1.立夏
1-1.いつも天気の話から始まる
「しかし、今年の夏は暑いなあ。春より暑いな。」
「すまんなあ、エアコンが暑さで壊れてもてん。今は熱風が出るねん。」
立夏がすまなそうに言った。
「今年の春は雪の降った日と夏ぐらい暑かった日が変わりばんこに来たけど、最近はずっと暑いな。『お菊』がおらんようになってから、暑くてかなわん。」
「その言葉も、もう何回聞いたかわかれんわ。」
「私も何回言うたかわかれへんわ。」
「どっか行きたい!涼しいとこ行きたい!」
「ロンドンなら20℃ぐらいやし、湖水地方にはピーターラビットさんがおるし、ネス湖にはネッシーさんがおるし、ベーカー街にホームズさんがおってやし.......。」
と言った秋の言葉に、立夏が返す。
「イギリスはあかん。雨や霧が多い。ケアンズあたりにしょう。」
「ケアンズ言うてどこにあるのん?」
「オーストラリアの東海岸や。今は乾期やから雨が少ないし、気温も15℃~25℃ぐらいで夜が寒いぐらいやし」
「なんでそんなに涼しいのん?」
「南半球やから今は冬やねん。」
「何で北半球は夏やのに、南半球は冬になるのん?」
「太陽から遠く離れるからや。」
立夏の答えは時々嘘くさい。
「ほんまか?」
「ほんま、ほんま」
※まあそう言っても一概に間違いではないか
「今回も深泥警視が来られへんな。」
「あの人今度、警視正に昇進するらしいで。それで、トコちゃんがトコロテン方式で警視になるらしい。」
「スカイは、高所恐怖症で飛行機はあかん。トコちゃんの話では、すべり台やブランコ、鉄棒、2階の教室の窓側の席もあかんとか。前に『切腹と飛行機のどっちがええ? 』と訊いたら迷うとったからなぁ。私に意地悪を言うとるわけでもないらしいねん。」
「幽霊シンドロームの兄ちゃんも呼んだろか?前も一緒に行動したし。」
「立夏、友達が増えて嬉しいな。」
「うん。」
1ー2.上谷は立夏に召喚される
「あのう、九条立夏と申しますが、甘口支店長様おられますでしょうか?」
「少々お待ちくださいませ。支店長~、九条さんですよ~」
「大声で吠えるな。」
は甘口支店長の声である。
「はい、甘口でございます。お久しぶりでございます。お元気でしょうか。」
「はい、元気です。ところで、上谷さんは元気で仕事してますか?」
「上谷は何があったのかわからないのですが、元気がありません。」
「道ならぬ失恋のせいです。」
「元気がないのに、営業成績は支店始まって以来の記録を更新中ですが。」
「それは呪いです。とりあえず1週間ほど彼をお借りします。営業の話と思って頂いて結構です。額は私の資産で10億円を予定していますが、詳細は営業の上谷さんとの話し合いで詰めていきたいと思います。ただ私も忙しい身です。1週間の間で空いた時間に話し合いたいと思いますのでご配慮願いたいのですが。」
「おぉ!少しお待ち下さい。お~い、上谷。」
「出張だ。」
「呪いってなんの呪いなんですか ??????」
しばらくして
「お久しぶりです。上谷です。わざわざお気をかけていただいて、ありがとうございます。」
「声にお元気がないですねぇ。気晴らしにみんなでオーストラリアへ1週間ほど涼みに行きませんか?」
「行きたいですけど、仕事も忙しいですし、先立つものが有りませんし。」
「何言ってるんですか。友達じゃないですか。仕事は1週間ほど止まりますが、甘口さんがどうにかしてくれます。銀行の営業で行くということにしていますので、休暇も必要ありません。仕事の方は私と10億円の契約ですから、まとまることは間違いありません。それから交通費や宿泊費は気にしないで下さい。パスポートを忘れないでね。おみやげは自費でね。気温は15℃~25℃ぐらいらしいので、何か着るものを持って来てね。」
「それから、鳥取砂丘コナン空港発羽田空港行と羽田から成田までの電車のチケットを送っときますね。」
1ー3.深泥警視は飛行機に乗れない
深泥警視が言った。
「姫様がご学友の秋様以下1名と一緒に、オーストラリアへ行かれることとなった。心太と桃が同行する。オーストラリアの治安はそこそこ安全ではあるが、日本ほどではない。奥大井や切腹にならないよう各自気を抜いてはいけない。1名は男なので、姫様に手を出そうとしたら射殺しても構わない。我々を、『何もしていない謎の部署』と言う輩もいるが、そう思われているのが一番いい。警察庁の中でも実際に一番命を張って仕事をしている部署である。集中力を欠いたら奥大井や切腹が待っていることをゆめゆめ忘れないように。
それから、来月から組織変更があり、我々の部署は警備局から警察庁長官の直属になることが決まった。名称は『特別九部』に変更となる。併せて役職も変更される。
まだ未確定だが一応役職の変更を言っておこう。私、深泥宇宙は警視正兼部長に、心太は警視に、鬼瓦苺郎(イチゴロウ)、猫又力(パワー)の2名は警部に任命される予定なので心の準備をしておくように。
それまでに奥大井や切腹にならないように注意のこと。」
「警視は行かれないのですか?」
「ちょっと事情があってな。」
「歩道橋があるんですか?」
「ブランコやすべり台はどうですか?」
「黙ってろ!鬼瓦や猫又にばれるじゃないか!」
「しかし、来月から長官直属と言うことは今までのように離れの1階でなく、本庁ビルの20階になるんですよね。」
「心配しなくていい、変わるのは組織だけだ。我々はこの離れで勤務する。おっと、使える費用が増えるんだった。」
