2024年8月21日水曜日

5サンゴ礁の探偵たち

1.立夏

1-1.いつも天気の話から始まる

「しかし、今年の夏は暑いなあ。今年の春より暑いな。」
「すまんなあ、エアコンが暑さで壊れてもてん。今は熱風が出るねん。」
立夏がすまなそうに言った。
「今年の春は雪の降った日と夏ぐらい暑かった日が変わりばんこに来たけど、最近はずっと暑いな。『お菊』がおらんようになってから、暑くてかなわん。」
「その言葉も、もう何回聞いたかわかれんわ。」
「私も何回言うたかわかれへんわ。」
「どっか行きたい!涼しいとこ行きたい!」
「ロンドンなら20℃ぐらいやし、湖水地方にはピーターラビットさんがおるし、ネス湖にはネッシーさんがおるし、ベーカー街にホームズさんがおってやし.......。」
と言った秋の言葉に、立夏が返す。
「イギリスはあかん。雨や霧が多い。ケアンズあたりにしょう。」
「ケアンズ言うてどこにあるのん?」
「オーストラリアの東海岸や。今は乾期やから雨が少ないし、気温も15℃~25℃ぐらいで夜が寒いぐらいやし」
「なんでそんなに涼しいのん?」
「南半球やから今は冬やねん。」
「何で北半球は夏やのに、南半球は冬になるのん?」
「太陽から遠く離れるからや。」
立夏の答えは時々嘘くさい。
「ほんまか?」
「ほんま、ほんま」
※まあそう言っても一概に間違いではないか

「今回も深泥警視が来られへんな。」
「あの人今度、警視正に昇進するらしいで。それで、トコちゃんがトコロテン方式で警視になるらしい。」

「スカイは、高所恐怖症で飛行機はあかん。トコちゃんの話では、すべり台やブランコ、鉄棒、2階の教室の窓側の席もあかんとか。前に『切腹と飛行機のどっちがええ? 』と訊いたら迷うとったからなぁ。私に意地悪を言うとるわけでもないらしいねん。」
「幽霊シンドロームの兄ちゃんも呼んだろか?前も一緒に行動したし。」
「立夏、友達が増えて嬉しいな。」
「うん。」

1ー2.上谷は立夏に召喚される

「あのう、九条立夏と申しますが、甘口支店長様おられますでしょうか?」
「少々お待ちくださいませ。支店長~、九条さんですよ~」
「大声で吠えるな。」
は甘口支店長の声である。
「はい、甘口でございます。お久しぶりでございます。お元気でしょうか。」
「はい、元気です。ところで、上谷さんは元気で仕事してますか?」
「上谷は何があったのかわからないのですが、元気がありません。」
「道ならぬ失恋のせいです。」
「元気がないのに、営業成績は支店始まって以来の記録を更新中ですが。」
「それは呪いです。とりあえず1週間ほど彼をお借りします。営業の話と思って頂いて結構です。額は私の資産で10億円を予定していますが、詳細は営業の上谷さんとの話し合いで詰めていきたいと思います。ただ私も忙しい身です。1週間の間で空いた時間に話し合いたいと思いますのでご配慮願いたいのですが。」
「おぉ!少しお待ち下さい。お~い、上谷。」
「出張だ。」
「呪いってなんの呪いなんですか ??????」
しばらくして
「お久しぶりです。上谷です。わざわざお気をかけていただいて、ありがとうございます。」
「声にお元気がないですねぇ。気晴らしにみんなでオーストラリアへ1週間ほど涼みに行きませんか?」
「行きたいですけど、仕事も忙しいですし、先立つものが有りませんし。」
「何言ってるんですか。友達じゃないですか。仕事は1週間ほど止まりますが、甘口さんがどうにかしてくれます。銀行の営業で行くということにしていますので、休暇も必要ありません。仕事の方は私と10億円の契約ですから、まとまることは間違いありません。それから交通費や宿泊費は気にしないで下さい。パスポートを忘れないでね。おみやげは自費でね。気温は15℃~25℃ぐらいらしいので、何か着るものを持って来てね。」
「それから、鳥取砂丘コナン空港発羽田空港行と羽田から成田までの電車のチケットを送っときますね。」

1ー3.深泥警視は飛行機に乗れない

 深泥警視が言った。
「姫様がご学友の秋様以下1名と一緒に、オーストラリアへ行かれることとなった。心太と桃が同行する。オーストラリアの治安はそこそこ安全ではあるが、日本ほどではない。奥大井や切腹にならないよう各自気を抜いてはいけない。1名は男なので、姫様に手を出そうとしたら射殺しても構わない。我々を、『何もしていない謎の部署』と言う輩もいるが、そう思われているのが一番いい。警察庁の中でも実際に一番命を張って仕事をしている部署である。集中力を欠いたら奥大井や切腹が待っていることをゆめゆめ忘れないように。
それから、来月から組織変更があり、我々の部署は警備局から警察庁長官の直属になることが決まった。名称は『特別九部』に変更となる。併せて役職も変更される。
まだ未確定だが一応役職の変更を言っておこう。私、深泥宇宙は警視正兼部長に、心太は警視に、鬼瓦苺郎(イチゴロウ)、猫又力(パワー)の2名は警部に任命される予定なので心の準備をしておくように。
それまでに奥大井や切腹にならないように注意のこと。」
「警視は行かれないのですか?」
「ちょっと事情があってな。」
「歩道橋があるんですか?」
「ブランコやすべり台はどうですか?」
「黙ってろ!鬼瓦や猫又にばれるじゃないか!」
「しかし、来月から長官直属と言うことは今までのように離れの1階でなく、本庁ビルの20階になるんですよね。」
「心配しなくていい、変わるのは組織だけだ。我々はこの離れで勤務する。おっと、使える費用が増えるんだった。」
「聞けばこの小屋....いえ....離れは、関東大震災や東京大空襲にも耐えたという歴史的な木造建築ではないですか。」
「大正2年築と聞いたことがあるが....」
「一応、東京都から文化財の指定を受けている。」

2.立夏の資産はそれなりに多い。

2-1.機械に認証される

「上谷さん、調子はいかがですか。」
「最近の不調が嘘のようです。」
そこで、妙な機械的な音声が鳴った。
「搭乗のシートと行き先はどちらでしょうか?」
「スペシャルファーストシート・ケアンズ国際空港」
「お名前をどうぞ。」
「九条立夏」
「西園寺秋」
「深泥心太」
「あれ?トコロテンで登録しとるわ。少しお待ち下さい。」
「登録修正完了。次の方どうぞ。」
「深泥桃」
「あれ?性別が女性になっとるわ。少しお待ち下さい。」
「登録修正完了。次の方どうぞ。」
「上谷優也。」
「未登録の方ですね。登録します。少しお待ち下さい。」
「九条立夏さん。指紋登録した指で確認ボタンを押してください。」
「九条立夏様この5人で間違いありませんか?」
「間違いない。」
「前回よりウエストが2cmほど太くなっています。少し太りましたね?」
「やかましい!」
「そんなこと言わんで下さい。あなたが作った人工知能ではないですか。特許もとっているんでしょ。」
「それは、そうなんやけど....」
「さて、全員、顔認証、骨格認証、髪の毛の遺伝子と登録遺伝子による電子生体認証完了しました。今後九条立夏様と搭乗するときは、この電子認証機をお使いください。ケアンズ行、搭乗まで約1時間30分ございます。お菓子やジュースを食べたり飲んだりしてテレビでも見ながら、スペシャルラウンジでゆっくりお過ごし下さい。お荷物は指定の場所に置いておけば、自動で機内まで運びます。到着後は係員が指定の場所まで運びます。」
「説明をもう一度聞きたいときは『机の上のボタン』を、用紙に出力するときは『ドアの横のボタン』を、3倍速で聞きたいときは『テレビの下のボタン』を、説明を聞き終えたなら『机の下の床にあるボタン』を押してください。ボタンを押さない場合は最初からご案内致します。

「誰じゃ、こんなふざけた設備を考えたんは。」
トコロテンが言った。
「私や、何か文句でもあるんか?」
立夏が言った。
「ウ.....グッ....チク....チク....チク....ワ....」
「ショウをよく我慢できたな。奥大井は逃れたで。」
「ところで立夏さん、スペシャルファーストシートなんて、旅行案内には載ってませんけど。どの席に坐ればいいのですか?」
と上谷が訊いた。
「あぁ、それは九条の特別席やねん。飛行機の先端下部にあるから、日中やったら景色がよく見えるで。今回は夜に海上を飛ぶから、景色は見えへんわ。それから20席あるから、好きな席に座ってええで。窓際でない席は、フラットになる椅子や。ベッドの代わりになるから、ゆっくり休めるで。」

2-2.立夏の資産を聞いてみたい

 秋が
「特別席言うたら高いんとちゃうのん?」
と訊く。
「高い言うたら高いんかなあ。九条家とその同行者限定、年間乗り放題3000万円やから。まあ、九条航空への投資と思えば、なんちゅうことないし。」
「3000万円!立夏、いったい、いくら稼いどるのん?」
「年間やったら3億5千万円ぐらいかな?自分で確定申告してないから、ようわからへん。まあ、3000万円言うたら、私の1ヶ月の収入ぐらいや。1ヶ月給料もらえんかったら、つらいやろ、それと同じや。」
「違う!根拠はともかく絶対違う!」
トコちゃんが言った。
「一生懸命働いて、年収650万円そこそこなのがとても悲しいです。」
上谷が言った。
「日本人平均が500万円ちょっとやったと思うんやど。上谷さん、25歳やろ、年齢からしたら多い方と違うのん?」
秋が言った。
「立夏さんも年齢からしたら多い方?でしょうね。」
「あれは特別や。」
秋が言った。
「私は営業成績がそこそこですから、ちょっと色を付けてくれとるんでしょう。今度の取引がうまく行ったら一気に上がるかも知れません。うちの銀行は預金額年間1兆円、貸出額9000億円ぐらいです。ここから税金や給与を払うとあまり残りません。10億円単位の取引は今年最高額かも知れません。」
「別に20億円にしてもええで。今年最高額を狙いに行こか。」
「立夏の資産はどれぐらいあんのん?」
秋が訊いた。
「私のふところをあまり探られてもなぁ。遊んで暮らせるだけのお金があればええんやけどな。銀行に5~6兆円ぐらいかなぁ。不動産も同じぐらいあるわ。投資も2~3兆円あるわ。そうそう、免許もないのに車が10台ぐらいあるから、上谷さん好きなん持っていったらええで。手続きは行政書士にやらせるから。あっ、トコちゃんもピーちゃんも持って行って。秋も免許取ったら好きなんあげる。どうせ毎年増えるだけやし。」
「車いうてどこに置いてあるんや。」
「神戸九条デパートにある立体駐車場の地下に置いてんねん。」
「ところで、1兆円言うたら1万円の何倍になるのん。」
「1万倍ぐらいちゃうのん。」
※間違い:1万円の1万倍は1億円、1兆円はその1万倍、1万円の1億倍です。

