」
「わかるで。面白そうやから、こっそり忍び込んで授業を受けたんや。」
「自衛隊医科大学でも同じこと言うとったで。」
「そんなところも行ってるんですか?医学部でそんなことやるのですか?」
「やらんかったから、授業が終わってから聞きに行った。」
「名前、聞かれませんでした?」
「聞かれたで。『九条立夏です。以前園遊会でお会いしました。』と言うたら『あなたが九条の。いつでもお越し下さい。』と言われて、アドレス交換もしたで。上白河先生と言う方やねんけど、有名な先生やろ。名前知っとるもん。私、毎年園遊会に行っとうから、今度お会いしたらきちんと挨拶しょう。他に友達も来るし。
「姫様の友達って秋さんだけじゃなかったのですか?」
「実際の友達は秋と賀子と道子の3人やな。
「賀子さんって内親王ですか。道子さんってまさか上皇后様では?呼び捨てにしたら罰があたりますよ。
「さすが上皇后様は話題が豊富で面白いねん。賀子内親王も大学を3つ行っとっただけって、多くのことに造詣が深い。さらに、いろんな協会の役員とか外交なんかもやっとるので、面白い話が聞ける。二人とも時々メールでやりとりしとるで。できたら天皇陛下とも友達になりたいねん。」
「無茶言わんでください。姫様。」

5-5.3000万円はどこへ行く

「それでな、3,000万円の話やねんけど」
「3,000万円の行方ですか?」
「これだけやったら、判らへん。情報が少なすぎやな。」
「何がわかったらよろしいのですか?」
「被害者が生きとうから、被害者に聞くのが一番早いやろ。」
「その被害者が口をつぐんで、お金の隠し場所を言いません。」
「たかだか3,000万円。重さ3kg、高さ30cmぐらいや。3列なら高さ10cm、持ち運びには便利な重さと形や。」
「別荘の部屋にはそれらしいものはありません。」
「車は証拠物件として警察にあるんやな。」
「下のT字路に止めていた車の中にもあらへんかったんやな。車は本当に動かんかったんやろな。故障個所はどこやったんや。車はかっこいいスポーツカーなんか。衝突はパトカーで間違いないか。工具入れの中を調べたか。スペアタイヤの中も調べたか。」
「姫様は際どいところを突きますなあ。車は動きません。エンジンがオーバーヒートしてます。ラジエーターの水がありませんからこれが原因でしょう。」
「車はセダンタイプのファミリーカーというもので、スポーツカーでさえありません。工具入れは調べましたが異常なしです。スペアタイヤの中は調べさせます。」

 数十分後のこと。
「3,000万円はスペアタイヤの中から見つかりました。タイヤを切り裂いて金を詰め、切り裂いたところを接着剤で留めていました。」
「何で持って行かんかったんやろ?ここでは回収できるかどうか判らへん。どっかで車を盗んで、戻って来るつもりやったんかな。
「なぜ、車を盗むと思うのですか?」
「1回盗んだからやけど?犯人らは『かっこいいスポーツカー』で逃走したのに、九和田の別荘に着いた時はファミリーカーやった。盗んでどっかに隠しとったんやと思うで。」
「よくある手口ですな。ほとんど捕まってますが。」
「犯人の内2人は殺されかかって、1人は逃げたけど捕まるのも時間の問題。森にうかつに入れば熊がおるし。逃げようがあらへん。その上、3,000万円も手に入らんかった。踏んだり蹴ったりというもんや。」
「姫様、格言の使い方、知ってますか?」




不完全な漢字クイズ

この中に1つだけ違う
文字がたぶんあるんだ
よ。どれかな?

便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便尿便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便






2024年7月17日水曜日

2.丘の上の世界樹

 1.4月28日

1-1.エアコンを使わないと暑い

「なあ、秋、なんでこんなに暑いんやろな。」
立夏が言い出した。確かに暑い。
「ほんまやなあ。1週間前の御崎事件の時は、大雪やったのんになぁ。」
「ところでまだ午前中やのに、気温が30度を超えたらしいで。」
1週間の温度差が30度もあると、体調も崩しがちになる。
「ところであの御崎の事件な、結局集落の住人全部お縄にしたんやろ。仕事とは言え無慈悲やな。あれば殺された方が悪い思うんやけどな。」
「私もそう思うわ。これで、廃村が1つ増えたなぁ。」
「明日からGWやいうのんになぁ。体がだるいわ。」
「なぁ、どっか涼しいとこへ旅行にでも行かへん?」
立夏が言った。
「涼しい高原がええな。」
「冷水沢、清郷高原、極高地のどれがええ?」
と立夏が応える。
「そこやったら、泊まれるのん。」  
「親父の別荘があるとこや。もちろんタダ。」
「実は私、あんまり旅行したことないねん。」
秋が言った。
「それじゃ、電車は混んどうやろうから、車で行くとして、トコちゃんがワゴン持っとるからあれで行こ。深泥3兄弟付きやけど。」
「ロリコン長男はこないだ会うたから知っとる。次男がトコロテンで、三男がモモやったな。」
「そうや。トコロテン=トコちゃんは25歳、モモ=ピーチ=ピーちゃんは24歳でどっちも警部や。」
「しかし、警察庁いうたらそんなに簡単に昇進できるのん?」
「3人とも上級国家公務員試験を通っとる、いわゆるキャリア組やからな。トコちゃんもピーちゃんもお買い得やで、男前やし、将来有望やし。スカイはロリコンで身を持ち崩すかも知れへんし、モモことピーちゃんは浮気するかも知れへんけど。」
「どっちもいややな。」

 立夏は電話をして、たちまち日にちと行き先を決めてしまった。
「仕事の都合でトコロテンことトコちゃんは泊まれへんらしいけど、送り迎えしてくれるって。2時間ぐらいで行ける、清郷高原にしといたで。」
「奴らが変なことしてきたら、警察を退職させたるから安心しいな。」
「大丈夫や思う。私、幼稚園入る前から柔道はやっとったから。初段やけどな。」
「幼稚園に入る前から?」

1ー2.警察庁には謎の課がある

 警察庁公安部にほ、ほとんど知られていない『特殊第9公安課』がある。他の公安部からも何をしているか知られず、「謎の課」と言われている部署である。しかも構成員は全員親戚である。課長は深泥宇宙警視兼課長、構成員は10人。立夏の母方長男の深泥家が3人、母方長女の鬼瓦家が3人、母方次女の猫又家が4人の所帯である。毎日親戚が集まっていることになる。おのずと親戚の仲が良くなる。大抵は、深泥家が直接に、鬼瓦家が隠れて、猫又家がお手伝いさんやシェフになって九条家を守っている。九条を守るので、『第9』なのである。

「さて、この度、立夏様が九条家の跡取りになると決まった。我々の任務は、まず姫様の安全を守ることである。」
「はい!」
「さて明後日から姫様はご学友の秋様と、清郷高原に避暑へ行かれることになった。我々は姫様の車に同乗して清郷高原に向かう予定である。鬼瓦一門は隠密行動を、猫又組は先に別荘に向かい管理をしっかりと行う。」
「猫又組にまかせれば大丈夫です。
「鬼瓦一門は先祖代々の忍者ですから。」
「うそつけ、元々従兄じゃないか。」
「トコちゃん、お前は運転だからな。事故を起こして姫様に傷をつけようものなら、秘密労働工場送りになると思え!」
「秘密労働工場というと奥大井にある、帰り道のない、逃げても死んで、熊のえさになり、骨さえ残らないという謎の工場のことですか?」
「言わずと知れたことよ。」
「ひぇ~。あれは都市伝説では.....」
「万が一入院でもなったら深泥家は全員切腹と思え!俺は一番に腹を切る。」
「ひぇ~」
「姫様に手を出したら、銀座引き回しの上、東京駅前で打ち首と心得よ。」