「聞けばこの小屋....いえ....離れは、関東大震災や東京大空襲にも耐えたという歴史的な木造建築ではないですか。」
「大正2年築と聞いたことがあるが....」
「一応、東京都から文化財の指定を受けている。」
2.立夏の資産はそれなりに多い。
2-1.機械に認証される
「上谷さん、調子はいかがですか。」
「最近の不調が嘘のようです。」
そこで、妙な機械的な音声が鳴った。
「搭乗のシートと行き先はどちらでしょうか?」
「スペシャルファーストシート・ケアンズ国際空港」
「お名前をどうぞ。」
「九条立夏」
「西園寺秋」
「深泥心太」
「あれ?トコロテンで登録しとるわ。少しお待ち下さい。」
「登録修正完了。次の方どうぞ。」
「深泥桃」
「あれ?性別が女性になっとるわ。少しお待ち下さい。」
「登録修正完了。次の方どうぞ。」
「上谷優也。」
「未登録の方ですね。登録します。少しお待ち下さい。」
「九条立夏さん。指紋登録した指で確認ボタンを押してください。」
「九条立夏様この5人で間違いありませんか?」
「間違いない。」
「前回よりウエストが2cmほど太くなっています。少し太りましたね?」
「やかましい!」
「そんなこと言わんで下さい。あなたが作った人工知能ではないですか。特許もとっているんでしょ。」
「それは、そうなんやけど....」
「さて、全員、顔認証、骨格認証、髪の毛の遺伝子と登録遺伝子による電子生体認証完了しました。今後九条立夏様と搭乗するときは、この電子認証機をお使いください。ケアンズ行、搭乗まで約1時間30分ございます。お菓子やジュースを食べたり飲んだりしてテレビでも見ながら、スペシャルラウンジでゆっくりお過ごし下さい。お荷物は指定の場所に置いておけば、自動で機内まで運びます。到着後は係員が指定の場所まで運びます。」
「説明をもう一度聞きたいときは『机の上のボタン』を、用紙に出力するときは『ドアの横のボタン』を、3倍速で聞きたいときは『テレビの下のボタン』を、説明を聞き終えたなら『机の下の床にあるボタン』を押してください。ボタンを押さない場合は最初からご案内致します。
「誰じゃ、こんなふざけた設備を考えたんは。」
トコロテンが言った。
「私や、何か文句でもあるんか?」
立夏が言った。
「ウ.....グッ....チク....チク....チク....ワ....」
「ショウをよく我慢できたな。奥大井は逃れたで。」
「ところで立夏さん、スペシャルファーストシートなんて、旅行案内には載ってませんけど。どの席に坐ればいいのですか?」
と上谷が訊いた。
「あぁ、それは九条の特別席やねん。飛行機の先端下部にあるから、日中やったら景色がよく見えるで。今回は夜に海上を飛ぶから、景色は見えへんわ。それから20席あるから、好きな席に座ってええで。窓際でない席は、フラットになる椅子や。ベッドの代わりになるから、ゆっくり休めるで。」
2-2.立夏の資産を聞いてみたい
秋が
「特別席言うたら高いんとちゃうのん?」
と訊く。
「高い言うたら高いんかなあ。九条家とその同行者限定、年間乗り放題3000万円やから。まあ、九条航空への投資と思えば、なんちゅうことないし。」
「3000万円!立夏、いったい、いくら稼いどるのん?」
「年間やったら3億5千万円ぐらいかな?自分で確定申告してないから、ようわからへん。まあ、3000万円言うたら、私の1ヶ月の収入ぐらいや。1ヶ月給料もらえんかったら、つらいやろ、それと同じや。」
「違う!根拠はともかく絶対違う!」
トコちゃんが言った。
「一生懸命働いて、年収650万円そこそこなのがとても悲しいです。」
上谷が言った。
「日本人平均が500万円ちょっとやったと思うんやど。上谷さん、25歳やろ、年齢からしたら多い方と違うのん?」
秋が言った。
「立夏さんも年齢からしたら多い方?でしょうね。」
「あれは特別や。」
秋が言った。
「私は営業成績がそこそこですから、ちょっと色を付けてくれとるんでしょう。今度の取引がうまく行ったら一気に上がるかも知れません。うちの銀行は預金額年間1兆円、貸出額9000億円ぐらいです。ここから税金や給与を払うとあまり残りません。10億円単位の取引は今年最高額かも知れません。」
「別に20億円にしてもええで。今年最高額を狙いに行こか。」
「立夏の資産はどれぐらいあんのん?」
秋が訊いた。
「私のふところをあまり探られてもなぁ。遊んで暮らせるだけのお金があればええんやけどな。銀行に5~6兆円ぐらいかなぁ。不動産も同じぐらいあるわ。投資も2~3兆円あるわ。そうそう、免許もないのに車が10台ぐらいあるから、上谷さん好きなん持っていったらええで。手続きは行政書士にやらせるから。あっ、トコちゃんもピーちゃんも持って行って。秋も免許取ったら好きなんあげる。どうせ毎年増えるだけやし。」
「車いうてどこに置いてあるんや。」
「神戸九条デパートにある立体駐車場の地下に置いてんねん。」
「ところで、1兆円言うたら1万円の何倍になるのん。」
「1万倍ぐらいちゃうのん。」
※間違い:1万円の1万倍は1億円、1兆円はその1万倍、1万円の1億倍です。
2-3.立夏は遊んで暮らしたい
「九条家は跡取りを決めるのに、末っ子が18歳になった年に、1年間どれだけ稼いだかを競争するねん。私は遊んで暮らせる生活がしたかったから、適当に好きにやっとった。」
「一体、いくら稼いだんや?」
「2兆円チョットやと思う。」
それが立夏の『ギフテッド』の能力か?