2-3.立夏は遊んで暮らしたい

「九条家は跡取りを決めるのに、末っ子が18歳になった年に、1年間どれだけ稼いだかを競争するねん。私は遊んで暮らせる生活がしたかったから、適当に好きにやっとった。」
「一体、いくら稼いだんや?」
「2兆円チョットやと思う。」
それが立夏の『ギフテッド』の能力か?
「それでどう間違えたのか九条の跡取りになってしもた。和彦兄ちゃんやったらもっと稼ぐやろと思って手抜いとったのに。0.07c の戦略兵器で.....おっとこれは言うたらあかんことやった。これで一生仕事に縛られる、かわいそうな未来しか見えへん。かわいそうな立夏ちゃんやで。」
「小さい会社の社長にさえ、なりたくてもなられん人がほとんどやんか。そんな人から見たらうらやましい限りやで。」
と秋が言う。
「そんなことはない。やりたいときにやりたいことをする。他人と自分の幸せは違うんや。人と比べても意味あらへん。」
「そうやった。立夏はこんな考え方をする奴やった。」
「秋も、数年経てばわかる。そやそや、忘れるとこやった。とりあえず、内定通知を出しとくから。」
「内定通知?大学に入学してからまだ3ヶ月やで、そんなんでええのん?」
「ん?就職の面接なんかせいぜい30分やんか。短ければ10分、集団面接なら5分やで。秋と私は何か月一緒におると思っとるのん。3ヶ月が短いんやったら、何年一緒におったらええのん?それに秋は自分の能力を知ってへん。秋の初任給は200万円でええか?」
「200万円はちょっと安いんちゃう?」
「そうか?相場と言うのんがよくわかれへんねん。そうか、月給200万円は安いんか?じゃあ最初は年収3000万円の秘書部長扱いで我慢してな。」

3.ジェット機

3ー1.ジェット機に乗り込もう

「ケアンズ国際空港行の便に搭乗する時間となりましたので、ご利用のお客様は搭乗口へお進みください。」
私達は荷物が、特別トランクに全部積み込まれたのを確認して、のろのろと搭乗口へと進んだ。
「実は、俺、国際便に乗るの初めてなんです。パスポート作るのが手間でした。」
上谷が言った。
「そうやったんか。知っとったら九条トラベルでちょちょいのちょいと作らせたのになあ。すまんなあ、手間かけてしもて。」
「海外に行けるとなればウキウキですよ。」
「海外旅行したことないのん?」
「ないですよ。パスポートもなかったんですから。結婚もまだですから新婚旅行もまだですし、今まで好きになった人は一人しかいませんし。」
「いやいや、それ、たぶん人とちゃうやろ。」
「そうかも知れませんが......」
「いやいや、確実に人間と違うやろ。」

3ー2.ジェット機は南へ

「ケアンズまでは7時間ちょっと、時差は1時間やったと思うわ。機内での飲食物は食べ放題、飲み放題やで。もちろん食事も食べ放題やで。ただ夜中に飛んで、明るくなる前に向こうに着くから、そんなに食べられへんで。私は眠るけど。」
「私も眠るわ。」
秋が言う。
「俺も眠ることにする。」
上谷も言う。
「俺はしばらく起きておく。まだ眠くならない。」
トコちゃんが言った。
「ボクは食事をするよ。夕食を食べ損ねたから。」
ピーちゃんが言った。
赤道付近の貿易風帯は少し飛行機が揺れたが、スペシャルファーストシートには揺れ防止の設備がついているため、大して気にはならなかった。
ケアンズ国際空港には時間通りに到着した。
「もう7時間経ったんか。」
とピーちゃんが言った。
「夕食・夜食・朝食と食べたら、夜眠る時間がなかった。」
「寝んと7時間食べ続けとったんか?」
「帰りもあるな。」

4.ケアンズ

4ー1.ワトソン

 お金の計算する時のために:1豪ドル(オーストラリアドル:A$)は大まかには100円あたりを推移していますので、1A$≒100円で計算すれば、大きな間違いはありません。

 ケアンズ国際空港からケアンズ市街までは路線バスで行く。
上谷の横には太っちょの紳士が座った。
「初めまして、私は日本から来た上谷と申します。」
上谷は上手くはないが、判りやすい英語を喋る。上手くはないと言っても、帰国子女の立夏に比べてである。立夏が言うには表現が少し固く、文法が受験色に染まっていて、丁寧すぎるらしいが、発音もリスニングもよく、日本人ではよく英語を喋れる方だと言う。  
「私はワトソンと申します。」
「アフガニスタンから来たのですか。」
「残念ですがイギリスから来たのです。ベーカー街に住んでるせいで、イギリスでもよく言われるのですよ 。ホームズは日本でも人気があるんですね。ハッハッハ。」
「そうですね。ホームズは俺も好きです。面白いですよね。アハハハ」
「上谷さんすごい!英語も喋れるんやね。」
秋が言った。
「秋もあの位は喋れるやろ。」
と立夏が言う。
「まあそりゃ、大学入試に出るからなぁ。」
でけへんとはよう言わんわ。と秋が思った。
「トコ兄、あれ分かるんか?」
「お前こそ東大出とって英語も判らんのか?」
とにもかくにも、上谷の機嫌はよさそうだ。
私達が泊まるホテルはケアンズヒルトンホテルというところである。
部屋はファーストクラスである。
「今日はゆったり昼寝をしょっか。」

4-2.寝起きの予知夢

 寝起き間際にヤツがきた。
「も~し、も~し、あ~き~ちゃん。」
「出たな、はずれ予知夢」
「いつも、惜しいところまで行っとるから半分は当たっとるようなもんやで。」
「全部間違ってると言えるわ。外すんやったら出て來るな。」
「フランス人がポイントやぞ」
「今度は宝物ちゃうんか?一番ありそうなとこやで。」
「今回はピピっと来ないんや。」
「それやったら、期待できそうや。」
秋は夕焼けの光で目が覚めた。
「オレンジと言うより赤色やな。激しい赤や。」
秋はひとりごとを言った。ふいに御崎洞穴のドラゴンを思い出した。あの夕焼けはもっと優しいオレンジ色やった。

5.キュランダ

5ー1.ロープウェイと高原列車

 2日目は、晴れてはいるものの少し肌寒い。今日はツアーでキュランダに行くことになっている。秋がトコちゃんとピーちゃんを見ると、半袖のTシャッを着ている。
ケアンズの冬は6月~8月頃で、涼しく湿度が低いため、観光客で賑わう。平均気温は15℃~25°Cで、降水量は少なくなる。
「深泥組、その格好で大丈夫か?」
と声を掛けた。
「大丈夫です。カンガルーが襲ってきても、コアラやパンダが襲ってきても戦います。」
「寒ないかと訊いとるんやけど?」
「少し寒いです。」
「それから、オーストラリアでパンダに襲われるってどんな状況や?」
秋が言った。
「秋さん、立夏さんに似てきましたよ。」
「こないだ、立夏に勧められて、脳や精神や筋肉や骨などの分析してもろてん。何か、立夏の研究の一環らしいねん。そしたら私もスポーツタイプの『ギフテッド』と判定されてん。勉強なんか全然やのに。」
「それでも秋さんW大学に入ってるじゃないですか。」
ピーちゃんが言った。
「W大学は日本の私大のトップ、東京大学や京都大学と遜色ない学校でしょう。」
「そんなん関係ないで。誰かさんは合格してる東大理Ⅲを蹴ってW大文学部に入ってますから。難易度が高い大学がええとは限らん。」
「秋は運動能力、特に格技に特性があるねん。それも運動IQが200を越えるんで計測できんかった。取り合えず200+と表現しとく。格技では天才より上かな。」
「そんな計測できるんか?」
「できる。これを一気に計れるようにして『ギフテッド』を見つけるのが私の次のテーマや。」
「立夏さんはいくつだったんです?」
「理科系180、語学160、想像力190、秋の200+に比べると大したことあらへん。」
「3部門で130以上あるから、立夏の方が優秀やろ。」
「何言うとんのん。これは、最高値で見るのが正しいねん。プロフェッショナルを見つけるテストやねんから。」

5ー2金田一郎

 ロープウエイの柵にもたれている小さい男がいる。小さいと言っても立夏(145cm)や秋(158cm)より大きいが180cmある上谷と比べると見劣りがする。
「兄ちゃん、柵が揺れとうから危ないで。気いつけよ。」
と立夏が言った。
「ありがとうお嬢さん。久し振りに聞く関西弁やで。俺は神戸出身の金田一郎と言うねん。貧乏旅行で世界を見て回るねん」
秋は彼に向って、
「ん。金田一郎?金田一!随分久しぶりやんか。お見舞いに来てくれて以来や。」
「えっ」
金田一郎はこちらを振り返って、驚いた顔になった。
「こ、これは、西園寺の姫君、まだ生きと....いや....ご病気の方は治ったんですね。」
「いつの話しとるんや。もうあかんかと思た?」
「いえ、そんなことは決して....毎日線香を....いえ、毎日神社でお祈りしておりました。」
格闘技の世界は大体は縦社会である。柔道では秋は初段でも西園寺流では師範、柔道3段の金田一とは格が違うので、当然20歳の秋の方が22歳の金田一より上位である。闘うと秋の方がはるかに強い。逆らったりしたらボコボコにされる。もし、反則技でも使ったら最後、西園寺流が飛んでくるから、死ぬかも知れない。秋は卑怯なことは嫌いなのだ。まあ、大抵の人はそうなのだが。
「アンタ、学校は?」  
「もう、夏休みになりますから。」
「じっちゃんに言いつけるで、」

「姫君?」
 トコロテンが、ぼそっと言った。ぞぞっと背中を寒気が走った。
「また姫が出てきた。そういえば確か噂で聞いたことがある。神戸に初段のめっちゃ強い姫君が、いるらしい。オリンピック出場の男子選手を投げ飛ばすとか。六甲山高校の卒業生名簿を調べてみたが、そんな選手はいなかった。だいたい、全生徒が60人の国立六甲山中高部に柔道部はなかった。毎年10人しか卒業生がいないのに都市伝説だろう。秋は初段や言うとったなぁ。小手指創を投げ飛ばしたのは偶然だろう。」
トコロテンは卒業生が9人しかいない年を見落としたのだ。

5-3.スカイレール

 スカイレールはケアンズの街から少し離れた山麓に駅がある。6人乗りであるが、なぜか全席が埋まっている。よく見ると金田一が足を組んで格好をつけてすわっているのだ。
「金田一、おまえは自分のツアーのんに乗らんかい。投げ落とすで。」
「姫君、許して下さい。もうお金がないんです。」
「金がないなら乗るなと言いたいけど、まあお金ぐらいやったら何とかしたるわ。」
「ありがとうございます。立夏様。」
 スカイレール google maps

 スカイレールは、正式名称を「スカイレール・レインフォレスト・ケーブルウェイ」と言うらしい。上谷が下調べをしたと言っていたからそうなのだろう。ケアンズ北部のカラボニカと言うとこと、高原の村キュランダの熱帯雨林上7.5kmに架けられているとさ。歩くぐらいのスピードで進んでいく?いや、もっと速いだろうな、たぶん。
途中駅が2つ程あるが、私たちは人気があるという、滝の見える駅の方で降りた。

 バロン滝 Google maps

 滝の高さは200何十メートあるらしい。バロン滝は雨季には写真のような迫力のある滝なのだが、乾期はかなりショボい滝になる。乾期に訪れた彼らは、写真とは違ったショボい滝を見ることとなった。早々に引き上げ、またゴンドラに乗ってキュランダ村に向かったのであった。

5ー4.高原の村

 スカイレール・キュランダ駅 google maps

 ようやくキュランダに到着した。
キュランダは緑の多い村だったが、観光地もそれなりにあり、観光客も多い。高原の村と言われているが、実のところ標高は300mそこそこしかない。六甲山でも900mあるんだ。
さて、コアラ、鳥、蝶と順番に見学に見てまわった。



コアラ、鳥、蝶
誰でも見ればわかる。

google maps







 キュランダビレッジという店が多いあたりで一人一人ばらばらになって、お土産を買おうということになった。ここは、キュランダでは有名なマーケットらしい。
金田一はひとり悩んでいた。お土産を買いたいが金がない。立夏に借りたいが見当たらない。うまくすればおごってくれるかも知れないのに....