2.4月30日

2-1.車はおしゃべりの中を進む

 心太(トコロテンと読む。辞書で調べてみよう!)のワゴンは10人乗りの結構大きな車だったので、悠々と乗ることができた。さあ、清郷高原に行こう。猫又家と鬼瓦家は別荘の管理と影の警備なので別行動であるが、これは立夏も知らない。
「二人で旅行なんて初めてやな。」
「二人とちゃうやん。変なんが3人おる。それに前に御崎にも行ったやんか。」
「私らは変なんですか?」
「あの三人は私達を守る護衛や。それよりあの三人の内、誰がええ?気に入ったら即お付き合いも可能やで。」
「トコちゃんなんかどうや。首位で国家公務員上級試験を通っとる秀才やで。」
「ホストクラブの呼び込みみたいな名前やな。」
「まあまあ、今ならアイスモナカのおまけつき。」
「そういえばアイスモナカの季節やな。」
「顔やったらスカイやけど、ロリコンやし。頭やったらトコちゃんやけど気が利かへん、世渡りやったらピーちゃんやけど女好き。」
「はい、スカイです。ロリコンのどこが悪いんだ!」
「はい、心太です。だれがトコちゃんだ!」
「はい、桃です。秋さん僕と付き合ってみない💛」
「みんな開き直ってますけど。」

「立夏は九条家歴代最高の天才だよ。」
トコちゃんが言う。
「そんなことないで。秋も『ギフテッド』や。見たら分る。」
「頑張って、摂津大学に行ったんやろ。」
「マサチューセッツ工科大学、世界一や言うからちょっと入りたくなってん。入試もちょろかったし、簡単に入れたわ。割とに自由に研究させてくれるし、ちょっと考えたら国際特許なんかザクザク取れるし。金は放っといても入って来るし。」
「こんな調子なんだ。マサチューセッツ工科大学は世界大学ランキングベスト4の超難関大学だよ。入学より卒業の方が難しいと言われている。それを『ちょろい』と言うんだぜ。ちなみに東大は30位ぐらい、京大は50位ぐらいだ。

 日本中の秀才が必死に勉強して、その中の強運な一部の人が東大に入れると思っている。しかも東大に入れたら日本一の秀才として、自分も周りの人にも認めてもらえる。しかし立夏さんはろくに勉強も努力もせずに、彼らの斜め上をひらひら飛んで行く。所詮、秀才は天才にかなわない。」
「勉強って何?努力って何?私の嫌いな言葉は、努力、根性、精神力や。東大が難関大学?違うやろ。実は東大は東京を代表する大学や思て、滑り止めで受けてんけど、ほぼ満点やったと思うで。理科Ⅲ類というとこ受けたんや。もちろん合格したけど、医学部とは知らんかった。医者になる気なんか全然あらへん。W大文学部の方が友達ができそうやったから、そっちに入ったんや。秋がおったから正解やった。
「立夏はアメリカで学士撮っとるから、大学はどこでもええやん。」
「日本の大学は東京・京都・W大・KO大しか知らんかってん。それから、私、博士号持っとるで。理学博士や。論文に付いて来てん。」
「知らなんだ。」

2-2.日本のトップクラスの皆さんが集まる

「ところで、皆さんはスポーツが得意?」
秋が男性陣に訊いた。
「柔道やったら全国のベスト4に入っとるトコちゃん5段が一番強いで。オリンピックの強化選手にも選ばれてる。勉強はというと東大を首席で卒業するぐらいはできる。努力家だし、日本では誰が見ても秀才中の秀才。」
「文武両道やないですか!」
と秋が言った。トコちゃんは少し嬉しそうだったが、誰も気づかなかった。
「でも、それは日本ではの話。世界には信じられない能力を持った天才がいる。会社を数個立ち上げて、特許でバンバン稼いで、アメリカ、フランス、日本に3兆円を超える資産を持つ人もいるんだ。
「3兆円ちゃう、5兆円や。」
と立夏が言った。
「特許いうたらどんなもんがあるのん?」
「国から口止めされとるのんもあるから、20個ぐらいかな。
「ところで秋さん柔道やるのん?」
「私、柔道は弱いねん。まだ初段やし。」  
「しかし、俺、西園寺という名前、どこかで聞いたような気がするけど。弱いと言ってるから違うか?」
これはまずいと秋は思った。自分の素性を知られたくない。
すると、結果的に立夏が無意識で助け舟を出してくれた。
「考えながら運転するな!ハンドルだけでなく性格も歪むで。」
「へいへい、その通りですわ。(事故おこしたら奥大井。万が一入院でもさせたら親族一同切腹やろな。ほんまに姫様やで。あぁ、関西弁になっとったわ。)」
ピーちゃんが負けじと言う。
「実は僕も全日本で4連覇してるのですわ。」
秋は話題が変わったのでホッとした。
「お前は弓道やないか。オリンピックの種目にあったら、日本代表は確実なのにな。」
「意地悪言わないで。僕はいつでも弓を持って来て鍛錬してます。」
「練習してるふりだけやろ。」
「何言うとるんですか。反対車線の車の運転手の頭ぐらいやったら、簡単に射貫けますよ。」
「妙に大きい荷物がある思うたら、弓と矢やったんか。」

 途中少し混んでいたが、そこはサイレンを鳴らして何事もなく通り過ぎた。
「サイレン鳴らして突っ走っていいのかな?
と、秋が言ったら。
「あかんに決まっとるわ。ええかげんにしとかんと、警察をクビになるで。」
「クビで済んだらいいけど(奥大井はいややな)」
「まあまあ、弓と矢でコースを開けさせるよりだいぶんましですから。」
そうこうしてる間に清郷高原に到着した。
スカイが威厳を込めて、
「ふざけとったら奥大井が待っている。」
といって、気持ちを引き締めた。
「奥大井怖い。 あぁ~。やっと着いた。」

 清郷高原は長野県東部、八ヶ岳の東麓、緩やかな斜面にある。九条財閥が開発したスポーツガーデンで、オールシーズン、プールとスケートで遊ぶことができる。また、ラグビーや相撲や柔道やテニスの合宿地として有名で、体育館もある。大まかな料金設定と細かな割引制度がある上、スポーツ施設を利用しなくても泊まれるため、四季を通じて利用客が絶えない。さすが九条の施設だけあって、内容はリゾートホテルと変わらない。

 九条家の別荘は、そのスポーツガーデンのほぼ中央にあり、林に囲まれた2階建ての洋館である。もちろん関係者以外は立入禁止である。メイドやシェフがおり、世話をしてくれる。私らは誰一人家事ができないので助かった。(実は猫又家先乗りしている。シェフは調理師免許を持っている)別荘を誰も利用してない時は、宿泊施設で働いている、ということになっている。

2-3.ユグドラシルの世界樹といつもの夢は未来を映す

 秋は、立夏の案内でちょっと散歩に行くことにした。 別荘を出て歩きやすい螺旋状の坂道を30分ほど登っていくと、小さな丘の頂上に着く。 そこには葉が鬱蒼と繁った大きな木が生えていた。
「こないだまで雪が降っとったのに、何でこんなに青々と茂っとるんやろ。」
と思いながら秋は気持ちよくなって、つい、うとうとと.......
木と重なって白い霧が見える。 眺めもよく清郷高原を一望できる。 大木の枝からは細長い果実がぶらさがっている。
「あれは何の木の実?」
秋と立夏は寝転んで、果実が風でゆらゆら揺られているのを見ているうちに、軽くうとうとと眠りに入っていった。