「それでどう間違えたのか九条の跡取りになってしもた。和彦兄ちゃんやったらもっと稼ぐやろと思って手抜いとったのに。0.07c の戦略兵器で.....おっとこれは言うたらあかんことやった。これで一生仕事に縛られる、かわいそうな未来しか見えへん。かわいそうな立夏ちゃんやで。」
「小さい会社の社長にさえ、なりたくてもなられん人がほとんどやんか。そんな人から見たらうらやましい限りやで。」
と秋が言う。
「そんなことはない。やりたいときにやりたいことをする。他人と自分の幸せは違うんや。人と比べても意味あらへん。」
「そうやった。立夏はこんな考え方をする奴やった。」
「秋も、数年経てばわかる。そやそや、忘れるとこやった。とりあえず、内定通知を出しとくから。」
「内定通知?大学に入学してからまだ3ヶ月やで、そんなんでええのん?」
「ん?就職の面接なんかせいぜい30分やんか。短ければ10分、集団面接なら5分やで。秋と私は何か月一緒におると思っとるのん。3ヶ月が短いんやったら、何年一緒におったらええのん?それに秋は自分の能力を知ってへん。秋の初任給は200万円でええか?」
「200万円はちょっと安いんちゃう?」
「そうか?相場と言うのんがよくわかれへんねん。そうか、月給200万円は安いんか?じゃあ最初は年収3000万円の秘書部長扱いで我慢してな。」
3.ジェット機
3ー1.ジェット機に乗り込もう
「ケアンズ国際空港行の便に搭乗する時間となりましたので、ご利用のお客様は搭乗口へお進みください。」
私達は荷物が、特別トランクに全部積み込まれたのを確認して、のろのろと搭乗口へと進んだ。
「実は、俺、国際便に乗るの初めてなんです。パスポート作るのが手間でした。」
上谷が言った。
「そうやったんか。知っとったら九条トラベルでちょちょいのちょいと作らせたのになあ。すまんなあ、手間かけてしもて。」
「海外に行けるとなればウキウキですよ。」
「海外旅行したことないのん?」
「ないですよ。パスポートもなかったんですから。結婚もまだですから新婚旅行もまだですし、今まで好きになった人は一人しかいませんし。」
「いやいや、それ、たぶん人とちゃうやろ。」
「そうかも知れませんが......」
「いやいや、確実に人間と違うやろ。」
3ー2.ジェット機は南へ
「ケアンズまでは7時間ちょっと、時差は1時間やったと思うわ。機内での飲食物は食べ放題、飲み放題やで。もちろん食事も食べ放題やで。ただ夜中に飛んで、明るくなる前に向こうに着くから、そんなに食べられへんで。私は眠るけど。」
「私も眠るわ。」
秋が言う。
「俺も眠ることにする。」
上谷も言う。
「俺はしばらく起きておく。まだ眠くならない。」
トコちゃんが言った。
「ボクは食事をするよ。夕食を食べ損ねたから。」
ピーちゃんが言った。
赤道付近の貿易風帯は少し飛行機が揺れたが、スペシャルファーストシートには揺れ防止の設備がついているため、大して気にはならなかった。
ケアンズ国際空港には時間通りに到着した。
「もう7時間経ったんか。」
とピーちゃんが言った。
「夕食・夜食・朝食と食べたら、夜眠る時間がなかった。」
「寝んと7時間食べ続けとったんか?」
「帰りもあるな。」
4.ケアンズ
4ー1.ワトソン
お金の計算する時のために:1豪ドル(オーストラリアドル:A$)は大まかには100円あたりを推移していますので、1A$≒100円で計算すれば、大きな間違いはありません。
ケアンズ国際空港からケアンズ市街までは路線バスで行く。
上谷の横には太っちょの紳士が座った。
「初めまして、私は日本から来た上谷と申します。」
上谷は上手くはないが、判りやすい英語を喋る。上手くはないと言っても、帰国子女の立夏に比べてである。立夏が言うには表現が少し固く、文法が受験色に染まっていて、丁寧すぎるらしいが、発音もリスニングもよく、日本人ではよく英語を喋れる方だと言う。
「私はワトソンと申します。」
「アフガニスタンから来たのですか。」
「残念ですがイギリスから来たのです。ベーカー街に住んでるせいで、イギリスでもよく言われるのですよ 。ホームズは日本でも人気があるんですね。ハッハッハ。」
「そうですね。ホームズは俺も好きです。面白いですよね。アハハハ」
「上谷さんすごい!英語も喋れるんやね。」
秋が言った。
「秋もあの位は喋れるやろ。」
と立夏が言う。
「まあそりゃ、大学入試に出るからなぁ。」
でけへんとはよう言わんわ。と秋が思った。
「トコ兄、あれ分かるんか?」
「お前こそ東大出とって英語も判らんのか?」
とにもかくにも、上谷の機嫌はよさそうだ。
私達が泊まるホテルはケアンズヒルトンホテルというところである。
部屋はファーストクラスである。
「今日はゆったり昼寝をしょっか。」
4-2.寝起きの予知夢
寝起き間際にヤツがきた。
「も~し、も~し、あ~き~ちゃん。」
「出たな、はずれ予知夢」
「いつも、惜しいところまで行っとるから半分は当たっとるようなもんやで。」
「全部間違ってると言えるわ。外すんやったら出て來るな。」
「フランス人がポイントやぞ」
「今度は宝物ちゃうんか?一番ありそうなとこやで。」
「今回はピピっと来ないんや。」
「それやったら、期待できそうや。」
秋は夕焼けの光で目が覚めた。
「オレンジと言うより赤色やな。激しい赤や。」
秋はひとりごとを言った。ふいに御崎洞穴のドラゴンを思い出した。あの夕焼けはもっと優しいオレンジ色やった。
5.キュランダ
5ー1.ロープウェイと高原列車
2日目は、晴れてはいるものの少し肌寒い。今日はツアーでキュランダに行くことになっている。秋がトコちゃんとピーちゃんを見ると、半袖のTシャッを着ている。