5-5.永遠のメロディー

 ひとしきり買物をして表に出てきたら、ベンチに座って居眠りした人がいるのが目についた。妙に顔が青白く見える。
「どうしました。顔が青いですよ、気分が悪いのですか?」
「日の光が気持ちよくで、ついうとうとしてしまいました。」
「アメリカから来たメロディークイーンです。エラリークイーンの孫で祖母はメロディーパーキンスと言います。私は祖母の名前をもらっています。私が結婚して孫が女の子だったら、メロディーの名前を引き継いでもらうつもりです。」
「森は見てきたのですか?」
「スカイレールから見ていましたが、変化がないので、つい眠気を誘ってしまいました。昨日あんまり眠れなかったの。睡眠が足りないので顔色が悪いのね。」
「私は秋。左が上谷、右が深泥ブラーズと金田一、もう一人立夏というのがいるけど迷子になってます。」
「私たちは明々後日に、グリーンアイランドに行く予定なんですが、その時ケアンズにいるなら一緒にどうですか?」
「そうですね。私も参加させてもらえますか?」
※エラリー・クイーン:有名な探偵兼推理作家。実はエラリークイーンはアメリカ人2人の合作なのだがそこは笑って許して下さい。
※メロディー・パーキンス:「小さな恋のメロディー(1971年)」のヒロインでイギリス人。イギリスではヒットしなかったが日本では大ヒットした。65歳以上の男性に未だに人気があり、本人を招いて交流会などを開いているらしい。現在はフランスに住んでいるとのこと。

5ー6.ルイーズシャルル

 もう少し歩いて行くと、立夏の姿が見えない。
「立夏は、どこへ行ったんだろう。」
「立夏がいないと帰れないぞ。まるで大金入りの財布を落としたような気分だ。」
またもベンチでぐったりしている高校生ぐらいの女性がいる。
「どうしました。顔が青いですよ、気分が悪いのですか?」
どこかで聞いた言葉やなと思ったが、それはどうでもいいか。とりあえず英語で。
「いや、いいのですよ。私は疲れて寝ていました。フランスから来たルイーズシャルルと申します。スカイレールに酔ったのかも知れません。」
しばらく介抱して気分が良くなってきたようだ。秋が
「左から心太・桃・私は秋・上谷・金田です。」
と紹介をした。
「私のことは『ルイ』と呼んで下さい。」立夏が戻って来て言った。
「どなしたん。顔色が悪いやん。」
「彼女はフランスから来たルイーズシャルル、『ルイ』と呼ぶらしい。」
「『ルイ』調子が悪いのんか?」
立夏はルイの背中をさすりながらフランス語で言った。
「ありがとう、立夏。」
「立夏、フランス語も話せるのん。」
「英語、ドイツ語、イタリア語、フランス語、スワヒリ語もなんとか?」
「スワヒリ語?」
「アフリカの東海岸、ケニアあたりで使われている言葉や。会話はできるけど、読み書きはちょっとあかんねん。」
「何でそんなに喋れるのん?」
「長い休みの時にあちこち行ったとか、マサチューセッツ工科大学の友人とか、仕事の都合で必要になったとか。」

6.ケアンズ市内観光案内

 翌日は3日目である。ケアンズ市内を見て回った。写真は、google maps。

6ー1.ケアンズ水族館












 ケアンズ水族館では世界遺産のグレートバリアリーフにいるギンギラギンの魚たちや、熱帯雨林に住むニシキヘビやワニなどの危険生物、マングローブの根元で泳ぐクラゲなど、オーストラリアの様々な生態系が展示されている。
「ニシキヘビとマングローブの戦いが見れます。」
「マングローブやのうてマングースやし、ニシキヘビのうてハブやし、オーストラリアやのうて沖縄やし、全然ちゃうやんか。」A$55
※マングローブは植物です。

6ー2.エスプラネード・ラグーン











「海が見えるプールやけど、海水を入れとうから、ビーチで過ごしているようななんとも言えない海水の匂いを味わえるねん。」
「浅いところから深いところまであるから、大人も子どもも楽しんで泳げます。」
「こんな20℃もない夜中に誰が泳ぐんや!」
無料です。

6ー3.ケアンズ・ボタニック・ガーデンズ








「ダイナミックな木々やカラフルな花々の間を歩いたら、オーストラリアの熱帯雨林ならではの植物が楽しめるようになっとる施設やねん。」
「植物だけでなく、バードウォッチングも楽しめるようになっとんねん。施設内ではトロピカルな色合いの鳥や、大きくて迫力のある鳥まで自由に飛び回っとるねんて。」
「雉も鳴かずは撃たれまい。」
「格言の意味が違う!」

6ー4.ケアンズ博物館



「この地域の歴史や文化を展示している博物館や。昔使用されとった武器や石器や写真などが展示されとるねん。」
「昔、使用されとった写真があるんか!ぜひ、見てみたい。」
「そんなこと言わんといて。いけずやなあ。」
「短時間で回れるけど、この地域に住んでいた人たちが、どのような生活を送り、今の文化や産業を築いてきたのかが知れます。」
「この地域に興味がある人はしっかりと、そうでない人はそれなりに、見ていくのがお勧めです。」
「大抵はその様な流れになっていますが。」
A$15です。

6ー5.クリスタル・カスケーズ

「水晶のように美しい、小さな滝の連続する階段状の渓谷のことです。」
「ただ、日本語に訳しただけやんか。」
「『水清ければ魚棲まず』の言葉通り魚は棲んでいません。」
「どこかのおじさんが釣りをしとったから、何かおるんちゃうのん?」
「ここ、国立公園内やけど、釣りしてもええのん?」
無料です。

6ー6.ハートレイズ・クロコダイル・アドベンチャーズ

「ケアンズ最大の動物園でワニのショー、餌やり、ワニの傍をボートクルーズと一見危険なアトラクションが目白押しです。」
「でも、心配いりません。今までワニに食べられたという事故は見つけることができませんでした。」
「
他にもカンガルーやコアラ、ウォンバット、ヒクイドリといった動物もいますからワニと戦わなくても半日ぐらいは遊べそうです。」
「コアラやカンガルーやワニを抱いて写真を撮ることもできます。」
「やっぱりワニやねんな。」
※抱けるのは子ワニです。A$45です。

7.グリーンアイランド










グリーンアイランド google maps

7ー1.ワトソン

「今日はグリーンアイランドに行く日やな。」
船乗り場に向かうとルイとメロディー、昨日のワトソンさんに会った。金田一は立夏に頼み込んで、男3人の部屋に追加して泊めてもらったので、一緒にいた。
「おはようございますワトソンさん。私たちは今から立夏の船でグリーンアイランドに行って、1日ゴロゴロ過ごすつもりなのですが、一緒にいかがいかがですか。」
「私もグリーンアイランドに行こうと思っていたのですよ。自分の船があると便利ですね。でもどうやって日本から持って来たのですか?」
「一隻買ったんです。深泥が、運転できるので。」
「なぜ、俺が一等航海士を持っとるのを知っているのですか?」
「ここにいない誰かさん、飛行機の恐い誰かさん、警視正に昇進する誰かさん。さて誰でしょう。あなたの知ってる人物です。」
「スカイ兄じゃないか!」
「海軍作ろうかな!」
「やめてくれ!」
「なんで?将軍とよばれるんやで。トコロテン将軍。」
「笑うな!」
「誰も笑ってないやんか。」
トコちゃんは、ほっとした顔で周りを見回した。
「これから笑うんや!」
ひとしきり笑ってからお互い自己紹介をしたが、立夏は自分の番が来てないのに「ちょっと失礼。サンゴ礁を摘みに行ってくるわ。」
といって、サンゴ礁を摘みに行った。
「サンゴ礁を摘みに行った人は、みんな知っとるからええよな。自己紹介は終わりやけど、今日1日楽しもうな!」

7ー2.エメラルドグリーンのサンゴ礁

 長い桟橋に着くと左右にエメラルドグリーンのサンゴ礁が広がっている。透き通った水、サンゴ礁の間を色とりどりの熱帯魚が泳ぐ、初めて見る世界だ。
「めっちゃきれいなとこやな。」
海岸沿いにはいくつかの「海の家」が建っているが、どこかのツアーが契約をしているのだろうか、私達は「海の家」と話し合って、桟橋に結構近い海の家に落ち着いた。屋根を葉っぱで拭いていて、異国情緒たっぷりである。
※異国である。

 立夏たちは水際でキャーキャー言いながらあそんでいた。いつの間にか金田一も混ざっている。
「珊瑚のかけらで足を切らないようにね」
大きな声で注意していたが聞こえとるのかどうなのか?
気温は19℃である。肌寒かったがそれはそれ、これはこれである。時間がゆっくりと過ぎていく。上谷は海の家に座ってエメラルドグリーンの海と水際で遊んでいる3人を見ていた。

 メロディーは透き通った水に沈むサンゴ礁を見ながら浜辺をゆっくり歩いていた。砂浜を歩くと足が不安定で、なんだかこの世のものでないようだった。
 メロディーはひとりで座っている上谷を見つけた。
 メロディーが横に座った時、上谷は不思議な話を始めた。それは人間と幽霊の恋のお話。突然の出会いと現代から取り残されたような村。そこは幽霊の故郷。2度と来れないはずだった村。新しい恋をして、恐がられず、人間でなくても人格を認めてくれた仲間がいて。それは、300年前にはなかったもの。空に消えたのはいつのことだったのか、夢の世界だったのか、わからなくなっていった。
メロディーにとっては、情緒あふれる幽霊の恋の話は不思議に感じた。遠い異世界がすぐ近くに存在するようで、やはり日本は不思議な国なのだ。

 ワトソンは桟橋の端で釣りをしていた。なにか、毒々しい色の魚ばかりが釣れていた。
「ワトソンさん。見たことのない魚ばかりなんですけど、これ、食べられるのですか?。」
立夏が訊くと、
「さあ、食べたことがないから、どうだろうね。」
「赤と緑の縞模様とか黄色と黒の横縞なんか、日本では見たことないですからね。」 
「イギリスでも見たことない色なんですよ?」

 天候が悪くなってきたんで、船室の中に戻ることにした。船室の中にはすでに寝転がっている人が2人いる。トコちゃんとピーちゃんは海を見ながら砂浜を歩いていた。
「トコ兄、きれいな海だね。」
「そうだな、ピーチ。」
「サンゴ礁だね、トロテン。」
「そうだね。ピーチ姫。」
この異世界では、名前がどんどん変わって行くんだと上谷は思った。

4ー2.ルイ

 トコちゃんとピーちゃんが船室に戻ってきたとき、船室には、秋と立夏とルイの3人がいた、ルイはなんだか苦しそうで、桟橋に出た、秋と立夏が介抱していた。ルイと立夏はフランス語で何か話していたが、元気づけているのだと秋は思った。
3人が船室に入ってきてしばらくすると、蜂らしいものが船室内を飛び始めた。
「あっ。蜂が入ってきた!トコちゃん・ピーちゃん倒せ!」
と立夏が言った。
トコちゃんとピーちゃんが丸めた雑誌で叩いて倒そうとした。立夏が刺されでもしたら、奥大井である。運よく船室の中を2回って秋のすぐ横を通って消えていった。
「そう言えばスズメバチに2回刺されると死ぬとか言う都市伝説があったな。しかし俺の友人で登山部に入っていた男は、10回以上刺されとるけどなんともないと言ってたし。」
とピーちゃんが言った。
「しかし、こんな島でもスズメバチが、おるんやな」
と立夏が言った。