 そしていつもの金縛りである。
「また例の予知夢や。あまり当たらへん予知夢や。 前回の御崎洞穴もみごとに外しよったし。」
すると頭の中でいつもの声が響く。
「すまん、すまん。前回の御崎洞穴はええとこまで行ったんやけど。」
「何がええとこやねん。間違いだらけやったやないか嘘つくなよ。」
「今度は期待できるで。ユグドラシルの木の上にええもんがあるんや。」
「随分あいまいな予言やな。何があるんや。 だいたいユグドラシルの木と言うたらどんな木や?」
「世界を支えとる大木、世界樹のことや。簡単に言うとお前が眠っとる横の大木や。」
「せいぜい30mぐらいの高さやったと思うんやけど」
秋は目を覚ますと周りをきょろきょろして居眠りをしていたことがわかった。 立夏が不思議な顔をしてこちらを見ていた。 頭がぼやっとする。 不思議なことにそんなに気分は悪くなかった。

   清郷スポーツガーデン略図

  
   清郷高原略図(太緑線は清郷循環バス)

2-4.野球とサッカーは黒字になる

「立夏、また予知夢見たわ。」
「ほんまか。今度は大丈夫やろな。」
「それは 下阪神エレファンツの勝率ぐらいには当たるやろ。 3回に1回位かなぁ。」
「いやいや、下阪神エレファンツはもっと勝っとるって、多分。」
「もっと当てたかったら、下阪神エレファンツに頑張ってもらうしかないで。」
「前に優勝した時、下阪神電車の車両を淀川に投げ込んで問題になったなぁ。」   
「一層のこと、買収してしまおうかなあ。」
「あかん、あかん。去年、球団を買うたやろ。 九条リーグでも作るんか?」
「そうやった。サッカーチームと一緒に売ってくれたんやった。」
「なんで売ってくれたんやろか、よく分からへん。野球もサッカーも。 こんな辺鄙なところでも、どんどん儲かるのんに。 今年は野球の清郷サンダーバードとサッカーの清郷ユニコーンで金を使おう。どうせ税金で取られるんやったら、選手に還元するねん。今年から監督を変えたから。」
「野球は松坂監督、サッカーは三浦プレーイングマネージャー。この二人は何かをもっとるからな。」
「今、年俸の見直しやっとうってほんま?」
「年俸はマイナス査定を廃止してん。例えば、なんぼ三振してもマイナスにしない。そんなん使う監督のせいやし、監督を決めたんは私やからな。私の責任かなと思うて、その分を選手に還元することにしたんや。サッカーも似たようなもんや。1軍に登録されたら基本年俸が1000万円上がる。10年1軍におったら1億円あがるんや。あと少ないけど年金があるねん。退職金もあるんや。監督は2億円。なんか野球もサッカーもメッチャ気合いが入っとるらしいで。後は、ひ・み・つ
「九条は金があるんやな。」
「九条でなくて、私が『波動ターボ』で儲けた分で、野球とサッカーのチーム買うたんや。 1,000億円積んだら喜んで売ってくれたで。」
「ところで『波動ターボ』って、何ができるのん?」
「車体の揺れをエネルギーに変換する補助エンジンやな。あと、エンジンや冷却水の温度や風圧・太陽光などを使う。 おそらく世界一クリーンな補助エンジンや。エンジンの補助をする他に一酸化炭素と二酸化炭素を分解して酸素と炭素を作る。自動車会社は買わん訳にはいかんやろ。 すべて特許を取っとるし。 他のんは国防省から口止めされてるから、言われへん。 和彦兄ちゃんは
『立夏、あまり戦略兵器は作ってくれるな。今でも、日本や韓国と戦える戦力があるぞ。』 
と言うんやけどな。 まだ、ちょっと勝たれんかなあ。」
秋はぞぞっとした。そんなに力を持っとるのか。 

2-5.大木は周りに何かを隠す

 秋がまだ大木の周りをまわっていると、立夏が声をかけてきた。
「どこか最近掘った跡がある?」
「ん~。あることはあんねんけど、あちこちに大きい石が落ちとる上に数が多いからようわからへんねん。 私が見ただけでも10ヵ所以上あるわ。」
私らは二人で幹から離れたところまで探し回ったが、結局秋には掘った跡はよく分からなかった。
「木の上のお告げがあったから、木の下に何かがあると思うんやけど。
「まあ、やっばり『はずれ』ということやね。」
「そうやなあ。死体を掘り当てんでよかったわ。」
私たちは夕日の丘を『あかとんぼ』の唄を歌いながら下って行った。 GWになったばかりなので、赤トンボなんか飛んでいないのだが。
夕食はおいしいものだったが、ベッドはふわふわで秋には少し寝づらかった。

3.5月1日

3-1.白い影は失踪を呼ぶ

 翌朝起きると、立夏が朝食を食べていた。
「立夏。深泥池3兄弟はどないしとんのん。」
「スカイはどこかの中学のバレー部の合宿。『アタックNoなんとか』のような、セクハラ練習をしてないか見に行ったで。」
『アタックNoなんとか』パワハラかも知れんけどセクハラとはちゃうやろ。」
「いや、ブルマがどうとか言うとったから、セクハラやないんかな。」
「トコちゃんは昨日の内に東京へ帰ったし。ピーちゃんは女子大テニス部の調査。お嬢夫人とやらを見に行っとうねん。ちなみに宗川コーチの決め台詞は『夢、エースをねらえ』やったらしいで。」
「お嬢婦人って、お嬢さんなん?ご婦人さんなん?」
「さあ?」
「みなさん、青春を謳歌してますなあ。ただの『覗き』のような気もするけど。警察に捕まらんことを祈っとこ。」
「スカイさん30歳や言うとったけど、まだ青春を謳歌しとんのん?
「ロリコンやからな。」

「私らは何しょっか?」
「清郷銀座付近でお買い物でどうや。あきたら博物館行って、温泉に入ろか。」
結局、その日は清郷銀座でお買い物、昼食を食べて、八ヶ岳博物館、清郷温泉と回った。
「環状バス言うたら、変なとこをぐるぐる無駄に回っとうと思とったが、結構便利やった。」
「九条交通のバスやったで。」
「まあ、そうやねんけど」
清郷高原の環状バスは右回りも左回りもある上、九条家別荘の前に停留所があるので便利と言えば便利である。 門から建物まではかなりあるのが、玉にキズである。 スカイがルンルンと別荘の方へ歩いて行くのが見えた。

3-2.白い影は大木の根元を示す。

 夕暮れの1時間ほど前に大木の展望台に夕日を見に行く。
「のんびりした、平和な景色やなぁ」
と、秋は思った。 大木の下に転がって、夕方の風を浴びるのはいい気持ちだった。 風に揺れる若葉は成長が遅い。
「変な時に大雪になったからなあ。」
と声を出して言うと、鍾乳洞の死体が頭をよぎった。 縁起でもない。

 木陰で涼むのにすっかり慣れてしまった。 ふと木の根元に白い影が揺れた。白い影はぼんやりと地面の上を漂うとやがて消えていった。
「立夏、白い影が見えてないわな?このへんやで。」
立夏は私の指したあたりをしばらく探っていた。
「とりあえず深泥兄弟に知らせとこか。」
「それもそやな。」

 夕食の時間になっても宗川と国分寺夢は帰ってこなかったらしい。 宿舎で働いていたシェフが言っていた。 シェフはふたりとも知っていた。
「前の学校の時も、年に何回か合宿に来ていましたので。」
二人は宗川の車に乗って、どこかに逃げたみたいな話になっているらしい。