ケアンズの冬は6月~8月頃で、涼しく湿度が低いため、観光客で賑わう。平均気温は15℃~25°Cで、降水量は少なくなる。
「深泥組、その格好で大丈夫か?」
と声を掛けた。
「大丈夫です。カンガルーが襲ってきても、コアラやパンダが襲ってきても戦います。」
「寒ないかと訊いとるんやけど?」
「少し寒いです。」
「それから、オーストラリアでパンダに襲われるってどんな状況や?」
秋が言った。
「秋さん、立夏さんに似てきましたよ。」
「こないだ、立夏に勧められて、脳や精神や筋肉や骨などの分析してもろてん。何か、立夏の研究の一環らしいねん。そしたら私もスポーツタイプの『ギフテッド』と判定されてん。勉強なんか全然やのに。」
「それでも秋さんW大学に入ってるじゃないですか。」
ピーちゃんが言った。
「W大学は日本の私大のトップ、東京大学や京都大学と遜色ない学校でしょう。」
「そんなん関係ないで。誰かさんは合格してる東大理Ⅲを蹴ってW大文学部に入ってますから。難易度が高い大学がええとは限らん。」
「秋は運動能力、特に格技に特性があるねん。それも運動IQが200を越えるんで計測できんかった。取り合えず200+と表現しとく。格技では天才より上かな。」
「そんな計測できるんか?」
「できる。これを一気に計れるようにして『ギフテッド』を見つけるのが私の次のテーマや。」
「立夏さんはいくつだったんです?」
「理科系180、語学160、想像力190、秋の200+に比べると大したことあらへん。」
「3部門で130以上あるから、立夏の方が優秀やろ。」
「何言うとんのん。これは、最高値で見るのが正しいねん。プロフェッショナルを見つけるテストやねんから。」
5ー2金田一郎
ロープウエイの柵にもたれている小さい男がいる。小さいと言っても立夏(145cm)や秋(158cm)より大きいが180cmある上谷と比べると見劣りがする。
「兄ちゃん、柵が揺れとうから危ないで。気いつけよ。」
と立夏が言った。
「ありがとうお嬢さん。久し振りに聞く関西弁やで。俺は神戸出身の金田一郎と言うねん。貧乏旅行で世界を見て回るねん」
秋は彼に向って、
「ん。金田一郎?金田一!随分久しぶりやんか。お見舞いに来てくれて以来や。」
「えっ」
金田一郎はこちらを振り返って、驚いた顔になった。
「こ、これは、西園寺の姫君、まだ生きと....いや....ご病気の方は治ったんですね。」
「いつの話しとるんや。もうあかんかと思た?」
「いえ、そんなことは決して....毎日線香を....いえ、毎日神社でお祈りしておりました。」
格闘技の世界は大体は縦社会である。柔道では秋は初段でも西園寺流では師範、柔道3段の金田一とは格が違うので、当然20歳の秋の方が22歳の金田一より上位である。闘うと秋の方がはるかに強い。逆らったりしたらボコボコにされる。もし、反則技でも使ったら最後、西園寺流が飛んでくるから、死ぬかも知れない。秋は卑怯なことは嫌いなのだ。まあ、大抵の人はそうなのだが。
「アンタ、学校は?」
「もう、夏休みになりますから。」
「じっちゃんに言いつけるで、」
「姫君?」
トコロテンが、ぼそっと言った。ぞぞっと背中を寒気が走った。
「また姫が出てきた。そういえば確か噂で聞いたことがある。神戸に初段のめっちゃ強い姫君が、いるらしい。オリンピック出場の男子選手を投げ飛ばすとか。六甲山高校の卒業生名簿を調べてみたが、そんな選手はいなかった。だいたい、全生徒が60人の国立六甲山中高部に柔道部はなかった。毎年10人しか卒業生がいないのに都市伝説だろう。秋は初段や言うとったなぁ。小手指創を投げ飛ばしたのは偶然だろう。」
トコロテンは卒業生が9人しかいない年を見落としたのだ。
5-3.スカイレール
スカイレールはケアンズの街から少し離れた山麓に駅がある。6人乗りであるが、なぜか全席が埋まっている。よく見ると金田一が足を組んで格好をつけてすわっているのだ。
「金田一、おまえは自分のツアーのんに乗らんかい。投げ落とすで。」
「姫君、許して下さい。もうお金がないんです。」
「金がないなら乗るなと言いたいけど、まあお金ぐらいやったら何とかしたるわ。」
「ありがとうございます。立夏様。」
スカイレール google maps
スカイレールは、正式名称を「スカイレール・レインフォレスト・ケーブルウェイ」と言うらしい。上谷が下調べをしたと言っていたからそうなのだろう。ケアンズ北部のカラボニカと言うとこと、高原の村キュランダの熱帯雨林上7.5kmに架けられているとさ。歩くぐらいのスピードで進んでいく?いや、もっと速いだろうな、たぶん。
途中駅が2つ程あるが、私たちは人気があるという、滝の見える駅の方で降りた。
滝の高さは200何十メートあるらしい。バロン滝は雨季には写真のような迫力のある滝なのだが、乾期はかなりショボい滝になる。乾期に訪れた彼らは、写真とは違ったショボい滝を見ることとなった。早々に引き上げ、またゴンドラに乗ってキュランダ村に向かったのであった。
5ー4.高原の村
ようやくキュランダに到着した。
キュランダは緑の多い村だったが、観光地もそれなりにあり、観光客も多い。高原の村と言われているが、実のところ標高は300mそこそこしかない。六甲山でも900mあるんだ。
さて、コアラ、鳥、蝶と順番に見学に見てまわった。
誰でも見ればわかる。
google maps
キュランダビレッジという店が多いあたりで一人一人ばらばらになって、お土産を買おうということになった。ここは、キュランダでは有名なマーケットらしい。
金田一はひとり悩んでいた。お土産を買いたいが金がない。立夏に借りたいが見当たらない。うまくすればおごってくれるかも知れないのに....