 天気がどんどん悪くなってきたので、みんなが船に戻って来た。
全員が船室に戻ったところで、ピーちゃんがお盆にコーヒーを乗せて持って来た。各自がコップを取って、各々がコーヒーを飲んだ。コーヒーを一口飲むと「ウッ」とルイが変な声を出したので、立夏はコーヒーカップをさっと取り上げた。
「何か入っているのかも知れない。」
突然ルイの膝が崩れて、胸をかきむしるような動作をした後、何かを抱きしめる様な格好で、うつ伏せに倒れた。

5ー1.二人の日本から来た警察官

「お客様の中でお医者様はおられませんか?」
上谷が言った。
「医者ではないが、日本の警察です。」
二人の警部が飛び出して行った。
トコちゃんは手首の脈をみていたが、首を横に振って、
「脈がない。」
と言った。
「首筋に針で刺されたような跡があってちょっと血が染み出してる。」
「コーヒーからも変な匂いがするぞ。アーモンドか?」
「しかし、コーヒーは自分が勝手に取ったもので、作為的に殺すことは不可能です。」

5.迷探偵たち

5ー2.ワトソンの推理

「さっき蜂が飛んでいたでしょう。蜂に刺されてアナフィラキシーショックで死んだのだ。」
「すると、事故だということやな。」
「事故と言えばそうかも知れん。もし、故意に蜂を持ち込んだとしたらどうだ。ルイの首筋にハチミツを塗っとけば、刺されるはずだ。」
「刺される確率が高くなるだけのこと。それまでに退治されてしまうかも知れなかった。」
「しかし、それができるのは私しかおらへんということやな。」
と立夏が言った。
「ルイが気持ちが悪くなった時、介抱するふりをして、私が首筋にハチミツを塗ったと言いたいんやな。では、首筋の傷を見つけたピーちゃん、ハチミツは塗られとったか?」
「いえ、塗られていませんでした。」
「君たちは仲間をかばっているのか?」
「たとえ他国であっても、ことが事件ならば、嘘、偽りはありません。」
「我々はこれでも警察庁に身を置く者です。日本の警察の威信を傷付ける事は、この私が許しません。」
ワトソンは気圧された。そして、
「済まなかった」と言った。
「アナフィラキシーショックでの死亡者は、日本1億2千万人のうち年間たった60人やで。ドラマでは、蜂に2回刺されたら死ぬみたいなこと言うとるけど、間違いや。よっぽどまぬけな犯人しかこんなことはやらへん。だいたい、刺されるかどうかわかれんしな。それから蜂に刺されてからアナフィラキシーショックで死亡するまで平均15分かかる。その間苦しい目に遭う。おかしいと思うやろ。症状が全然違うのや。それに、アナフィラキシーショックをおこしても必ず死ぬわけではないんや。」

5ー3.金田一郎の推理

「死ぬ前にコーヒーを飲んだやろ。あのコップの縁に青酸カリが塗ってあったんや。」
「すると犯人はピーちゃんということやな。」
「青酸カリをコップの縁に塗っても致死量に足らん。コップの中になら致死量を入れることができるけど、飲んだらすぐ吐き出してしまうほど不味いらしいで。」
「しかし、強いアーモンドの臭いがしてたから。」
「アーモンドの匂いはどこからしとった?コップの縁かコーヒーの中か、よくわからんわな。」
「確かによくわからんかったわ。」
「それに、誰がどのコップを取るかわかれんで。」
「そやねん。」
「アーモンド言うたらこれか?」
秋がアーモンドを食べていた。
「もしかしたら、青酸カリをコップの中に入れて、誰が死んでもよかったのでは?」
「無差別殺人ですか?」

5ー4.メロディークイーンの推理

「人を殺せる毒なんか、そこらになんぼでもあるわ。」
「例えば?」
「例えば釣りをしていた人がいたけど、海生生物に多いテトロドトキシンの致死量は0.01mg/kg。青酸カリは5~10mg/kgだから、500~1000倍強い毒です。それに青酸カリは管理が厳しくて持ち出せないけど、テトロドトキシンなら多くの海生生物が持ってるわ。しかも無味無臭だったと思います。」
「すると釣りをしてたワトソンさんが犯人だと?」
「しかし、ワトソンさんは自分の釣った魚の名前さえ知らんかったで。色はギラギラで確かに毒っぽいけど、毒があるかどうかはわかれへん。たとえ知らんふりしとったとしても、誰からも見えるところで、魚から毒を取り出すのは危険すぎる。」
「浜辺で遊んでいたのも怪しいですね。特に後から入ってきた男の子などは。」
「ワトソンさんと金田一が本命、秋と私が対抗と言ったところやな。」

5ー5.上谷優也の推理

「あのう、僕も推理していいでしょうか?」
「どうぞ、どうぞ。」
とメロディーが言った。
「我々は誰も、ワトソンさん、メロディーさん、ルイさんの知り合いではなかった。金田一さんは、なぜか行動を共にしたので、全員の名前を知っていた。」
「それが関係あるん?」
「また、全員がお互いに知り合いという関係でもなかった。」
「出会う前は知らない他人ということやな。」
「ところがひとりだけ紹介されてない人がいる。立夏さんとルイさんは紹介しなくても、お互いに名前を知っていた。
フランス語が判らなくても『メルシー・リッカ』が『ありがとう、立夏』の意味なのは誰か知ってるだろう。
」
「そうや、よう判ったな。」
「すると、かなり親しい間柄になるが、私は1回しかフランスに行ったことないで。どこで知り合ったんか?」
「メールやテレビ電話を使って連絡を取り合っていたのではないか?」
「立夏さんが外国語を覚えた方法の中で、マサチューセッツ工科大学の友人に教えてもらったというのがあった。僕はスワヒリ語のことかと思っていたがフランス語をルイに教えてもらったことではないのだろうか。」
「つまり、立夏とルイは大学の友人だった。みんなルイが高校生と思っていた。しかし、立夏さんと同等の能力があれば、飛び級で大学を卒業できる。立夏さんと同じように16歳や17歳で卒業できれば、かなり仲のいい友人になれたのではないか。何しろ、唯一自分を追いかけて来れる人なのだから。」
「だから、犯人を当てても動機まではわかれへんかった。」

5ー6.九条立夏の解答

「上谷さんの言うことが大体当たっとるねん。大体やで。」
「どういうこっちゃ.俺のいうことは違うんか?」
と金田一が言う。
「違う、みんな私の作った罠にみごとにはまった。」
「あれは罠やったんか。」
「ええ加減に気が付かんかい!」
「そして、メロディーさん、さすがエラリークイーンの孫や。事故も蜂も病気も青酸カリも無差別殺人も見事にかわした。テトロドトキシンとアーモンドミルクを用意していたら、モモ改めピーチを犯人に仕立て上げ、実際にルイを殺せたかも知れへん。テトラエチル鉛やったらもう完璧やったんやが。」
「なんでや、そんな毒薬知らんで。」
金田一が言った。
「エラリークイーンの作品に出てくる神経系毒薬や。」
「そう言えばそうだ、そこまでは気が付かなかった。」
と秋に言われていた。

「しかし、まだ誰も気づかないトリックがいくつかあるんや。」
「マサチューセッツ工科大学ではルイと私は大の仲良しやった。なぜなら二人とも飛び級で大学に入って来て、卒業も一緒やったからや。成績も1番と2番やったし,資産も私の半分ぐらいはあるし。私は財閥の恩恵を受けているから。私はルイが羨ましい。好きなことをして生きていけるんや。」
「それやったら仲良しやろ?」
「時々メールで近況報告をしとった。今度オーストラリアのケアンズに行くと書いたら、『オーストラリアで会わないか?』と返答が来た。」
「ごく普通の反応やと思うけど、それが何で殺人事件になるんや?」
「そうや、殺人事件にはならへん。なぜなら、私がルイを殺すわけがあらへん、だからルイは死んでないんや。」
 ルイは起き上がり、にこにこして、
「みごとにかかりましたね。みなさん推理は楽しかったですか?立夏が私にしたことは、針で首筋をちょっと突いて血をだしたぐらいですね。」
「では、解答を。」
「脈がないので死んでいると判断したこと、これが間違いやった。動脈を圧迫するとしばらくの間、脈をとめることができるんは知っとるよなぁ。ルイは腋に拳を挟んで脈を止めてみせた。もしこれがバレたら苦しむふりから失神のふりへ移るつもりやった。こんなことで騙されたらあかんで、警察!携帯電話のライトで瞳孔の反応を見んかい。警察学校で習ったやろ。そやけど、知らんかったとは言え、ナイスアシストやったで。」
「そんなんどこで打ち合わせたんや。」
秋が訊ねた。
「秋の目の前で、フランス語で打ち合わせたんや。」
「私がフランス語を知らん思て、なめおったな。知らんけど。」
「ふっふっふ、ここで会ったが100年目。」
「立夏、格言の使い方が違う。それにしても100年とは長生きな奴じゃ。」

「さて、蜂だがあれは私が放ったものやねん。」
「蜂なんか危ないやんか。誰か刺されたら痛いやんか。」
金田一が言った。
「最初の『蜂』の言葉に迷わされたんや。あれは、『ハナアブ』という蜂によく似た黄色と黒のハエの仲間で、刺すか刺さないかというより針がないねん。金田一の言う通り刺されたら痛いやんか。そんなに危ないもん飛ばすかいな。ワトソンさんにはアナフィラキシーショックの死亡率は1億2千分の60なんていうたけど、万が一にもその60人がおったらあかん。アナフィラキシーにはアドレナリンが効果が高いけど。ここから15分以内で連れていける病院はない。」
※アナフィラキシーは全身に症状が出ること。アナフィラキシーショックはアナフィラキシーによって急激な血圧の変化や失神などのショック症状を起こすこと

「見た目には蜂に見えたけど」
「それが罠や、似てる安全な物探して来てん。ワトソンさんにはああ言うたけど、刺されるだけでも重症になる場合があるねん。スズメバチは毒を持っとるから多数の蜂に刺されると死ぬこともあるんや。ほとんど例はないけど。」

「それから、のんびりゴロゴロしとる間に海の家でアーモンドミルクを買っといたんや。結構探したで。ルイからコーヒーを受け取り、皆がルイに注目した瞬間に、アーモンドミルクをコーヒーに混ぜておいたんや。実際の青酸カリは柑橘系の匂いもするらしいけど、世間ではアーモンドの匂いで通っとうし、まあ金田一やったらアーモンドの匂いに飛びつくやろう、思い通りに金田一はアーモンドの匂いに飛びついた。他の人は検討はしたかも知れへんけど、さすがにこの罠にははまらんかった。」

「くそ、なめやがったな。じっちゃんに言ってやる。」
「残念だが、君のじっちゃんは私の味方や。それに私らは金田一と言うとうけど、お前の本名は『金田 一郎』やからな。お前のじっちゃんは探偵とちゃうで、うちのじっちゃんの将棋仲間や。」
秋は続けて、
「立夏、実は悲しいことに、金田一には友達がおらへんねん。お土産買うても渡す相手が家族だけやねん。もっと遊んだって。」
「姫君、変なこと言わないで下さい。友達は2~3人います。最近、連絡が取れなくなりましたが。」
「ブロックされよったか。電話もブロックされとるんちゃうか?」
「そんなことあらへん。今から全員に電話してみるわ。」
「やめたほうがええで、ショックが大きなるから。」
しばらくして、
「ほんまや。誰も電話に出んわ。」
金田一の目に光るものが見えた。
「22にもなって泣くな!」
「泣いてなんかいないやい!」
「アホおもろいやっちゃな。」
立夏の感想である。