4.5月2日

4-1.2人の失踪は取り調べを招く

 この日は宗川と国分寺夢失踪事件の、最初の取り調べの日となった。宗川の車が宿舎前に停まっていた。ナンバーを覚えていた選手がいたので間違いなかった。誘拐も考えにくいので、とりあえず丘周辺で殺されたことを視野に入れ、取り調べを行うこととなった。
「うちらは最初の方やから、昼からでもどっか行く?」
「今日は別荘でゆっくりしょう。」

(深泥宇宙警察庁警視30歳 の話)
 私は大学時代にテニスをやっていたので、テニスの練習を見て足を止めました。 練習の終わりに何気なくテニスコートの時計を見たら15:50でした。コーチは練習の最後までコートにいました。 私はそのまま別荘に帰りました。 国分寺夢はもう退部してたんですよね。 もっとも、私は彼女の顔も知りませんから。17:40頃に立夏さんから電話がありましたが、特に動きませんでした。

(深泥桃警察庁警部24歳 の話)
 午前中は女子野球が練習試合をしていたので見ていました。 一旦別荘に戻って昼食を食べた後、バスケットボールの女子の試合を見に行きました。その後、弓の練習をしていました。 宗川も国分寺も知りません。17:40頃に立夏さんからお電話がありましたが、特にアクションは起こしませんでした。

(九条立夏18歳 と西園寺秋20歳 の話)
 私たちは、温泉から帰って来たのが16:00頃でした。 帰る途中に深泥警視を見かけました。ちょっと休憩して、夕焼けを見ようと丘の上へ登って山頂に到着したのが17:30頃でした。軟らかい土を見つけたのはすぐでしたから、17:40頃でした。 すぐに、深泥警視とモモ警部に連絡しました。

(九条家お手伝い52歳 の話)
 16:00頃に、立夏様と秋様が丘に登っていかれるのを見ました。 深泥警視様は16:20頃に戻られました。

東北西南中央中学のテニス部員 12~15歳の話
 宗川コーチは3年前からコーチをされていたということです。 顧問の先生が連れて来られた方と伺っています。 宗川コーチは若いころに全国大会の常連ということでした。 練習は厳しいけど、私たちも全国大会に行けるようになったのは、コーチのおかげだと思います。
国分寺さんは、最近実力を発揮できるようになった選手だったのですが、何故か退部してしまいました。 全国大会出場は確実と思っていただけに残念です。
宗川コーチには練習中に体のあちこちを触られることがありましたが、フォームの修正と思っていました。指導された選手はプレーが早く伸びるからです。中にはいやらしい行為と思っていた人もいるようですが、レギュラーになれなかった選手の僻みだと思っています。 昨日、練習中にいなくなった人はいません。
昨日の練習は16:00までの予定でした。 練習は予定の10分前ぐらいに終わりました。 学校は小諸市にあるので、今日は宿舎で泊まることになっていました。後で聞いた話ですが、テニスコートの時計は20分ほど進んでいたそうですので、実際に練習が終わったのは15:30になります。

(中里心平58歳 テニス部顧問の話)
 宗川コーチは前の顧問の先生の知り合いらしいです。 前の顧問の先生は昨年クモ膜下出血で亡くなりました。 宗川コーチは当中学に来る前は、全国常連高校のコーチをしていましたが、生徒を妊娠させたとかさせなかったとかの噂が出て、その高校のコーチを辞めたと聞いています。 
宗川コーチが辞めてからその高校は弱くなりました。 真面目な方ですので選手に手を出すようなことはなかったと信じています。そう言えば、練習が終わってすぐ、丘を駆け上がって行く宗川コーチを見ました。

(小手指創25歳 県立清住高校柔道部コーチ・国分寺夢の義兄
 柔道場は午前中しか道場の使用許可を取っていなかったのですが、午前中の練習が悪かったので、主将の青井が13:00から丘の上り下りを行い体力をつけたいと言いました。1年生が3人ほど熱中症か何かで倒れたので、練習を終えました。 時間は15:30頃と思います。青井は不満そうでしたが、そのまま部屋に戻りました。 夕食の時には倒れた3人はもう元気になって飯をたらふく食べていました。 いつもは合宿などやらないんですが、今年は3年の青井が高校日本代表に選ばれているので、合宿を行いました。 夕食後にミーティングを行いましたが全員いました。

(青井神鉄17歳 県立清住高校柔道部主将)
 午前中の練習が集中できていなかったので、昼からの練習も志願しました。 暑い中のランニングで、体力アップにちょうどいいと思ったのですが、3人ほど倒れたので練習を終わりました。 15:30ぐらいと思います。 熱中症と思うので心配しています。 昼からは1人で走っとけばよかったと反省しています。 ここは走りやすくていいと思うんですが。

5.5月3日

5-1.丘の上にはきっと何かがある

「今日は丘の上の現場あたりへ行ってみよか?」
「そんなん止められるやろ。」
「どうせ立入禁止になっとるやろうけど、私らはスカイがおるやん。スカイを連れて行くと、大抵のところはフリーパスや。 そやから心配せんでもええねん。」
「俺は警察庁の警視だぞ。長野県警の警視じゃない。 管轄が違う!」
「警察庁は長野県警より上部の組織やんか。」
だいたい何で丘の上なん?」
「丘の下は人の行き来がある。あの時間に人気のないところは、まず丘の上が浮かぶやろ。」

 丘の登り口は1ヵ所、そこから螺旋状に3つのハイキング道が交差せずに登っている。 無理してまっすぐ登ると余計に時間がかかるだろう。
「自殺しようとしてここに来たわけじゃないよな?」
「実際に首でも吊っとればそうかもしれんが。そうとも言い切れんし。」
「なんや、なんか根拠があるんか?」
「あるかと言えばあるかも知れぬ。ないかと言えばないかも知れぬ。 まあ、いくつか分からへんけど、いくつ分からないかと言えば、さて、いくつなんだろう。」
「それは何かと尋ねれば、」
「まず、自殺する気なら丘に上らんでももっと簡単な方法があるやろ。実際には放ってもすぐに見つかるけどな。」
「なんで?」
「死臭いうのん知っとう?死体が腐敗したら死臭が出るんやで。 まあ、腐った死体が発する臭いや思たらええ。 半径10mぐらいがめっちゃ臭うらしいで。 腐ったチーズとくさやを生ごみに混ぜて腐ったドブに叩きこんで十分腐敗させたような、なんとも言えん強い臭いやて、ピーちゃんが言うとった。夏場は3日~4日ぐらいで臭うらしいから、死んでれば明後日には見つかるねん。」
「そう、だいたいその通りだよ。ところでそのピーちゃんはどこに行った?」
スカイが言う。
「ピーちゃんは地元の女子サッカーチームの練習見に行ったで。」
と立夏が返答した。

5-2.予知夢は過去と未来を繋げる

「秋の予知夢を私は信じるで。」
「私の予知夢がどないしたん。私が信じてないのんに。御崎の時もはずれとったやんか。」
「お宝は外れとうけど、何かある場所は当たっとるやんか。」
「秋の予知夢は何があるのかは適当やけど、何かがある場所は合っとるんちゃうか?
「そやそや。なにかある。きっとある。」
「そうかなぁ。下が上になっただけと違うん?」
「スカイ兄ちゃん、土建屋に行って、穴堀の上手なのを2~3人連れて来てんか。ん~、1人30万円ぐらいでどうにかなるやろ。会社には100万円ほど掴ませとけばええ。金は私が出す。」
「いや、それはダメ。長野県警に依頼するから。」