5-5.永遠のメロディー
ひとしきり買物をして表に出てきたら、ベンチに座って居眠りした人がいるのが目についた。妙に顔が青白く見える。
「どうしました。顔が青いですよ、気分が悪いのですか?」
「日の光が気持ちよくで、ついうとうとしてしまいました。」
「アメリカから来たメロディークイーンです。エラリークイーンの孫で祖母はメロディーパーキンスと言います。私は祖母の名前をもらっています。私が結婚して孫が女の子だったら、メロディーの名前を引き継いでもらうつもりです。」
「森は見てきたのですか?」
「スカイレールから見ていましたが、変化がないので、つい眠気を誘ってしまいました。昨日あんまり眠れなかったの。睡眠が足りないので顔色が悪いのね。」
「私は秋。左が上谷、右が深泥ブラーズと金田一、もう一人立夏というのがいるけど迷子になってます。」
「私たちは明々後日に、グリーンアイランドに行く予定なんですが、その時ケアンズにいるなら一緒にどうですか?」
「そうですね。私も参加させてもらえますか?」
※エラリー・クイーン:有名な探偵兼推理作家。実はエラリークイーンはアメリカ人2人の合作なのだがそこは笑って許して下さい。
※メロディー・パーキンス:「小さな恋のメロディー(1971年)」のヒロインでイギリス人。イギリスではヒットしなかったが日本では大ヒットした。65歳以上の男性に未だに人気があり、本人を招いて交流会などを開いているらしい。現在はフランスに住んでいるとのこと。
5ー6.ルイーズシャルル
もう少し歩いて行くと、立夏の姿が見えない。
「立夏は、どこへ行ったんだろう。」
「立夏がいないと帰れないぞ。まるで大金入りの財布を落としたような気分だ。」
またもベンチでぐったりしている高校生ぐらいの女性がいる。
「どうしました。顔が青いですよ、気分が悪いのですか?」
どこかで聞いた言葉やなと思ったが、それはどうでもいいか。とりあえず英語で。
「いや、いいのですよ。私は疲れて寝ていました。フランスから来たルイーズシャルルと申します。スカイレールに酔ったのかも知れません。」
しばらく介抱して気分が良くなってきたようだ。秋が
「左から心太・桃・私は秋・上谷・金田です。」
と紹介をした。
「私のことは『ルイ』と呼んで下さい。」立夏が戻って来て言った。
「どなしたん。顔色が悪いやん。」
「彼女はフランスから来たルイーズシャルル、『ルイ』と呼ぶらしい。」
「『ルイ』調子が悪いのんか?」
立夏はルイの背中をさすりながらフランス語で言った。
「ありがとう、立夏。」
「立夏、フランス語も話せるのん。」
「英語、ドイツ語、イタリア語、フランス語、スワヒリ語もなんとか?」
「スワヒリ語?」
「アフリカの東海岸、ケニアあたりで使われている言葉や。会話はできるけど、読み書きはちょっとあかんねん。」
「何でそんなに喋れるのん?」
「長い休みの時にあちこち行ったとか、マサチューセッツ工科大学の友人とか、仕事の都合で必要になったとか。」
6.ケアンズ市内観光案内
翌日は3日目である。ケアンズ市内を見て回った。写真は、google maps。
6ー1.ケアンズ水族館
ケアンズ水族館では世界遺産のグレートバリアリーフにいるギンギラギンの魚たちや、熱帯雨林に住むニシキヘビやワニなどの危険生物、マングローブの根元で泳ぐクラゲなど、オーストラリアの様々な生態系が展示されている。
「ニシキヘビとマングローブの戦いが見れます。」
「マングローブやのうてマングースやし、ニシキヘビのうてハブやし、オーストラリアやのうて沖縄やし、全然ちゃうやんか。」A$55
※マングローブは植物です。
「海が見えるプールやけど、海水を入れとうから、ビーチで過ごしているようななんとも言えない海水の匂いを味わえるねん。」
「浅いところから深いところまであるから、大人も子どもも楽しんで泳げます。」
「こんな20℃もない夜中に誰が泳ぐんや!」
無料です。
6ー3.ケアンズ・ボタニック・ガーデンズ
「ダイナミックな木々やカラフルな花々の間を歩いたら、オーストラリアの熱帯雨林ならではの植物が楽しめるようになっとる施設やねん。」「植物だけでなく、バードウォッチングも楽しめるようになっとんねん。施設内ではトロピカルな色合いの鳥や、大きくて迫力のある鳥まで自由に飛び回っとるねんて。」「雉も鳴かずは撃たれまい。」「格言の意味が違う!」
6ー4.ケアンズ博物館
「この地域の歴史や文化を展示している博物館や。昔使用されとった武器や石器や写真などが展示されとるねん。」
「昔、使用されとった写真があるんか!ぜひ、見てみたい。」
「昔、使用されとった写真があるんか!ぜひ、見てみたい。」
「そんなこと言わんといて。いけずやなあ。」
「短時間で回れるけど、この地域に住んでいた人たちが、どのような生活を送り、今の文化や産業を築いてきたのかが知れます。」
「この地域に興味がある人はしっかりと、そうでない人はそれなりに、見ていくのがお勧めです。」
「大抵はその様な流れになっていますが。」
「短時間で回れるけど、この地域に住んでいた人たちが、どのような生活を送り、今の文化や産業を築いてきたのかが知れます。」
「この地域に興味がある人はしっかりと、そうでない人はそれなりに、見ていくのがお勧めです。」
「大抵はその様な流れになっていますが。」
A$15です。
6ー5.クリスタル・カスケーズ
「水晶のように美しい、小さな滝の連続する階段状の渓谷のことです。」
「ただ、日本語に訳しただけやんか。」
「『水清ければ魚棲まず』の言葉通り魚は棲んでいません。」
「どこかのおじさんが釣りをしとったから、何かおるんちゃうのん?」
「ここ、国立公園内やけど、釣りしてもええのん?」
無料です。
「でも、心配いりません。今までワニに食べられたという事故は見つけることができませんでした。」
「他にもカンガルーやコアラ、ウォンバット、ヒクイドリといった動物もいますからワニと戦わなくても半日ぐらいは遊べそうです。」「コアラやカンガルーやワニを抱いて写真を撮ることもできます。」
「やっぱりワニやねんな。」
※抱けるのは子ワニです。A$45です。
7.グリーンアイランド
グリーンアイランド google maps
7ー1.ワトソン
「今日はグリーンアイランドに行く日やな。」
船乗り場に向かうとルイとメロディー、昨日のワトソンさんに会った。金田一は立夏に頼み込んで、男3人の部屋に追加して泊めてもらったので、一緒にいた。
「おはようございますワトソンさん。私たちは今から立夏の船でグリーンアイランドに行って、1日ゴロゴロ過ごすつもりなのですが、一緒にいかがいかがですか。」
「私もグリーンアイランドに行こうと思っていたのですよ。自分の船があると便利ですね。でもどうやって日本から持って来たのですか?」
「一隻買ったんです。深泥が、運転できるので。」
「なぜ、俺が一等航海士を持っとるのを知っているのですか?」
「ここにいない誰かさん、飛行機の恐い誰かさん、警視正に昇進する誰かさん。さて誰でしょう。あなたの知ってる人物です。」
「スカイ兄じゃないか!」
「海軍作ろうかな!」
「やめてくれ!」
「なんで?将軍とよばれるんやで。トコロテン将軍。」
「笑うな!」
「誰も笑ってないやんか。」
トコちゃんは、ほっとした顔で周りを見回した。
「これから笑うんや!」
ひとしきり笑ってからお互い自己紹介をしたが、立夏は自分の番が来てないのに「ちょっと失礼。サンゴ礁を摘みに行ってくるわ。」
といって、サンゴ礁を摘みに行った。
「サンゴ礁を摘みに行った人は、みんな知っとるからええよな。自己紹介は終わりやけど、今日1日楽しもうな!」
7ー2.エメラルドグリーンのサンゴ礁
長い桟橋に着くと左右にエメラルドグリーンのサンゴ礁が広がっている。透き通った水、サンゴ礁の間を色とりどりの熱帯魚が泳ぐ、初めて見る世界だ。
「めっちゃきれいなとこやな。」
海岸沿いにはいくつかの「海の家」が建っているが、どこかのツアーが契約をしているのだろうか、私達は「海の家」と話し合って、桟橋に結構近い海の家に落ち着いた。屋根を葉っぱで拭いていて、異国情緒たっぷりである。
※異国である。
立夏たちは水際でキャーキャー言いながらあそんでいた。いつの間にか金田一も混ざっている。
「珊瑚のかけらで足を切らないようにね」
大きな声で注意していたが聞こえとるのかどうなのか?