「上谷さんのはよくできているが具体的ら証拠がない。しかし、ほとんどあっている。事実、ルイと私は仲良しで動機がない。私の方がお金があるいうても、ルイも年額2億円の稼ぎがあるし、3兆円の不動産があるから、好きなことして生きていけると羨むこともあるが、殺したいと思ったこともないし、殺しても何も変わらんのは知っとるねん。だから殺していない。」
「以上です。何かご質問はありますか。」
「何でこんなことをしたんですか?」
「優秀な人材を捜すためや。秋とルイは優秀やから、他の人のテストやな。合格したのは1人、上谷優也さんや。東京に着いたら調布にある自衛隊医科大学の上白河教授のとこに行くで。」
「そこで何をするんですか?」
「適性試験。但し、ものすごく厳しい試験やからね。今まで、私と秋しか受けてないから、まあテストみたいなもんやけどな。ついでに金田一も受けてみるか?試験受けて、何かで150点を超えたら合格や。」
「結果はどうだったの?」
「130点以上が『ギフテッド』、私が190点、秋は200点以上、ルイも少なくとも180点以上はあるやろ。まだ200点以上は測られへんねん。」
「秋さんとルイさんは九条に就職するんですか?」
「さあ、どうでしょうか?」

6.帰路

6ー1.ケアンズ国際空港

「いらっしゃいませ。こちらは、ケアンズ国際空港、スペシャルファーストシートの受付でございます。ご案内は英語でよろしいでしょうか。」
「はい」
と立夏が返事する。
「それでは日本語で案内させて頂きます。お名前を仰って、入場して下さい。」
「九条立夏」
「西園寺秋」
「上谷優也」
「深泥心太」
「深泥桃」
「以上の5人ですね。往路と相違ありません。」
 続けて金田一が入ろうとすると、ブザーが鳴って10体の人形が現れ、銃口を金田一に向けている。
「金田一、逃げたら射殺されるで」
「ちょっと俺は乗せてもらわれんのか?」
 金田一が言った。
「見送りと違うのん?」
 秋が言った。

6ー2金田一はまた泣いた

「恥ずかしながら、帰る金がないんです。」
「それは気づかんかった。適当なアルバイト紹介しょっか?」
と立夏が言った。
「もっと早く言うてくれたら、ええアルバイトがあったかも知れへんのに。」
「オーストラリアでアルバイト紹介できるのん?」
「できるで。オニヒトデ退治とかウラン鉱山とか。半月で日本に帰れるぐらい稼げるのんもあるで。」
「どんなバイトですか。」
「いつでも募集しとるんやけど、南氷洋のクジラの調査や。いつでも海が台風並みに荒れとって、時には30mぐらいの波が来るねんて。船が90度ぐらい傾くらしいで。」
「そんなん危ないですやん。」
「大丈夫、命綱があるし、医者がおるから凍傷になることもない。海に落ちても引っ張り上げてくれるしな。年間10人ほどしか死なへんらしい。」
「いやや、俺、その10人に入りそうな気がする。」
「心配せんでも泳げるんやろ。」
と秋が言った。
「台風の海で泳いだことなどありません。しかも方角間違えたら南極大陸やし。」
「私、あっちこっち行ったけど、南極大陸には行ったことないねん。」
立夏が言った。
「立夏様、いじわる言わんで日本まで連れて帰って下さい。」
金田一は土下座をして床に頭を押し付けて泣いていた。
「うっうっ日本に帰りたいんです~。」
「22にもなって泣くな!」
「仕方がないから、搭乗者追加手続きをしたるわ。」
「お名前を仰ってください。」
「金田一郎」
「氏名、顔登録、骨格登録、頭髪遺伝子登録完了」
「では、九条立夏グループに追加します。九条立夏さん、登録指紋認証を行って下さい。」
「はい、ありがとうございます。それでは2時間後に案内致しますので、お菓子を食べたり、ジュース、コーヒーでも飲みながらお待ち下さい。全て無料となっております。」
「金田一、ガツガツ食べるなよ。」
「実は、最近、食事が不規則になっていまして、あきませんか?」
「あかんわ。心配せんでも機内も食べ放題、飲み放題やから、少しずつ食べてな。」
と秋が言った。
「行きはケアンズに着くまで寝とって、何も食べへんかった。今日は昼食からやし、ちょっとは食べれるやろ。しかし、金田一、偶然私たちが来なかったらどないするつもりやったん?」
「わかりません。『金がない、どないしょう。』まで考えてました。」
「それでいい案は出たのん?」
と秋が訊いた。
「『どないしょう』から先に考えが進みませんでした。」
「姫君を見つけた時、幻を見たのかと思いました。これこそ毎日、神様を拝んでいたおかげと思いました。」
「私の病気を心配して神社に通うとったんとちゃうんか。」
「秋の方が年下なのに、なぜあんなにえらそうにしてるのだ?金田一もそれが当然のようなのはなぜだろう。」
トコちゃんは思うのだった。

 立夏と上谷が話している。預金の話なんだろう。
「こんな楽しい思いまでさせてもろて、預金の話なんかいいんですか。」
「何言うとんのん。もともとそれが目的やんか。」
「では、いくらぐらい預金してくれるのですか?」
「10億円はやめや。25億円にする。」
「あさって、九条銀行の神戸支店から振り替えるから付いて来てな。」
「なんで神戸なんですか?」
「みんな神戸に行くつもりやで。忘れたん?車をあげる話。」
「本気なんですか?僕1台持ってますよ。」
「あげた車の税金や保険料や駐車場代、壊れた時の修理代は封書で九条銀行本店の九条立夏宛でおくってな。私の口座から支払うから。」
搭乗案内がアナウンスされ、トロトロとスペシャルファーストクラスの室内に入る。
ジェット機が滑走路を走り出す。

 秋が言った。
「立夏、ケアンズ、楽しかったで」

 ジェット機は日本に向かって飛び立った。



2024年7月18日木曜日

3.私が書いた不完全な犯罪

1.行くんだ!北の山へ!

1-1.シュレーディンガーの猫は私を呼ばない

  私の大学の同じクラスに、秋山優香『ユッビー』と立川夏花『ナッピー』という変人コンビがいます。今日はこんなことを言っていました。
「なあ、『ユッビー』、『シュレーディンガーの猫ちゃん』いうの知ってる?」
「いいや知らん。だけどあんまり可愛くない猫ちゃんのような気がする。」
「まあ、可愛いかどうかは別として、その猫の生死にかかわる話なんだけど?」
なんて訳の分からない話をしていました。
※※『シュレーディンガーの猫』
量子力学の思考実験の一つ。密閉した箱の中に猫を入れ、1時間の間に50%が原子崩壊する放射性物質を入れる。もし1時間以内に原子崩壊した場合は毒ガスが出て猫は死ぬ。原子崩壊していない場合は猫は生きている。さて、蓋を開ける前の猫の生死はどうなっているか?数多くの説がある。

 文学部のロビーの片隅で私たちはいつものように雑談をしています。
私は貧乏ですが、『ナッピー』の実家は金持ちらしいのです。
「お金貸して」
と言ったら、10万円ぐらいポンと貸してくれそうです。もっとも、そんなに借りても返せません。
「10万円くれ。」
と言ったらくれるのかも知れませんが、それもちょっと情けない気がします。私の家はそれなりに貧乏なのです。
「『ナッピー』、私夢を見たんや。」
「なぜ、関西弁に?」
『ユッビー』は霊感体質らしいのです。時々『外れキング』という生声が、夢の中に現れてお宝のありかを告げるのですが、これが競馬よりも当たらないということです。
※『生声』は遠くにいる人の言葉を伝える妖怪で、実体はありません。

「ああ、『外れキング』。財宝だと言うから、探しに行けばゴミの山や犬の死骸なんだもの。犬の死骸の時は、白骨死体が出たのかと思ったわ。」
「お宝はどこ?私は誰?」
彼女らの話にはついていけません。なにが言いたいのかさっぱり分りませんが、それは時として私に向けられた問いなのです。そう、なぜか私は彼女らの友達に認定されています。

1-2.変人の仲間はやはり変人である

『ナッピー』が言いました。
「今回はヤツのお告げで、ゴールデンウイーク後の観光客が減った時期を狙って、七甲田から九和田湖に行きます。」
さらに、
「今回は行く人を厳選したいと思います。私と『ユッビー』、『アヤシ』と『ビビッチ』と『フェー』の5人で行くとくじ引きで決まりました。」
「それだけしか友達がいないやないか。しかもくじ引きは全部当たりだったやんか。」
「なぜ?関西弁に?」
ここでちょいと説明しておくと、『青海愛子』は皇室を意識して『愛子様』と呼んでいましたが、仙台の近くに愛子を『アヤシ』と読む地名があるのを見つけて、『アヤシ』に変更となりました。
「『怪し』い人みたいで何かちょっとイヤね。」
と本人は言っています。
『ビビッチ』は本名は『羽島美和』だが、怖がりですぐに誰かにすがりつくので,
関西の『ビビリ』から『ビビッチ』と言われています。
「『ビビッチ』ダキツクノ イヤラシ イワ」
「できるだけ、すがりつかないよう、努力します。」
『フェー』は北欧からの留学生で、本名は『フェアリー・アンデション』といいます。アンデションは北欧によくある姓らしいです。
「ドコ ツレテイカレル デス カ? ユウカイ? ユカイ」
『フェー』は日本語はまだまだ片言ですが、たぶん英語は上手です。本当は、上手か下手なのかよく分かりません。英語なんて知らないかも。だって私たち、国文科なんだもん。
「誘拐の訳がないでしょう」
『私』が応えました。
そしてなぜか私たち全員、変人の仲間と思われています。

1-3.クララが走っている!

「私、飽きてきた。いつも肩透かしされるもん。」
『ナッピー』が言いました。
「何が『されるもん』なの。元々は『ユッビー』の頭から、出てきたんでしょ。」
アヤシが言いました。
「今度は七甲田の近くの牧場の中の小屋らしいんだけど、『ナッピー』どう思う?」
『ビビッチ』が訊きました。
その言葉を受けて『ナッピー』が返答しました。
「まず『の』が多い。次に七甲田に行ったことはあるが、牧場なんか地平線まであって、アルプスの少女が羊を追いかけてるし、クララは一緒になって走ってる、ご両親は涙を流して『クララが走っている』と言っている。そんなところ。」
続けて『私』が言いました。
「掘っ建て小屋なんかどこにでもある。野原を歩くのにいい季節でも、小屋を捜すのに何日かかるかわからん。初める前から、外れのような気がする。」
『ユッビー』が言いました。
「二度あることは三度ある。」
また、外れるのか。『ナッピー』が言います。
「外れを覚悟しなさいということか?それとも変なものが出てくるとでも
?」
『ユッビー』が言いました。
この二人はいつも漫才みたいです。『私』は少し笑いました。

1-4.箸が転んでも笑う年頃なのである

「よっしゃ。では次の休みに七甲田へ牧場の小屋を捜しに行こう!」
『ナッピー』が言いました。思い立ったらすぐ動く性格なのです。
「次の休みいうたら明日じゃないか。」
と『ユッピー』が言いました。至極当然な意見だと思います。
「地図を見たら牧場ぐらいわかるんじゃ?」
『ビビッチ』が言いました。彼女らはどこか抜けたところがあるなあ。
「偉い。そうかも知れん。」
しかし、地図を見るとどこもかしこも牧場に見えます。一面に草地のマークがあるだけでした。小屋らしいものはあちこちにあります。それにしても温泉の多いところです。1回は入りたいと私は思いました。
『アヤシ』が言いました。
「私、思い出したんですけど、確か『七甲田ケーブル』とかいうのがありましたね。山頂まで登りましょう。」
『私』が言いました。
「おいおい、何しに来たんだっけ?」
『ナッピー』が言いました
「あのケーブルカー、去年スキー場と一緒に廃止したらしいよ。」
『ユッピー』が言いました。
「九和田湖の遊覧船で許すわ。」
『私』の言葉に他の4人も笑いました。
箸が転んでも笑う年頃なんです。