「ところで、宗川に妊娠させられたと噂の娘は名前は何や。」
「それも、長野県警に調べてもらいます。」
「その娘に兄妹がおったかどうかも調べてな。ついでに両親もどうなったか調べといて。役場に行って警察手帳見せて、戸籍謄本を取ってきたらどうとでもなるやろ。」
「お、恐ろしい奴。」
「わかった、わかった。穴掘りは自分で優秀なんを捜して来るわ。

6.5月4日

6-1.立夏は駅裏で3人の日雇いを雇う

 秋と立夏は朝も早くから、日雇いが集う中諸駅裏に来ていた。まだ朝6:00だというのに結構人が集まっている。立夏はそこらにあった台の上に上って全体を2回ほど見渡した。
「立夏、何すんのん?」
「いい男捜しや。あっ、そこの赤い服を着た君、ちょっとこっちに来てんか。それから、その左の君も。もうひとり茶色の帽子の君。」
どれも20歳台に見えるが、あまり強そうに見えない。
立夏は3人を並ばせて顔をじっと見てから、
「よっしゃ、君らがええ。仕事は穴堀や。一生懸命、自分がやらないかんことを考えてくれ。運が良ければ午前中に終わる。運が悪くても15時頃には終わる。手当はこれだけや。昼は弁当を支給する。場所はスポーツガーデンの丘の上、警備は警察にさせる。やるか?」
と言って立夏は指を3本立てた。3人とももちろんやると言った。

「あとな、これは希望やねんけど、君らはええとこがあったら就職したいんか?」
「いいとこでなくても就職したいです。」
「どこかアテがあるんですか?」
「正社員なら多少のブラック企業でも。」
「ええとこかどうか知らんけど、三郎兄ちゃんの会社に入れたるわ。三郎兄ちゃんは、今、軽井沢におるから20分ぐらいでこれるやろ。九条土建いうねんけど。」
「九条土建と言ったら、日本一の土建会社ですよ。今までその日暮らしだったのが夢みたいだ。大卒でもなかなか入れないのでしょう。
「これで女房にも苦労かけずに済むってもんだ。」
「がんばって、テレビを買うぞ。」
「テレビなんかすぐ買えますって。給料はそこそこやけど、仕事はキツイで。」

6-2.尻取3兄弟は自己紹介をする

 立夏がスカウトしてきた3人の男と、電話でむりやり叩き起こされたスカイが丘を登って行った。秋と立夏はその後について丘を登っていた。スカイがブツブツ文句を言うのが聞こえた。スカイの機嫌は悪かった。やがて頂上に着くと
「それじゃ、自己紹介してもらおか。」
「はい、私は中山雄樹24歳です。据花農林高校を出てます。」
「水芭蕉の栽培で有名な学校やな。」
「私は山川壮一です。27歳で結婚して子供がいます。信濃工科大学をでています。」
「信濃工科大学やったら、現場以外でも期待できそうやな。」
「私は川中和也25歳です。八ヶ岳商業です。簿記1級を持ってます。」
「どんな仕事になるか分かれんけど、資格が生かせたらええな。」
「ところで君たち、尻取になっとうやんか。気に入ったで。うちは九条立夏、明日から19歳や。今はW大学文学部の1回生や。」
「W大学って難しいんじゃないんですか。」
「そんなことあらへんで。」
立夏は少し窪地になっていて石がたくさんあるところを指さした。
「尻取3兄弟、最初はあそこを1mぐらい掘って欲しいねん。柔らかいもんが出てきたら傷つけんように注意してな。」
「へい、わかりやした、親方。しかし、何が出るんですか?」
「埋められた死体や。数ヵ所の候補地がある。」

6-3.尻取3兄弟は就職を希望する。

「おいおい、お前ら長野県警の者だろう。」
「いえ、私たちは日雇いです。今日、駅前で指名されて、親方に雇われたんです。今日1日指示通りに穴を掘ったら、」
指を3本立てて、
「1日でこれだけ払う。希望するなら、正社員で九条土建に入社できるという約束なんです。むちゃくちゃ好条件なんです。」
「ちゃんと九条土建の三郎社長に話は通したから大丈夫や。」
「立夏さん、いったいどんな話をしたんや。」
「いい男を3人見つけたから、九条土建に採用しろ。絶対損はさせへんと。」
「むちゃくちゃ言いよるな。そんなこと言うて大丈夫なんか?」
「知っとうやろ、大丈夫や。うちらには実の兄妹の強い絆があるんや。それにうちが見たんや。そこら辺の入社試験よりよっぽど確かや。」
「深泥池警視、ほんとに大丈夫なんですか?」
秋が訊くと、スカイはため息混じりに答えた。
「立夏さんがいいと言ったからな。立夏さんのひとことで3人ぐらい入社させるのは簡単なことだよ。立夏さんが言えば、アメリカに核弾頭を撃ち込むことも平気でやりかねん連中だからな。おっとこれは黙っててな。」
「しかし、日本は核兵器なんて持ってるんですか?」
と秋が訊いた。
「日本は核兵器なんか持ってないよ。でも九条は持ってる。九条は日本の法規に縛られない。日本や韓国と勝負になるような戦力を、日本の法律で縛れると思うか?隠れて九条重工業で、新型の戦略兵器を作ってるらしい。それを設計したのが立夏さんや。日本や韓国は数秒で焼け野原になる。たぶん今では、中国やロシアでも勝負になると思う。その戦力をひとりの女の子が作ってるんだ。当然、立夏さんは国の要注意人物の筆頭だ。深泥一族は立夏さんが暴走しないように守るのが、本来の役目なんだ。ほんとに比喩でなく、俺たちは命がかかってるんだよ。もしそれらの兵器が発射されたら冗談でなく我々は切腹または打ち首になるんだ。広島と長崎にも旅行させてもいけない。絶対に誰にも言うなよ。

「立夏は末っ子ですよね。なんでそんな力があるんです?」
「立夏さんは九条本家・いわゆる九条ホールディングスの跡取だからだよ。九条ホールディングスは九条グループの株式の3割以上を所持するが、立夏さんはその九条ホールディングスの株の5割を持っている。上場してる株なんて3割あれば思い通りにできる。事実上九条グループの中心だ。大体が、1年間稼げるだけ稼げとの現当主の言葉に、3兆円も稼いだんだぜ。だから、立夏さんは世界有数の天才だよ。長男の和彦さんも認めている。君もいずれわかる。」

 立夏はスカイ警視に向き直り、
「妊娠したという娘の身元はどうやった?」
「名前は国分寺夢。兄は小手指創、夢は10月10日生まれ、創は8月15日生まれで夢の7つ年上です。」
「両親は再婚して、夫の小手指淳二の連れ子が創、妻の小手指亜美の連れ子が夢でした。夢は旧姓の国分寺を名乗っていました。」