気温は19℃である。肌寒かったがそれはそれ、これはこれである。時間がゆっくりと過ぎていく。上谷は海の家に座ってエメラルドグリーンの海と水際で遊んでいる3人を見ていた。
メロディーは透き通った水に沈むサンゴ礁を見ながら浜辺をゆっくり歩いていた。砂浜を歩くと足が不安定で、なんだかこの世のものでないようだった。
メロディーはひとりで座っている上谷を見つけた。
メロディーが横に座った時、上谷は不思議な話を始めた。それは人間と幽霊の恋のお話。突然の出会いと現代から取り残されたような村。そこは幽霊の故郷。2度と来れないはずだった村。新しい恋をして、恐がられず、人間でなくても人格を認めてくれた仲間がいて。それは、300年前にはなかったもの。空に消えたのはいつのことだったのか、夢の世界だったのか、わからなくなっていった。
メロディーにとっては、情緒あふれる幽霊の恋の話は不思議に感じた。遠い異世界がすぐ近くに存在するようで、やはり日本は不思議な国なのだ。
ワトソンは桟橋の端で釣りをしていた。なにか、毒々しい色の魚ばかりが釣れていた。
「ワトソンさん。見たことのない魚ばかりなんですけど、これ、食べられるのですか?。」
立夏が訊くと、
「さあ、食べたことがないから、どうだろうね。」
「赤と緑の縞模様とか黄色と黒の横縞なんか、日本では見たことないですからね。」
「イギリスでも見たことない色なんですよ?」
天候が悪くなってきたんで、船室の中に戻ることにした。船室の中にはすでに寝転がっている人が2人いる。トコちゃんとピーちゃんは海を見ながら砂浜を歩いていた。
「トコ兄、きれいな海だね。」
「そうだな、ピーチ。」
「サンゴ礁だね、トロテン。」
「そうだね。ピーチ姫。」
この異世界では、名前がどんどん変わって行くんだと上谷は思った。
4ー2.ルイ
トコちゃんとピーちゃんが船室に戻ってきたとき、船室には、秋と立夏とルイの3人がいた、ルイはなんだか苦しそうで、桟橋に出た、秋と立夏が介抱していた。ルイと立夏はフランス語で何か話していたが、元気づけているのだと秋は思った。
3人が船室に入ってきてしばらくすると、蜂らしいものが船室内を飛び始めた。
「あっ。蜂が入ってきた!トコちゃん・ピーちゃん倒せ!」
と立夏が言った。
トコちゃんとピーちゃんが丸めた雑誌で叩いて倒そうとした。立夏が刺されでもしたら、奥大井である。運よく船室の中を2回って秋のすぐ横を通って消えていった。
「そう言えばスズメバチに2回刺されると死ぬとか言う都市伝説があったな。しかし俺の友人で登山部に入っていた男は、10回以上刺されとるけどなんともないと言ってたし。」
とピーちゃんが言った。
「しかし、こんな島でもスズメバチが、おるんやな」
と立夏が言った。
天気がどんどん悪くなってきたので、みんなが船に戻って来た。
全員が船室に戻ったところで、ピーちゃんがお盆にコーヒーを乗せて持って来た。各自がコップを取って、各々がコーヒーを飲んだ。コーヒーを一口飲むと「ウッ」とルイが変な声を出したので、立夏はコーヒーカップをさっと取り上げた。
「何か入っているのかも知れない。」
突然ルイの膝が崩れて、胸をかきむしるような動作をした後、何かを抱きしめる様な格好で、うつ伏せに倒れた。
5ー1.二人の日本から来た警察官
「お客様の中でお医者様はおられませんか?」
上谷が言った。
「医者ではないが、日本の警察です。」
二人の警部が飛び出して行った。
トコちゃんは手首の脈をみていたが、首を横に振って、
「脈がない。」
と言った。
「首筋に針で刺されたような跡があってちょっと血が染み出してる。」
「コーヒーからも変な匂いがするぞ。アーモンドか?」
「しかし、コーヒーは自分が勝手に取ったもので、作為的に殺すことは不可能です。」
5.迷探偵たち
5ー2.ワトソンの推理
「さっき蜂が飛んでいたでしょう。蜂に刺されてアナフィラキシーショックで死んだのだ。」
「すると、事故だということやな。」
「事故と言えばそうかも知れん。もし、故意に蜂を持ち込んだとしたらどうだ。ルイの首筋にハチミツを塗っとけば、刺されるはずだ。」
「刺される確率が高くなるだけのこと。それまでに退治されてしまうかも知れなかった。」
「しかし、それができるのは私しかおらへんということやな。」
と立夏が言った。
「ルイが気持ちが悪くなった時、介抱するふりをして、私が首筋にハチミツを塗ったと言いたいんやな。では、首筋の傷を見つけたピーちゃん、ハチミツは塗られとったか?」
「いえ、塗られていませんでした。」
「君たちは仲間をかばっているのか?」
「たとえ他国であっても、ことが事件ならば、嘘、偽りはありません。」
「我々はこれでも警察庁に身を置く者です。日本の警察の威信を傷付ける事は、この私が許しません。」
ワトソンは気圧された。そして、
「済まなかった」と言った。
「アナフィラキシーショックでの死亡者は、日本1億2千万人のうち年間たった60人やで。ドラマでは、蜂に2回刺されたら死ぬみたいなこと言うとるけど、間違いや。よっぽどまぬけな犯人しかこんなことはやらへん。だいたい、刺されるかどうかわかれんしな。それから蜂に刺されてからアナフィラキシーショックで死亡するまで平均15分かかる。その間苦しい目に遭う。おかしいと思うやろ。症状が全然違うのや。それに、アナフィラキシーショックをおこしても必ず死ぬわけではないんや。」
5ー3.金田一郎の推理
「死ぬ前にコーヒーを飲んだやろ。あのコップの縁に青酸カリが塗ってあったんや。」
「すると犯人はピーちゃんということやな。」
「青酸カリをコップの縁に塗っても致死量に足らん。コップの中になら致死量を入れることができるけど、飲んだらすぐ吐き出してしまうほど不味いらしいで。」