1-5.二人の貧乏人と一人の金持ち

「私、青森まで行く旅費がない。」
と『アヤシ』と『ビビッチ』が言いましたが、そんなことで許してくれる彼女らではありません。
「心配ない。全員の交通費からお土産代まで、『ナッピー』が出してくれる。」
『ユッビー』が無責任なことを言っています。『ナッピー』は、
「まあ、それぐらいだったら、こないだ売り出した『SD如来フィギュア』の儲けでどうにかなる。」
「『SD如来フィギュア』は『ナッピー』の会社が作ってたのか?」
「うちの『おもちゃのナッピー』で作ってる。会社も商品も冗談のつもりだったんだけど、これがまた、子供が如来を全部集めるのと、如来の名前を覚えるのが流行って。中には実物の如来巡りが流行ったり、ついでに四国八十八ヵ所めぐりも流行して、思いのほか売れたんです。特別ボーナス出そうかな。」
「そんなことしたら儲からないんじゃない?」
と『アヤシ』が言います。
「有意義な使い方をすれば、ちゃんと返ってくる。おかげで『おもちゃのナッピー』はちゃんと黒字経営してる。」
「『SD如来フィギュア』って有意義な使い方なんですか?」
『私』が聞きました。
「モチのロン。私も持ってる。」
『ユッピー』が言った。

1-6.はやぶさ7号は発車する

 東京駅までの乗車券は自費だが、誰も文句は言いません。そりゃそうです。東北新幹線にただで乗れるのですから。私たちは8:20発のはやぶさ7号に乗ることになっています。
「8:00集合の、はやぶさ7号で。うちらはうちらは、どこかへ、旅立ちます。」
『ユッビー』が歌っています。
「私らの生まれるずっと前の歌で「なんとか2号」という。「あずま2号」だったかな。ところで『ユッビー』はどこへ旅立つのか知ってるの?」
※「あずさ2号」『狩人』の替え歌です。

「知らん。七甲田という駅があれば、多分そこで降りるんだろう。あとは『ナッピー』まかせだな。」
『ナッピー』はあきれ顔で『ユッビー』を睨みました。
「とりあえず先頭車両の一番前の6席を、予約できたから、そこへ座ってな。」
「これは、グランなんとかという、1列車に10何席しかない特別席じゃない。」
※グランクラスです。かなり高価だが一度は乗ってみたいですね。

1-7.恐山北斗が来る

「私、こんな席に座ったことがない。もっともグリーン車にも乗ったことないけど。でも、なぜに6席?私たち5人しかいないのに。」
『私』が訊ねました。
『ナッピー』答えました。
「警察の人がついて来てくれるんだ。警察庁のこの人です。さあ、読めるかな?」
『ナッピー』は紙に『恐山北斗』と書きました。
「ソノ ナマエ ナント ヨムノ デスカ?」
「さあ、あててみよう。『ユッピー』は知ってるよね。」
「コワイ ヤマ キタ ワカラナイ?」
「姓はオソレザンだけど、名はホクトじゃないんだね。」
『ビビッチ』が答えました。
「鋭いところをついてる。オソレザン ケンシロウが正解。」
「オソレザン ケン シロウ?」
「『ホクト』の方がかっこい。」
と『アヤシ』が笑う。
「『北斗の県』みたいだ。」
と『私』が言った。
「ホクト ノ ケン?」
※「北斗の県」:北海道の北半分が『北斗県』になる話です。

どっと笑いが起きたところに、ケンシロウがやって来ました。
「優しくて男前、上級国家公務員試験を一発合格、現在警視、年収780万円のお買い得物件だが、名前のせいで振られたこと限りなし。名前が恐いらしい。」
『アヤシ』が言います。
「私もちょっと『恐山』という姓は、あ、いえ、決してイヤというわけではないんですけど、それも愛があってこその話で......あ、ごめんなさい。」
「僕はかなり傷ついたんですが......」
北斗が言った。
「おつきあいしても、多分、両親が恐がって、結婚までは許してくれないかと.....そうだ、養子に入ればいいのよ。それも愛があってこその話で......あ、またごめんなさい。.」
『アヤシ』が言った。

 列車は知らない間に発車していました。揺れを感じさせない運転技術は、さすがJRと言わなければなりません。
「オオ ニホンノ シンカンセン シズカデ ハヤイ?ヤバイ?」
グランなんとかは、おしぼりはもちろん、ジュースや酒が飲み放題、弁当も食べ放題です。『ユッビー』は20歳なので28歳のケンシロウ相手に酒を飲んでいます。そのうち『ユッビー』は酔っぱらって寝てしまいました。
※『ユッピー』は20歳と言っているが、実はまだ19歳です。

2.行くんだ!雪の山へ!

2-1.新青森で雪山を見る

 東北新幹線は北に向かって走り、やがて「新青森」に着きました。『ユッビー』が
「七甲田駅と違う」
と言っていましたが、どうせ酔っ払いの戯言、ケンシロウがとにかくもホームへ担ぎ出しました。もっともケンシロウも千鳥足でしたが。
「what's チドリアシ」
『フェー』が尋ねました。
「英語はちょっと」
と『私』が言いました。
「it's staggerd foot かな?stepsかな?」
とりあえず、『ナッピー』が答えました。
「すごい。『ナッピー』英語しゃべれるんだ!」
『アヤシ』が感心して言います。
「こんなのしゃべれる内に入らないけど。それでよく、W大学に入れたな。」
『ナッピー』が言いました。
「なんとかして降ろさんとね。次の停車駅は北海道だから。」
ケンシロウはそう言いましたが、誰もその言葉を聞いていませんでした。

 私たちは山を見ていました。
「『ナッピー』、山はまだ雪が積もってるよ。」
『ビビッチ』が言いました。
「ここで、早くもこんな罠があるのか!何かあるとは思うとったけど、新青森に着いて早々やられるとは。ヤツを信じたのが甘かった。『ユッピー』どうしてくれる。『ユッピー』。おい『ユッピー』。あかん酔っ払って寝てる。」
『ナッピー』が言っています。
「『ナッピー』、バスがまだ運休中ですよ。」
私が言うと、え~とみんなの声が上がりました。
「せっかく青森まで来たのに、」
「一層のこと函館まで行って函館観光というのはどうですか。」
 アホなことを言っているのは『ユッピー』です。『ユッピー』は目は覚めたようですが、頭の中はアルコールで一杯の状態のようです。ここに来た目的は何だったかな?
「大丈夫。うちの者が迎えに来ることになっているから。」
『北斗』がそう言てすぐに、駅前に10人乗りのワゴン車が停まりました。そして、ケンシロウより男前が2人降りてきました。

2-2.ここにも3兄弟がいる

「なんや、サクラじゃないか。するとクラゲも来てるのかな。サクラ、うちの友達に手を出したらダメだよ。」
クラゲやサクラなど段々人とも思えない名前の人が増えていきます。
「彼らを紹介するよ。
長男が、恐山北斗(ケンシロウ:ホクトでもいいよ)、28歳、東京大学卒、警視庁警視。給料780万円ぐらい。
次男は、恐山海月(ミツキ:クラゲでもいいよ)、25歳、東北大学卒、警視庁警部。柔道4段・オリンピック候補。給料700万円ぐらい。
三男は、恐山紅葉、(サクラ:モミジでもいいよ)、23歳、慶応大学卒、警視庁警部。射撃日本代表。給料670万円ぐらい。」
「そうか、これが『ナッピー』の話に時々出てくる、恐山3兄弟ですか。なかなかすごい経歴ですね。3人とも日本でトップクラスの秀才じゃないですか。」
酔っ払いが言いました。
「サクラさん、射撃の日本代表ってすごいですね。」
と『ビビッチ』が言うと、
「射撃がしたくて警視庁に入ったんですよ。」
まあ、そんな人がいてもいいか。
「ところで、『ナッピー』、今からどこに行けばいい?」
クラゲが尋ねた。
「最初は、そう、高倉平に行ってみよう。」
「しかし、あの二人、酒臭いな。」
「2~3時間飲みっぱなしだったからな。一番後ろの席に放り込んで、窓でも開けとくか。」
道路は全く雪が積っていません。
「今日に限って土建屋さんが、朝の4時から除雪をしてくれたらしい。」
「そんなの、どこで聞いてきたんですか?」
「ちょっと青森県警から。」

2-3.遭難事故の銅像から見る景色は雪に埋もれている

 どこかの土建屋のおかげで、私たちはすいすいと高倉平に辿り着きました。『ナッピー』が『ユッピー』を車から引きずり降ろして、雪を顔に塗りたぐっていました。
「おらっ、目を覚まさんかい。」
私が
「雪って結構ばい菌が多いらしいよ。」
と、言いましたが、『ナッピー』は
「ふ~ん、そう。知らなかったわ。」
と言いながら『ユッピー』の顔を、雪でゴシゴシ洗い続けていました。『ユッピー』はようやく目覚めたようで、
「こらっ『ナッピー』、おんどれ、何しくさるんじゃ。」
「まあまあ、やっと目が覚めたのか。化粧が落ちてしまったか?」
「私は、昔から化粧はしたことがない。」

 ここは、昔、日本軍の大遭難事故のあった場所で、被災した大尉の銅像が立っています。銅像から見渡す所は遥か地平線まで続く平らな高原です。真ん中に道路が走っていますが、その左右はまだ雪に埋もれた牧場になっているようです。
「牧場だったらここかなと思うんだけど、雪が深いから無理だな。」
無理というほどでもないと思いますが、『ナッピー』は小屋を捜す気がなくなったようです。
『ビビッチ』はこんなに広い牧場を、見たことがないようです。
本音を言えば、『私』は宝探しより観光旅行の方がいいのですよ。
「確か、あのあたりの森の中に温泉があったような気がしますわ。」
『アヤシ』が言いました。 
「あの温泉は3年前に廃止になった。『アヤシ』、行きたかったの?確かあそこは男女混浴の露天風呂だけだったような気がするんだけど。そう言えば最近近くに新しい温泉施設ができたらしいよ。『アヤシ』入っていく?」
「今日は遠慮しておきますわ。」

2-4.誰も女湯を覗かない

 私たちは、九和田湖方面に向かいました。
九和田湖に向かって進むとすぐに地主鶴温泉があります。

「ここの温泉は地主がこっそりと湯に浸かっとるのを鶴が見つけたのが語源で、地主温泉と言うらしいんです。一説には地主が鶴のかぶりものをしてたとか、鶴が地主に化けてたとか、いろんな話もあるんです。」
地主温泉はちょっと古い木造の建物ですが、中は近代的です。宿泊棟の他に温泉棟があって、温泉棟の入浴料は1000円でした。『ナッピー』が全員の入浴料8000円を払いました。もちろん警察の分も。警察の3人は入浴料を出そうとしてごそごそ財布を捜していましたが、『ナッピー』が払ったと聞いて、遅れながら着いていきました。
温泉棟の入り口は男女に分かれているので、
「じゃあ、また後で」
と後ろを向いて言うと、女湯の方に入っていきました。
湯舟はヒノキ風呂らしいですが、私はヒノキと他の木の区別はつきません。湯は足元からポコポコ湧いています。屋内にいるのに自然の露天風呂の雰囲気です。大きな窓があり七甲田の自然を見ることができます。
木に登れば外から女風呂が覗き放題かと思いますが、今日は警官が3人もいるから覗けないでしょう。
「ダレモ ノゾキニ キマセン デシタ ネ」
「覗かれんかったら、それはそれで、少し寂しい気がするなあ。」
温泉の中ではあまり言葉は交わしませんでしたが、ロビーではいろいろな事件の話を聞くことができました。