6-4.九条三郎は決して立夏に逆らわない

 立夏は正面の石の多い場所を指さし、
「じゃあ、そこを1mほど掘ってくれへんか。」
3人は、ヘイホ、ヘイホと掘り出した。1mほど掘ったが何も出てこない。
「立夏、何も出てきえへんやないか。」
「まあまあ、候補地はまだあるんや。次こそ当てるで。」
そのとき、スコップを持った3人の長野県警の警官と、場違いなスーツを着た男がやってきた。
「あっ、尻取3兄弟、掘るのんやめて、ちょっとこっちに来てか。」
立夏に呼ばれて3人は場違いな男に方へやってきた。
「あっ、俺、この人テレビで見たことある!」
「確か、土建業の王様!」
「俺はわからん。家にテレビがない。」
その男はにっこりとして喋った。
「九条土建代表取締役の九条三郎です。立夏、1日早いがお誕生日おめでとう。プレゼントは何がいいかな?ところでさっきの話はこの3人かい?」
「そうやねん。まあ見とき。うちが選んだ3人やさかい。」
「そう、それじゃ君たちは何をしたい。」
「土建の腕をあげて、将来は独立したいです。」
「私は安定した生活をしたいです。」
「わ、私は、テレ、テレ、テレビが欲しいです」
「それじゃあ、ここを1m掘ってみて。」
三人はは、ヘイホ、ヘイホと掘り出した。70cmほど掘ったとき、スコップになにかがフニョとしたものが当たった。
「親方、出たみたいです。」
よっしゃもうええで、ここからは長野県警の仕事やさかい。」
長野県警がのろのろと掘りだした。

 それから九条三郎に向き直って、
「三郎兄ちゃん。なかなかええやろ。うちの目的を理解し、自分がどうすればいいか考えとう。だから死体を見つけても傷つけることもなければ、驚くこともない。掘れと言われてただ掘っとる長野県警との差は歴然や。一見やる気の差に見えるけど、実際は能力差や。特に頭脳の差やで。楽しそうにホイホイ掘るうちの連れてきた連中に比べ、長野県警は汗だくで今にも倒れそうや。
真面目に働けばすぐに係長クラスやろ。5~6年で課長まで行けたら儲けもんやで。まだ20代やけど、簿記1級もおるから他部門にもコンバート可能やで。」
「お前がいいといったら大丈夫だ。」
「じゃあ、君たちは5月7日に入社面接と手続きをするから、13:00に東京本社に来るように、場所はわかるかな。新橋駅の西側の50階建ての青いビルだからすぐ判ると思うよ。受付に言っておくから。履歴書を持って来てね。面接は一応しますからスーツで来てね。まあ、立夏がいいと言えば絶対通るから、気楽にね。落としたら何が飛んでくるか分らんし。とりあえず適性を見るから。」
「但し、現場に行けるかどうかはわかれんで。もしかしたら、経理部かも。」
「とりあえず、すぐに東京に引越して下さい。引越しは九条運送がするから、明日朝に行きます。とりあえず社宅に荷物を入れておきます。1人なら1LDK、2人以上なら3LDKのマンションです。連絡しておくので、入口の管理室に行って下さい。頑張ってな。」
「はい!頑張ります。」
「うちもたまに見に行くで。」
「親方、どうぞ見に来て下さい。」
「うん、約束な。」

6-5.夢と宗川と長野県警は立夏と争う

「でもな、今日はまだもうちょっと仕事があるんや。」
その間にも、長野県警の発掘作業はのろのろと進んでいく。立夏は覗き込みながら
「大体出てきたやんか。女か。国分寺夢やろなあ。ん~。頭が歪んでもとるやんか。頭蓋骨骨折が死因やろな。おや?彼女は妊娠何か月やったんやろ?」
頭蓋骨骨折の原因がどうもはっきりしないようだ。
「金属バットで殴られたか、高い崖の上から落ちたか、自動車に轢かれたとかやな。
そして、長野県警が死体を穴から担ぎ出した。
「これで後は宗川やな。どこにも心当たりがないなら、残るはここしかないやろ。よし、三兄弟この穴をもっと深く掘れ。」
「立夏、なにをするんだ。ここは証拠として残して。」
スカイが言った。スカイが逆らったからか、立夏が怒った。
「やかましい。お前らには頭がないんか!三兄弟は慎重に掘りよるのが判らへんのか!東大出とってもお前らの頭は三兄弟以下や!」

「証拠隠滅として訴えるぞ。」
と底無警部が言う。
「訴える?面白い。たかが長野県警が、私と戦おうちゅうんか。5秒以内に長野をクレーターにしたるわ。松本から自衛隊が出てくるまでに、叩き潰したるわ。」
立夏が怒る。立夏はスマホを取り出し、
「私や。亜光速ミサイル007発射準備や。目標は長野県警と陸上自衛隊松本駐屯地。」
「やめてくれ」
スカイと秋が立夏にすがりつく。
「立夏、冷静になってくれ~。そんなもん撃ったら日本が滅びる。」
「名古屋から新潟、静岡、岐阜、群馬と何百万人もの被害が出る。」
立夏はちょっと落ち着き、
「そやな、ちょっと我慢せなあかんな。」
「ところで、亜光速ミサイル007って何?」
「詳しいことは言えんけど、現在、世界最速で飛ぶミサイルや。10秒で地球を1周できる亜光速で落下する、世界最強の兵器、最強の破壊力を持つ攻撃型ミサイルや。しかも、防御方法はない。特徴は弾頭がいらんことやな。落ちるときに新型エンジンで加速させる。ミサイルの外側部分は高温になって何千度という破片がそこら中に飛び散る。本体は隕石の何十倍~何百倍もの高速で落下、この時に引力を利用して最高速まで速度を上げる、落下地点から数kmにわたって、地面が蒸発してクレーターができる。その後数10kmにわたって衝撃波が来る。衝撃波の速度は200m/s。範囲内の多くの断層が活動し、地盤の揺れは震度7、海上を狙った場合の津波は50m以上。破壊力は核弾頭の数倍。長野県やったら1~2発撃ち込んだら跡形もなくなって海峡になるで。理論速度は0.07cやな。」
「cという単位なんか聞いたことないぞ。」
「celeritas のc:光速や。私がつけた単位や。新型は光速の1/15のスピードや。核なんか持っとるだけ損や。発射準備する前に打ち込めるんや。数10km内にある核は自爆する。」
見ると底無警部が土下座をしていた。

6-6.尻取3兄弟は手当の額に驚く

 3兄弟が大声で立夏を呼んだ。
「親方、またなんか柔らかいものが、出てきました。」
「よっしゃ、後はまた長野県警の仕事やで。」
「もう今日の仕事はお終いや。すまんけど、お弁当とお茶は持って帰ってな。死体見たから食べられんかったらごめんな。それから、これ、今日の手当や。山川さん、ちょい待ち。ほい、奥さんとお子さんのお弁当。みんな、面接気楽にな。今から温泉でも入るんやったら。はい、温泉券。」
「うちもたまに見に行くで。」
「親方、どうぞ見に来て下さい。」
「うん、約束な。」
「親方、額が間違ってます。指三本は三万円と違うんですか?」
「君らは正直やな。うちの目に狂いはないで。いいかげんな仕事をして毎月30万円ももらい続けとる奴がどれほどおるか知っとるか。君らの労働を私が評価したら、30万円やねん。早くて丁寧な仕事。今までどんくさいと言われとったんちゃうか?丁寧なのは早くてミスが多い奴に比べたらずっと優秀や。もっと自信持ったら色んなことができるで。
「わかりました親方、これからは自信を持って仕事します。」
 3人は30万円の袋を持ってほくほく顔で帰って行った。
「立夏、お金使いすぎとちゃうのん?」
秋が言ったら、
「彼らは30万円の価値がある仕事をやったから、それに見合う報酬をもらって当然や。この事件のポイントは死体がどこにあるかにかかっとうねん。あの3人には何も言うてない、私の考えを理解し、丁寧に死体を傷つけないようにと掘っていた。非常に気を遣う作業や。それだけの手当を出さなあかん。企業にとって、大事なものは人材や。そやから優秀な人材は確保せなあかん。秋はあの3人をどう見た?」
「日雇いとしては非常にアンバランスに見えたなぁ。なんとなく仕事をやっとるわけでもないし、かといって頑張っとるわけでもない。長野県警に比べたらよっぽどましやで。日雇いを下に見とう訳やないけんどな。もっと能力に見合うとこで仕事させた方がええ。」
「秋、ええわ、やっぱええわ。最近の企業は儲け主義に走りすぎや。大切なものを見やへん。それに、私にはなぜか使った以上のお金が帰ってくるねん。今回もあの3人ですぐに1000万円ぐらいは儲けよるわ。三郎兄ちゃんからお小遣いとして利子がついて戻って来るし。」