「しかし、強いアーモンドの臭いがしてたから。」
「アーモンドの匂いはどこからしとった?コップの縁かコーヒーの中か、よくわからんわな。」
「確かによくわからんかったわ。」
「それに、誰がどのコップを取るかわかれんで。」
「そやねん。」
「アーモンド言うたらこれか?」
秋がアーモンドを食べていた。
「もしかしたら、青酸カリをコップの中に入れて、誰が死んでもよかったのでは?」
「無差別殺人ですか?」
5ー4.メロディークイーンの推理
「人を殺せる毒なんか、そこらになんぼでもあるわ。」
「例えば?」
「例えば釣りをしていた人がいたけど、海生生物に多いテトロドトキシンの致死量は0.01mg/kg。青酸カリは5~10mg/kgだから、500~1000倍強い毒です。それに青酸カリは管理が厳しくて持ち出せないけど、テトロドトキシンなら多くの海生生物が持ってるわ。しかも無味無臭だったと思います。」
「すると釣りをしてたワトソンさんが犯人だと?」
「しかし、ワトソンさんは自分の釣った魚の名前さえ知らんかったで。色はギラギラで確かに毒っぽいけど、毒があるかどうかはわかれへん。たとえ知らんふりしとったとしても、誰からも見えるところで、魚から毒を取り出すのは危険すぎる。」
「浜辺で遊んでいたのも怪しいですね。特に後から入ってきた男の子などは。」
「ワトソンさんと金田一が本命、秋と私が対抗と言ったところやな。」
5ー5.上谷優也の推理
「あのう、僕も推理していいでしょうか?」
「どうぞ、どうぞ。」
とメロディーが言った。
「我々は誰も、ワトソンさん、メロディーさん、ルイさんの知り合いではなかった。金田一さんは、なぜか行動を共にしたので、全員の名前を知っていた。」
「それが関係あるん?」
「また、全員がお互いに知り合いという関係でもなかった。」
「出会う前は知らない他人ということやな。」
「ところがひとりだけ紹介されてない人がいる。立夏さんとルイさんは紹介しなくても、お互いに名前を知っていた。
フランス語が判らなくても『メルシー・リッカ』が『ありがとう、立夏』の意味なのは誰か知ってるだろう。」
フランス語が判らなくても『メルシー・リッカ』が『ありがとう、立夏』の意味なのは誰か知ってるだろう。」
「そうや、よう判ったな。」
「すると、かなり親しい間柄になるが、私は1回しかフランスに行ったことないで。どこで知り合ったんか?」
「メールやテレビ電話を使って連絡を取り合っていたのではないか?」
「立夏さんが外国語を覚えた方法の中で、マサチューセッツ工科大学の友人に教えてもらったというのがあった。僕はスワヒリ語のことかと思っていたがフランス語をルイに教えてもらったことではないのだろうか。」
「つまり、立夏とルイは大学の友人だった。みんなルイが高校生と思っていた。しかし、立夏さんと同等の能力があれば、飛び級で大学を卒業できる。立夏さんと同じように16歳や17歳で卒業できれば、かなり仲のいい友人になれたのではないか。何しろ、唯一自分を追いかけて来れる人なのだから。」
「だから、犯人を当てても動機まではわかれへんかった。」
5ー6.九条立夏の解答
「上谷さんの言うことが大体当たっとるねん。大体やで。」
「どういうこっちゃ.俺のいうことは違うんか?」
と金田一が言う。
「違う、みんな私の作った罠にみごとにはまった。」
「あれは罠やったんか。」
「ええ加減に気が付かんかい!」
「そして、メロディーさん、さすがエラリークイーンの孫や。事故も蜂も病気も青酸カリも無差別殺人も見事にかわした。テトロドトキシンとアーモンドミルクを用意していたら、モモ改めピーチを犯人に仕立て上げ、実際にルイを殺せたかも知れへん。テトラエチル鉛やったらもう完璧やったんやが。」
「なんでや、そんな毒薬知らんで。」
金田一が言った。
「エラリークイーンの作品に出てくる神経系毒薬や。」
「そう言えばそうだ、そこまでは気が付かなかった。」
と秋に言われていた。
「しかし、まだ誰も気づかないトリックがいくつかあるんや。」
「マサチューセッツ工科大学ではルイと私は大の仲良しやった。なぜなら二人とも飛び級で大学に入って来て、卒業も一緒やったからや。成績も1番と2番やったし,資産も私の半分ぐらいはあるし。私は財閥の恩恵を受けているから。私はルイが羨ましい。好きなことをして生きていけるんや。」
「それやったら仲良しやろ?」
「時々メールで近況報告をしとった。今度オーストラリアのケアンズに行くと書いたら、『オーストラリアで会わないか?』と返答が来た。」
「ごく普通の反応やと思うけど、それが何で殺人事件になるんや?」
「そうや、殺人事件にはならへん。なぜなら、私がルイを殺すわけがあらへん、だからルイは死んでないんや。」
ルイは起き上がり、にこにこして、
「みごとにかかりましたね。みなさん推理は楽しかったですか?立夏が私にしたことは、針で首筋をちょっと突いて血をだしたぐらいですね。」
「では、解答を。」
「脈がないので死んでいると判断したこと、これが間違いやった。動脈を圧迫するとしばらくの間、脈をとめることができるんは知っとるよなぁ。ルイは腋に拳を挟んで脈を止めてみせた。もしこれがバレたら苦しむふりから失神のふりへ移るつもりやった。こんなことで騙されたらあかんで、警察!携帯電話のライトで瞳孔の反応を見んかい。警察学校で習ったやろ。そやけど、知らんかったとは言え、ナイスアシストやったで。」
「そんなんどこで打ち合わせたんや。」
秋が訊ねた。
「秋の目の前で、フランス語で打ち合わせたんや。」
「私がフランス語を知らん思て、なめおったな。知らんけど。」
「ふっふっふ、ここで会ったが100年目。」
「立夏、格言の使い方が違う。それにしても100年とは長生きな奴じゃ。」