 地主温泉から少し歩いたところに、「睡蓮湖」という池?があります。昔、外国の有名画家が「SUIREN」という作品を200枚ほど描いた場所として知られています。と言っても別に何があるわけではありません。ただの沼です。ところで、湖と池と沼とはどう違うんだろう。道路沿いに睡蓮の絵を1枚100円で売っている無人販売所がありました。
「誰か、買う人がいるのかなあ?」
『ビビッチ』が独り言を言いましたが、みんな同じ思いだったらしく、返答はありませんでした。

2-5.地獄では地蔵菩薩が守ってくれる

 それから10分ばかり走ると、地獄温泉に着きました。ここは熱い湯が有名だが、ちゃんとぬるい湯も用意している良心的な温泉です。料金は600円と良心的ですが、今日は利用しません。
すぐ近くに賽の河原と地獄沼があります。見学は無料です。地獄沼はぐつぐつと沸騰している沼です。もちろん生き物は住めません。支流から降りてきた魚は、沼で茹でられ、適度に火が通ると網ですくわれ、温泉卵を添えて、地獄沼の名物料理になります。なんでも、温泉の成分が魚に染みて、健康にいいと言われていますが?おいしいかどうかは疑問です。

 賽の河原は、地獄沼に流れ込む灼熱の小川(沸騰川と読んでいる)周辺の、草のほとんど生えていない荒地です。そこに石を積んだ塔が無数に立っていて、風車やお菓子が備えられています。そして、決まったようにお地蔵さまが立っています。『ユッチー』は、
「今すぐにでもアレが出そう。幽霊を見んで済むように目を瞑って歩くわ。」
と言っていました。
「池にはまったら茹で上がるよ。」
と『ナッピー』が言いました。
「お地蔵尊がいるから大丈夫。」
と『ビビッチ』が言っていました。
※水子の供養と癒しは地蔵菩薩の仕事です。

3.行くんだ!立川別荘へ!

3-1.別荘は温泉街の反対側にある

 さらに進むと津田温泉があります。ここはとある文学者が愛用していたという歴史ある温泉なのでその人に倣って、ここを好んで利用いた作家も多いようです。私たちは文学者でも作家ではないので今回は通過しました。
津田温泉から長い坂を下ると、九和田温泉街がありますが、この手前を右に曲がると奥瀬渓谷に入る道になります。
奥瀬渓谷は道路沿いにある有名な渓谷なのですが、冬場はタイヤが氷の張った道で滑って渓谷に落ちる車が出ます。私達は落ちるのが嫌なので、渓谷の手前を右に曲がり、九和田湖の突き当りを右に曲がり、『立川』の表札?看板?を右に曲がると、山の中腹にある『ナッピー』の別荘に着きました。
九和田湖温泉街の反対側になる寂しいところですが、車で15分ほど行けば九和田温泉街です。別荘を持っているからやっばり相当な金持ちだと思います。別荘には4人部屋が6つ、2人部屋が3つあって、4人部屋を男性が1部屋、女性が2部屋使うことにしました。男性はちょっと不満顔をしていました。

3-2.突然怪しい客が来る

 ここは当然自炊を行います。今は出張シェフというのもあるらしいのですが、九和田にはないようです。しかし、3兄弟は料理が得意らしく、青森で買っておいた食材でなにかおいしそうに見えるものを作ると言っています。 
3兄弟が料理している間に、私はまた温泉に入ることにしました。
ここも温泉で自噴しているらしいですが、湯の温度が高いので水道水を混ぜて入りやすい温度にしています。今度は一人で入っているのでゆっくり温まることにしましょう。
その後食事をして、みんなで雑談を始めました。

 夜の9時頃、戸を叩く音が聞こえました。『クラゲ』が入口の戸を開けると、男女2人が立っていました。
「すみません。雪で滑って木にぶつかり、車が故障して動かなくなってしまいまして。」
男が言いました。
「はあ、そうですか。それは災難ですね。では。」
と『クラゲ』が言い、戸を閉めようとするので。
「クラゲ、冷たいのと違うか。」
と『ナッピー』に言われました。

3-3.宝探しは忘れ去られる

「こちらは佐倉陽太郎、私は館山雪と言います。ドライブ中に事故を起こし、この下のT字路のところで、車が動かなくなってしまいました。」
「それは先ほど聞きました。」
『クラゲ』は海水のように冷たい。
「車を押してこの脇道に停めさせてもらっています。まわりに明かりがないので心細くなってしまいましたが、上に明かりが見えたので、明かりを頼りにここまで来たんです。」
女の方が言いました。どうやら男より落ち着いているようです。
「それで、一晩止めて欲しいと?」
「簡単に言えばそういうことです。」
『ナッピー』が、
「かわいそうだから泊めてあげる。夕食は残り物で我慢して。温泉はいつ入ってもいいから。」
と言いました。そこで2人は別々の1人部屋へ案内してもらった後、1階に降りて来て残り物を夕食として食べ、温泉へ入りました。

 まあ、食べ物があって、温泉があって、寝るところがあれば、特に不満はないでしょう。陽太郎は温泉から出て10分ほど雑談に加わったのですが、雪が温泉から出てきたときに、一緒に自分の部屋へ上がって行きました。やはり居心地が悪いのでしょうか。陽太郎と雪が部屋へ上がって行ったのは10時半ごろでした。ビビッチに振られて、殺人の方法につていて話していました。
「ナイフの刃が上を向いてたら殺意あり、下を向いてたら殺意なしになるらしい。また、心臓の位置は乳首の下側やから。結構知らん人が多みたいですよ。」
しかし、この話題は興味があまりないようで、警察官たちは聞き流していた。私たちは明日どこへ行こうかという話になりました。宝探しは忘れ去られてしまい、2度と思い出されることはありませんでした。

3-4.九和田ローカルテレビは不思議なテレビである

 そうこうしている内に九和田ローカルテレビでニュースが始まりました。超ローカルなテレビ局だな、なにせ自ら『ローカルテレビ』と言っているもんなと思いながら、画面を見ていました。
「次のニュースです。今日午後2時頃、盛岡の『ワンコイン』失礼『ワンコモリ銀行』に、覆面をした男女2名が押し入り、ロウソクとムチで行員を脅し、現金3000万円を奪って逃走しました。覆面をしてるのになぜ男女がわかったかって?今放送中だから後にしてくれ。」
「犯人の男女は、カッコいいスポーツカーで逃走し、パトカーに車をぶつけて田んぼに落とすと、北の方へ逃げました。盛岡より北に住まれている方はご注意下さい。何?どのように注意すればいいかって?例えば、集落に入る一本道を塞いでしまうとか、待ち伏せして戦うとか、腕の立つ助っ人を頼むとか、何か自分たちで考えてくれ。これでニュースを終わります。そうだよ、もう、終わるんだよ。」
「まさかアレ違うよな。」
「さあ、こんなところにくるのかなぁ。」
「なんか盗賊団が村を襲うように聞こえるが?」
「確かに人気の出そうな番組だな。こんなおもしろいニュース番組初めて見たよ。」
それでも、23時過ぎには解散して、各自部屋へ帰って行きました。

4.行くんだ!夜の向こうへ!

4-1.突然の宿泊者は夜這いする

 真夜中の2時を過ぎた頃、『私』は戸をノックする音を聞きました。『私』の部屋ではなく隣の陽太郎の部屋のようです。静かな場所にあるため、特に響いて聞こえる気がします。同じ部屋で寝ている3人は誰も気づいていません。
『私』は廊下に出て雪の部屋を開けようとしましたら、鍵はかかっていませんでしたので、さっと入り込むことができました。     
部屋には誰もいないところから見て、隣の陽太郎の部屋に行ったのは雪に間違いないと思いました。陽太郎の部屋から小さく話し声が聞こえてきます。泣き声も聞こえています。何か深刻な話でもしているのでしょうか。
「夜這いじゃないか?いやがらせで注意しようかな。」
当然、戸には鍵が掛かっていました。なんだか自分がつまらない人間のように思えてきましたので、関わるのは止めようと思いました。
「やっぱりアホらしい。あんな奴ら放っておこう。もう一度寝よう。」

 しかし、その時私はあの言葉を聞いてしまいました。
「まだ大丈夫、逃げれ切れるよ」
「1500万円でどこまで行けると言うの?」
少なくとも男女がベッドでする話じゃありません。
警視に言ったほうがいいかなと、寝ながら悩んだ私だったが、話し声が聞こえなくなったので、朝まで眠れませんでした。

4-2.密室はインチキで作られる

 朝6時頃に目を覚ました私は、隣の部屋に入ろうとしてみたが、鍵が掛かっていました。まあ、当たり前です。昨日の話が気になった私は、次に来た『ナッピー』に、二人が自殺している可能性があると言いました。そして
「合鍵をもってきて。」
と言いました。『ナッピー』は階段を駆け下りて、合鍵を持ってきました。その時には、全員が陽太郎の部屋の前に集まっていました。
戸を開けると、私は一番に部屋へ飛び込みました。
ふたりの左胸に果物ナイフが突き刺さっていました。
「大変だ!二人とも殺されている!」
炊事場には果物ナイフがあると思います。そのナイフを使って心中したものと思われました。後から入って来た人に私は押しのけられました。まあ警察官が3人もいるんだから初動捜査は完璧でしょう。その時、私は椅子の上に鍵があることを見つけました。

5.行くんだ!犯罪トリックを乗り越えて!

5-1.お菊は幽霊である

「それで、私にどないしろと?」
文章を読み終えた立夏が言った。
「これは実際起こった事件です。どう思われます?」
「スカイ警視さん、もうちょっと考えてからにせえへん。」
「立夏、何か教えたりいな。」
秋が言った。

「それじゃ、秋の部屋にひとりで1時間おれたら、いろいろ教えたるわ。」
秋が「お菊、部屋」と呼ぶ。
「一体、何を呼んどるねん。」
と立夏が秋に訊いた。
スカイの悲鳴がひっきりなしに聞こえてくる。
「あわ、あひ、出た出た出た。本物が出た。」
「何人にも分裂して増えていく。」
「あわ、あわ。囲まんでくれ。いやや。いやや。」
「どっちに向いても幽霊や。」
「関西弁になったな。よっぽど怖いんやろなあ。」
「私の部屋、そんなに怖いとことちゃうで。」
「幽霊が出るんやろ。スカイの声、聞いたらよくわかるわ。」
立夏が言った。
「うん、出る。それがどないしたん。疲れたら冷たい手であんましてくれるし、お茶は入れてくれるし、毎日掃除してくれるし、ガスの元栓閉め忘れても閉めといてくれるし、雨が降ってきたら洗濯物を部屋に入れといてくれるし、ありがとうと言うたら、恥ずかしそうににっこりするねん。犬や猫よりよっぽどかわいいし、役に立つで。」

 1時間ほど経って、スカイが真っ青な顏で部屋から出てきた。
「遊園地のお化け屋敷なんかちょろいもんだ。心臓が止まるか思ったわ。」
「二人に紹介しとくわ。うちの使い魔の『お菊』や。」
バタンとスカイが泡を吹きながら倒れた。
「お菊です。出身は姫路。秋さんとうちと、どっちがこの部屋の主人か対決したら、ボロクソにやられまくって、うちは使い魔として置いてもらえることになりましてん。今まで負けたことなかったのんに、逃げる暇もなく締め技で気が付いたら3回も落とされたんですわ。柔術で勝てる思てた、消えたろと思った途端に、はっと気が付き落とされとったんがわかるんです。その後はぐったりした私は、見たことない柔術の練習台にされて....うちが甘かったんですわ。あんなん勝てませんわ。」

「うちはこのマンションのオーナーや。もしかして、今まで入居者が1週間で逃げよったんは、お前のせいか!」
「たぶん。今の警視さんのような顔色してましたから。」
「群青色ちゅうのん。警視は人間の顔色やないで。」
「スカイが死んだら、ややこしいから、部屋に戻ろか。」
秋はお菊と一緒に部屋へ戻って行った。

5-2.それで、私にどないしろと?