6-7.噂は夢と創と宗川の三角関係を作り出す

 長野県警からスカイに連絡があった。
「小手指創と国分寺夢とは仲の良い兄妹だった。部員たちどちらも全国大会が狙える選手だということを知っていた。テニス部・柔道部の部員は二人が血のつながらない兄弟ということを知っていた。なぜなら別に隠していなかったからだ。宗川コーチはそれで贔屓するわけではなかった。
小手指創と国分寺夢の父母は再婚同士でとても仲が良かったが、飛行機事故で、二人とも死んでしまった。航空会社の慰謝料に父の遺産が5,000万円ぐらいあったのと2億円の生命保険に入っていた上に、母が経営していたアパートの家賃収入が毎月数十万あったので、金には困らずに、小手指創と国分寺夢は仲良く暮らしていた。

 国分寺夢は宗川のセクハラ嫌さにテニス部をやめてしまったという人もいた。しかし、そうは思ってない人も多かった。なぜなら、国分寺夢が
『去年全国大会に出場できたのは、宗川の指導のおかげ』
と言っていたからだ。それが本当なら嫌っていたわけではなく、むしろ尊敬していたのではないかと思われた。調子が悪い時も、国分寺夢は練習の見学に来ていた。なのに国分寺夢はテニス部を止めた。そして、5月1日に国分寺夢と宗川は姿を消した。警察にも届けたが見つからなかった。」
「ふうん。それは不思議な話やな。」

 立夏は何か考えながら。
「調べていくうち、国分寺夢と宗川が姿を消す何日か前に、国分寺夢と宗川が一緒に総合病院に入っていくの見たというテニス部員が現れたんや。これに尾ひれがついて、国分寺夢が妊娠していたとなったんやろ。小手指創はその日はどこにいたのかよく判らんかった。」
「もし、宗川が国分寺夢を妊娠させたんやったら、いくら優しい小手指創でも、怒り狂うやろう。小手指創は全国級の柔道家。宗川も全国級とはいえテニスやから、ただでは済まへんというか、生きとったらもうけもんと言うか。」
「まあ、そうやろなあ。」
秋が言った。

6-8.宗川は夢が辞めるのを止めない

「なんで、国分寺夢はテニス部を止めたんやろ。」
立夏が言う。
「でも、宗川コーチは国分寺夢が辞めるのんを止めへんかったんやろ。」
「ちょっとまて。人が死ぬのは自殺と殺人だけやろか?」
「他に、事故や病気なんかがあるなあ。」
秋が答えた。
病院に入って行ったなら病気の可能性が高いやろ。スカイ、国分寺夢が行った病院を探して、病名を調べてきてくれへんやろか?警察手帳を見せるんやで。」
「わかりやした、親方!」
「産婦人科とちゃうで。内科と外科やな。ついでに、脳と心臓を扱こうとるところも調べてな。」
「がってん承知の助、親方!」
「さっきから『親方』言うとるけど、それやめてんか。」

7.5月5日

7-1.立夏の誕生日は推理で過ごす

 子供の日は立夏の誕生日である。立夏のマンションには九条関係からの贈り物が続々届いていると思う。毎年のことではあるのだろうが....

「病院はすぐに分かりました。国立八ヶ岳中央病院です。」
「よく見つけたなあ。どんなやり方で探したんや?」  
「刑事の長年の勘だよ。おやか......立夏さん。 私も九条の一族、すぐにわかるんだよ。」
「なんや、まぐれ当たりかいな。」
「国分寺夢は『悪性リンパ腫』だった。しかもステージ4。国分寺夢は死ぬと思ってしまったのだろう。」
とスカイが言う。
「今は治る確率もだんだん上がっているんやけど。悪性リンパ腫ステージ4の5年生存率は50%ぐらいになっとったと思うんやけどなぁ」
「すると国分寺夢の死因は病気を苦にした自殺か?」
「たぶん、宿舎の屋上から飛び降りたんやろな。頭から落ちたら即死や。」
「誰にも見られてない真夜中に飛び降りたんだろうな。頭蓋骨が歪んどったのも説明がつく」
ゃあ何で丘の上なんかに死体を埋めたんや?
「さあ。そこにでも埋めといてくれという書置きでもあったとか。」
「1mの深さに埋めても直ぐ見つかるで。死臭を忘れたんか、スカイ。あと、野良犬が掘り起こすとかやな。少なくとも臭いが漏れん箱にでも、入れとかなあかんで。」
「死んでいるなら今日で4日目。遅くても死臭が出る頃や。」
「飛び降りで死亡した。それを見つけた誰かが死体を持ち去ったんや。そして死体を丘の上に埋めた。となる。」
「なぜ。それなら、国分寺夢の死体が下になるはずや。そやけど実際は宗川の死体が下になっていた。」  
「死体を運ぶには車が必要やけど、小手指創は自動車免許も持っとれへん。国分寺夢の病気を知っているのは小手指創と宗川の2人だけやと思う。国分寺夢の自殺を予見できるのはこの2人やということになるやろ。すると国分寺夢の死体を持ち去ったのんは自動車を持っている宗川ということになるんや」
「理由は知らへんが、宗川は死体を丘の上に埋めたんや。しかしそれを小手指創が見とうとしたらどうなる?」
「死体が埋まっている順番から考えたら、宗川が最初に死なんとあかん。宗川の車に国分寺夢の死体を乗せて移動するのは無理やねん。」

7-2.取り調べは九条の別荘に決定する

「あしたは何して遊ぶ?」
「あしたは取り調べです。」
底無警部が言うのを、
「やっぱり~。仕方ないなあ、そのかわり取り調べの場所は九条の別荘やで。」
と立夏が言った。
「警察より警備が行き届いているからや。
 底無警部は立夏を怖がっているようだ。
「本当は自分が取り調べたいからやろ。」
「うふふ。そんなこと考えたこともあるで。それから、あしたの取り調べは小手指創だけでええで。」
「なぜ、小手指創だけでいいんだね。」
底無警部が尋ねると、立夏は不思議な顔をして言った。
「だって、彼が国分寺夢と宗川を殺しの犯人やから。」
底無警部は呆然と立ち尽くす。

 夜になってトコちゃんがやってきた。

8.5月6日

8-1.犯人がとうとう見つかる

 小手指創を参考人として呼び出して、長野県警の底無警部と警察庁の深泥警視と隅の方で私らが取り調べをすることになった。

「あなたはなぜ宗川を殺したんや。」
「俺は宗川も夢も殺していない。宗川が夢を殺したんだ。」
「と、したかったんでしょう?国分寺夢も宗川も死んでいるんですよ。あなたはなぜ宗川を殺したんや。」
秋は小手指創が殺人を隠すと思ったが、そうではなかった。
「宗川は夢を殺して丘の上の木の下に埋めたんだ。
小手指創は答えた。
「なぜ、そんなことが判るんや?」 
「僕は宗川が夢の死体を埋めるところを見ていた。誰が夢を車で轢いて連れ去ったのか?僕が疑ったのは宗川だった。宗川は夢のストーカーと言われてたから、夢に近いところにいた。
と小手指創が言った。それに対して立夏が、
「国分寺夢は真夜中に宿舎の屋上から飛び降りて、自殺したんや。」