「それで、私にどないしろと?」
だから、秋がいなくなったらすぐにスカイの口調が変わった。
「これはある人が書いた資料です。この資料を読んで何が起こったのかを、教えていただきたいのです。姫様」
立夏は先日の九条本家引継ぎの会で、満場一致で次期総統にされてしまった。長男の和彦も立夏を推すのだから、やらねばならない。本当は一生遊んで暮らすお金があるのだから、一生遊んで暮らしたかった。総統に指名されて以降、立夏は『姫様』と呼ばれている。九条一族でない人がいるときは『姫様』とは言わないが。
ついでにスカイは警視だが、警察庁公安部の警視である。元来は公安部長になるところ、警視のままで九条の警護が仕事である。立夏はスカイの給与が800万円と言っているが、実際は1,000万円を超える。

 立夏はその資料を読み直した。
「これがどないしたん?犯人はわかっとうし、トリックも動機もわかっとう。誰が書いたのかもわかるやん。いったい何が知りたいのん?」
「この事件は、殺人ですか?それとも自殺?」
「スカイ、やらしい質問やな。殺人でも自殺でもない、殺意があるから殺人未遂や。」
「では犯人は誰ですか?」
「『私』やな。」
「どんなトリックを使ったんですか?」
「叙述トリックと簡単な密室トリックや。」
「これは密室内でお互いに果物ナイフで刺し合って心中となる予定やった。」

「叙述トリックから行こか。」
「この旅行は、ナッピー、ユッピー、ビビッチ、アヤシ、フェーの5人で行くと最初に書いとるやん。なのに話の中には私が出てきて1人増えとる。他の5人 は会話をしとるやろ。だからビビッチも同じように会話をしていたはずや。ところが、『私』と『ビビッチ』の間で会話が交わされていない。わざと自分を隠しているやんか。ここで、『私』=ビビッチが疑われるわけや。」
「よく、読んでみたらかるけど、『私』は男や。『ですます調』の文章で暗に女の印象を作っているけどな。」
「そんなはずはない。ビビッチの本名は『美和(ミワ)』と最初に書いてる。」
「あれは、『ミワ』やのうて『ヨシカズ』と読むんやないかと思うねん。一番わかるのが、泊まる部屋やな。自分以外に3人いるとつい書いてもたんやろな。女性は2部屋やけど、ビビッチが女性としても一部屋に4人というのはあまりに不自然やろ。男女4人ずつで女性だけ2部屋使うとなると男性には不満顔も出るわな。男性3人女性5人なら女性が2部屋使っても不満は出ないやろ。
すると『私』以外の3人は恐山3兄弟や。残る一人が『私』=ビビッチになる。従って、『私』=ビビッチ=男という式が出来上がるんやな。」
「ここで、考えて欲しいのが、9時に来た2人は例の銀行強盗だということや。九和田湖を通り抜けるなら、九和田繁華街を通った方が早い。あの二人は距離の長い上り下りの多い分かりにくい、立川の別荘を目指したことになる。ここで犯人たちが合流する予定やったんとちゃうやろか。携帯電話ででも連絡を取っとったんやろな。銀行強盗を行った第三の犯人は『私』や。かなり電話をしとった思うけど、それは延べられとらんな。」
「しかし『私』はここでおもわぬ言葉を聞く。」
『ひとり1500万円で逃げる。』
「3000万円を盗んだのに一人1500万円とは、自分を殺す計画だと気づく。この話は二人で銀行強盗を行ったように見せかけるためのもののはずやった。ところが、実際に『私』は聞いてしまった。まあ、考えることは誰もそないに変わらんと言うこっちゃな。」

5-3.密室は必要ない

「しかし元々『私』は仲間を殺し、金を独り占めして銀行強盗が自殺したように見せかけたかった。そのためにこの資料を作ったんやろな。これをぼんやり見ると、女の犯人が犯罪を犯したように見える。」
「部屋に入るのは簡単や。ノックしたら入れてくれる。しかも殺したろと思とう相手が部屋に入って来るんやから、『飛んで火に入る夏の虫』とはこのことや。動きはビビッチの方が早かったんやろね。殺したと思った後、外側から鍵をかけたんや。緊急の場合やから、内側から鍵をかけて部屋から出る方法が見つからへん。これが大きな間違いやった。」

「どこがいかんのですか?」
「『私』は密室を作る。鍵をどうしょっか、と考えたんやろ。頭が密室の構成に行ってしまってるやんか。よく考えてん。自殺するのに密室は必要ない。『誰も入れないから自殺』とは考えないやろ。まして真夜中なら誰かが入ってくる可能性が低い。実際は密室でなくても、自殺、殺人、事故、病気なんでもあるやん。」
「そりゃそうですが、じゃあ姫様ならどうするんですか?」
「鍵をかけずに、容疑者の範囲を広げる。捜査を攪乱してほぼ全員を容疑者にしてしまうねん。どうせ真夜中のアリバイなんかある方がおかしいやろ。そして、捜査を混乱させて迷宮入りを狙うかなあ。それから絶対にナイフなんか使わへん。ナイフを使うんやったら頸動脈の切断を狙うしかないやろなあ。」
「姫様ならどうやって殺しますか?」
「事故に見せかけるかなあ。」
「例えば、あたまを殴って殺す。その後、タンスなど重たい物を頭の上に落とす。階段の上から落とす。窓や屋上から落とす。などやろか。まず最初は頭を潰すやろな。『害虫は頭を潰せ』の格言通りに。」
「そんな格言知りませんが?」

「そのあたりは九和田繁華街まで店もあらへん。信号のない道路で車で15分言うたら10kmぐらいの距離がある。乗って来た車は警官の車や。車で逃げるのは無理。それなら密室で自殺と考えたんやろなあ。密室やったら紐を使うトリックとかはよく出てくるけど、その紐を準備する時間さえ頭になくなっていたんやろ。とにかくすぐに死体が見つからないように、外から鍵を掛けたんやろ。そやから、鍵はずっとビビッチのポケットの中にあったんやろな。

 そやからビビッチは戸が開いたら、一番最初に部屋に入らなあかんかった。そこで、
『大変だ、ベッドの上で殺されている!』と叫べば、みんな被害者を見るやろ。その間に鍵をベッドから離れた椅子の上に置いたんや。こうやって一見密室に見えるようにしたインチキトリックや。」
「インチキですか?テレビの推理ドラマで、似たようなトリックを使ってるのを、よく見かけますが?」
「インチキやで。誰も出入りでけへんから『密室』やねん。犯人は出入りし放題やんか。それにやなあ、被害者は生きとるんやから、そちらから話を聞けばええやん。」

5-4.ナイフの使い方と心臓の位置が間違っている

「なんで、生きとるのが分かるんですか?」
「殺人に果物ナイフを使うからや。果物ナイフで刃を下にしてつまりナイフを縦にして使うと、肋骨やその周辺の靭帯を切断でけへん。しかし、ビビッチは胸を刺した。しかも果物ナイフを刺さったままにしてしもた。これでは果物ナイフが栓になって出血多量で死亡するまで時間がかかる。ビビッチはテレビや小説の見過ぎやな。ナイフは心臓どころか肺にも届かへん。もしかしたら心臓の位置も知らんのんとちゃうか。心臓は左胸にはない。ほぼ真ん中、左胸は2/3、右胸は1/3の場所にあるんや。果物ナイフでは重傷を負わすことはできても、刺殺はでけへん。こんなことは警察学校でも教えてくれるやろ。」 
「なんで警察学校で教えとると分かるんですか?」
「わかるで。面白そうやから、こっそり忍び込んで授業を受けたんや。」
「自衛隊医科大学でも同じこと言うとったで。」
「そんなところも行ってるんですか?医学部でそんなことやるのですか?」
「やらんかったから、授業が終わってから聞きに行った。」
「名前、聞かれませんでした?」
「聞かれたで。『九条立夏です。以前園遊会でお会いしました。』と言うたら『あなたが九条の。いつでもお越し下さい。』と言われて、アドレス交換もしたで。上白河先生と言う方やねんけど、有名な先生やろ。名前知っとるもん。私、毎年園遊会に行っとうから、今度お会いしたらきちんと挨拶しょう。他に友達も来るし。」
「姫様の友達って秋さんだけじゃなかったのですか?」
「実際の友達は秋と賀子と道子の3人やな。」
「賀子さんって内親王ですか。道子さんってまさか上皇后様では?呼び捨てにしたら罰があたりますよ。」
「さすが上皇后様は話題が豊富で面白いねん。賀子内親王も大学を3つ行っとっただけって、多くのことに造詣が深い。さらに、いろんな協会の役員とか外交なんかもやっとるので、面白い話が聞ける。二人とも時々メールでやりとりしとるで。できたら天皇陛下とも友達になりたいねん。」
「無茶言わんでください。姫様。」

5-5.3000万円はどこへ行く

「それでな、3,000万円の話やねんけど」
「3,000万円の行方ですか?」
「これだけやったら、判らへん。情報が少なすぎやな。」
「何がわかったらよろしいのですか?」
「被害者が生きとうから、被害者に聞くのが一番早いやろ。」
「その被害者が口をつぐんで、お金の隠し場所を言いません。」
「たかだか3,000万円。重さ3kg、高さ30cmぐらいや。3列なら高さ10cm、持ち運びには便利な重さと形や。」
「別荘の部屋にはそれらしいものはありません。」
「車は証拠物件として警察にあるんやな。」
「下のT字路に止めていた車の中にもあらへんかったんやな。車は本当に動かんかったんやろな。故障個所はどこやったんや。車はかっこいいスポーツカーなんか。衝突はパトカーで間違いないか。工具入れの中を調べたか。スペアタイヤの中も調べたか。」
「姫様は際どいところを突きますなあ。車は動きません。エンジンがオーバーヒートしてます。ラジエーターの水がありませんからこれが原因でしょう。」
「車はセダンタイプのファミリーカーというもので、スポーツカーでさえありません。工具入れは調べましたが異常なしです。スペアタイヤの中は調べさせます。」

 数十分後のこと。
「3,000万円はスペアタイヤの中から見つかりました。タイヤを切り裂いて金を詰め、切り裂いたところを接着剤で留めていました。」
「何で持って行かんかったんやろ?ここでは回収できるかどうか判らへん。どっかで車を盗んで、戻って来るつもりやったんかな。」
「なぜ、車を盗むと思うのですか?」
「1回盗んだからやけど?犯人らは『かっこいいスポーツカー』で逃走したのに、九和田の別荘に着いた時はファミリーカーやった。盗んでどっかに隠しとったんやと思うで。」
「よくある手口ですな。ほとんど捕まってますが。」
「犯人の内2人は殺されかかって、1人は逃げたけど捕まるのも時間の問題。森にうかつに入れば熊がおるし。逃げようがあらへん。その上、3,000万円も手に入らんかった。踏んだり蹴ったりというもんや。」
「姫様、格言の使い方、知ってますか?」




不完全な漢字クイズ

この中に1つだけ違う
文字がたぶんあるんだ
よ。どれかな?

便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便尿便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便
便便便便便便便便便便