 小手指創は呆然とした表情になった。
「それじゃあの音は、国分寺夢が自殺した音だったのか。」
「ほぼ即死だったろうね。」
「宗川は国分寺夢のストーカーとちゃうで。それどころか、国分寺夢が自殺せんように見張っとったみたいや。見張りも虚しく死んでしもたけどな。」
「そんな!でもなぜ宗川は夢の死体を持って行ったんだ。」
「たぶんやけど
、あなたに死体を見せたくなかったんとちゃうやろか。」
立夏は、
「そして、宗川は丘の頂上の木の下に埋めたんやな。でもそれはあのとき病院にいた、宗川と君しか知らないことやった。」
と言った。
「宗川は約束通り国分寺夢の死体を、丘の頂上の木の下に埋めたんや。」
「創は宗川が国分寺夢を殺したんやろいうて、詰め寄ったんやろ。宗川は真実を話したと思うけんど、小手指創はそれを聞き入れへんかった。」
僕は宗川をなじった。家でも夢は
『宗川コーチのおかげで今年も全国に出れそう』
と嬉々としてしゃべっていたから、僕も宗川を信じていたんだ。なのに彼は僕たち兄妹の思いを裏切ったのだ。夢が病気を悲観して自殺することなど思いもしなかった。」
「宗川は大方の評価とは違ごて、誠実な男やった。病気で退部した選手の将来を心配して、病院に付いていくような男やった。それが、女好きとかストーカーとか言われる元となったが、彼は弁解をせえへんかった。あっ、女好きはその通りかも。
「事件は宗川が国分寺夢を殺して(または事故)失踪したように見せたかった。」
「そうだったのか。君も苦しかったんだね」
とスカイは言った。
「と計画されていた。」

8-2.秋の正体が知られる

「なぜ宗川の死体が下に埋まっていた?穴をいつ掘った?次はこの問題が出てくる。」
小手指創の顔つきが変わっていく。
「ええか、宗川と国分寺夢が恋人だったのを前提にすれば全く違ってくるんや。それを知って怒った小手指創は、丘の頂上で16:00頃に宗川と会う約束をした。
穴は前日の夜に掘った。かし、暗闇の中で掘るのは難しく、深く掘りすぎてしまった。金属バットを穴の縁に隠すと、穴にシートをかぶせてロープを張り、立入禁止の紙をぶら下げた。

 小手指創は時間より早く来た宗川を、金属バット殴り殺し、穴に放り込んで土を掛け出した。ところが運悪く、宗川を追いかて来た国分寺夢にこれを見られてしまった。国分寺夢も殴り殺すしかなかったがもう一つ穴を掘る時間はない。しかたなく、同じ穴に埋めるしかなかった。昨夜、穴を掘りすぎたのが幸い?した。

 小手指創の言うように何かがぶつかるような音がしたなら、同じ部屋の先生やアシスタントコーチも気づいたやろ。1階や2階やったらもっと大きな音がしたやろ。従って音なんかせえへんかったんや。

「宗川は手紙ででも小手指創からもらって呼びされたんやろな。そのため、テニス部は、少し早い時間に練習を終わった。柔道部は運よく?1年生が熱中症で倒れたふりをしたのでうまいこといった。熱中症は体内の臓器の活動が低下すんねん。3時間や4時間で食欲旺盛にはならへん。1年生のサボリやな。」
「これが起こったことや」

「ちくしょう!」
小手指創は顔を真っ赤にして、立夏に掴みかかろうとしていた。
「仕方がない」
秋はいきなり飛び出すと小手指創の右腕を取り半回転して肘をきめ、背負い投げの姿勢から腰と足で相手を跳ね上げ床に叩きつけた。
半回転したため小手指創の肘と肩がグキグキッという気色の悪い音を立てた。これは試合ではない。相手の肘や肩を脱臼させても仕方がない。
「あれは『山嵐』じゃないか。しかし立ったまま肘と肩を決めるのは、反則だよ。
とトコちゃんが言ったが、秋は、
「これは柔道の試合やあらへん。ただ立夏と深泥家を守っただけ。私しか間に合わんかった。元々反則技なんてあらへん。相手の攻撃力を奪っただけ。立夏が怪我でもしたら、切腹やで、私も仕方なかったんや。それにあれは『山嵐』と違う。
トコちゃんは黙った。
やがて小手指創は二人の警官に連れていかれた。
秋は白くぼんやりと二重に重なって見える大木を見て言った。
「私、柔道は初段やけど、古武道西園寺流の師範代やねん。見せたくなかったんやで、嫌われるかも知れへんし。女子の競技柔道なら、誰にも負けへん。」
「世界選手権で勝てるというのか。」
「勝てる。競技柔道なら、誰にも負けへん。」
「相手が男子なら?」
「さあ?弟子は5人おったけど、4人が男子で、彼らと試合をやっていた。負けたことはあらへん。」
古武道西園寺流?どんな武道か知りたい。
「あれはそれほど強力でない技。本来は背中側から入り、関節を1回転させて折る。そのまま全体重をかけて、後頭部から落とす。」
「それ、死ぬぞ。」
「あと、一本背負いから帯を掴んで頭から落とす、同じ体制から回転しながら落とす、でもそんなん西園寺流の本質と違うねん。3ヶ月ぐらい一緒に練習したらわかるかも?」
「そんなん、即死やで。」
「我慢した。正当防衛になっても、殺すのはちょっと...」
「秋、見せたくなかったやろに、私のために見せてしもてごめんな。」
「ええんや、どうせ知られるやろし。アイスモナカで許したるわ。」

9.5月7日

9-1.九条土建は面接を行う

 立夏と秋は、九条土建の入口から入ると、受付の女性が怪訝そうな顔をした。
「子供のくせに、勝手に会社に入らないで!」
「受付の口のききかたが悪いで。うちを知らへんのんか!九条立夏や。」 
「そんな名前知らんわ。私は努力して東京大学を出ているのよ。日本一の超難関大学よ。」
「へ~。日本一ね。」
「ふ~ん。大学の難易度なんかなんの役に立つんや。入学試験時に幸運やっただけやろ。東京大学が超難関?笑わしたらあかんで。努力して勉強した?努力を自慢するほどバカなんか?
と立夏が鼻で笑っている。そうこうしてる間に、三郎社長が出社してきた。
「おはよう、立夏、今日の面接を見に来たのか。」
「社長、お知り合いですか?」
「妹の立夏だよ。となりは友人の秋さん。大学の難関自慢しても無理。大学なんか好きなところに入れると思ってる。W大文学部の滑り止めが東大理Ⅲでほぼ満点近かったらしいし、一生懸命勉強しなけりゃ合格できないなんて能力が低いと思ってる。
「えっ?」
「立夏が飛び級で卒業したマサチューセッツ工科大学は大学世界ランクの1位、東京大学は30位ぐらいだよ。立夏は首席で卒業したから、難関自慢じゃ勝てない。立夏は勉強なんかしない。努力もしない。好きなことをやって何十もの特許を持っている。全ては楽しみの中に包括される。立夏は我々の常識では計れないのは、九条はみんな知っている。」

 立夏がドアを開けて控室へ呼びかけた。
「では、最初の人、お入り下さい。」
「はい、って、親方ではないですか。
「お久しぶり💛無理しないでね。」
「親方と同じ会社で働けるよう頑張ります。」

 立夏はこの会社の社員じゃないのだけど。