「さて、蜂だがあれは私が放ったものやねん。」
「蜂なんか危ないやんか。誰か刺されたら痛いやんか。」
金田一が言った。
「最初の『蜂』の言葉に迷わされたんや。あれは、『ハナアブ』という蜂によく似た黄色と黒のハエの仲間で、刺すか刺さないかというより針がないねん。金田一の言う通り刺されたら痛いやんか。そんなに危ないもん飛ばすかいな。ワトソンさんにはアナフィラキシーショックの死亡率は1億2千分の60なんていうたけど、万が一にもその60人がおったらあかん。アナフィラキシーにはアドレナリンが効果が高いけど。ここから15分以内で連れていける病院はない。」
※アナフィラキシーは全身に症状が出ること。アナフィラキシーショックはアナフィラキシーによって急激な血圧の変化や失神などのショック症状を起こすこと
「見た目には蜂に見えたけど」
「それが罠や、似てる安全な物探して来てん。ワトソンさんにはああ言うたけど、刺されるだけでも重症になる場合があるねん。スズメバチは毒を持っとるから多数の蜂に刺されると死ぬこともあるんや。ほとんど例はないけど。」
「それから、のんびりゴロゴロしとる間に海の家でアーモンドミルクを買っといたんや。結構探したで。ルイからコーヒーを受け取り、皆がルイに注目した瞬間に、アーモンドミルクをコーヒーに混ぜておいたんや。実際の青酸カリは柑橘系の匂いもするらしいけど、世間ではアーモンドの匂いで通っとうし、まあ金田一やったらアーモンドの匂いに飛びつくやろう、思い通りに金田一はアーモンドの匂いに飛びついた。他の人は検討はしたかも知れへんけど、さすがにこの罠にははまらんかった。」
「くそ、なめやがったな。じっちゃんに言ってやる。」
「残念だが、君のじっちゃんは私の味方や。それに私らは金田一と言うとうけど、お前の本名は『金田 一郎』やからな。お前のじっちゃんは探偵とちゃうで、うちのじっちゃんの将棋仲間や。」
秋は続けて、
「立夏、実は悲しいことに、金田一には友達がおらへんねん。お土産買うても渡す相手が家族だけやねん。もっと遊んだって。」
「姫君、変なこと言わないで下さい。友達は2~3人います。最近、連絡が取れなくなりましたが。」
「ブロックされよったか。電話もブロックされとるんちゃうか?」
「そんなことあらへん。今から全員に電話してみるわ。」
「やめたほうがええで、ショックが大きなるから。」
しばらくして、
「ほんまや。誰も電話に出んわ。」
金田一の目に光るものが見えた。
「22にもなって泣くな!」
「泣いてなんかいないやい!」
「アホおもろいやっちゃな。」
立夏の感想である。
「上谷さんのはよくできているが具体的ら証拠がない。しかし、ほとんどあっている。事実、ルイと私は仲良しで動機がない。私の方がお金があるいうても、ルイも年額2億円の稼ぎがあるし、3兆円の不動産があるから、好きなことして生きていけると羨むこともあるが、殺したいと思ったこともないし、殺しても何も変わらんのは知っとるねん。だから殺していない。」
「以上です。何かご質問はありますか。」
「何でこんなことをしたんですか?」
「優秀な人材を捜すためや。秋とルイは優秀やから、他の人のテストやな。合格したのは1人、上谷優也さんや。東京に着いたら調布にある自衛隊医科大学の上白河教授のとこに行くで。」
「そこで何をするんですか?」
「適性試験。但し、ものすごく厳しい試験やからね。今まで、私と秋しか受けてないから、まあテストみたいなもんやけどな。ついでに金田一も受けてみるか?試験受けて、何かで150点を超えたら合格や。」
「結果はどうだったの?」
「130点以上が『ギフテッド』、私が190点、秋は200点以上、ルイも少なくとも180点以上はあるやろ。まだ200点以上は測られへんねん。」
「秋さんとルイさんは九条に就職するんですか?」
「さあ、どうでしょうか?」
6.帰路
6ー1.ケアンズ国際空港
「いらっしゃいませ。こちらは、ケアンズ国際空港、スペシャルファーストシートの受付でございます。ご案内は英語でよろしいでしょうか。」
「はい」
と立夏が返事する。
「それでは日本語で案内させて頂きます。お名前を仰って、入場して下さい。」
「九条立夏」
「西園寺秋」
「上谷優也」
「深泥心太」
「深泥桃」
「以上の5人ですね。往路と相違ありません。」
続けて金田一が入ろうとすると、ブザーが鳴って10体の人形が現れ、銃口を金田一に向けている。
「金田一、逃げたら射殺されるで」
「ちょっと俺は乗せてもらわれんのか?」
金田一が言った。
「見送りと違うのん?」
秋が言った。
6ー2金田一はまた泣いた
「恥ずかしながら、帰る金がないんです。」
「それは気づかんかった。適当なアルバイト紹介しょっか?」
と立夏が言った。
「もっと早く言うてくれたら、ええアルバイトがあったかも知れへんのに。」
「オーストラリアでアルバイト紹介できるのん?」
「できるで。オニヒトデ退治とかウラン鉱山とか。半月で日本に帰れるぐらい稼げるのんもあるで。」
「どんなバイトですか。」
「いつでも募集しとるんやけど、南氷洋のクジラの調査や。いつでも海が台風並みに荒れとって、時には30mぐらいの波が来るねんて。船が90度ぐらい傾くらしいで。」
「そんなん危ないですやん。」
「大丈夫、命綱があるし、医者がおるから凍傷になることもない。海に落ちても引っ張り上げてくれるしな。年間10人ほどしか死なへんらしい。」
「いやや、俺、その10人に入りそうな気がする。」
「心配せんでも泳げるんやろ。」
と秋が言った。
「台風の海で泳いだことなどありません。しかも方角間違えたら南極大陸やし。」
「私、あっちこっち行ったけど、南極大陸には行ったことないねん。」
立夏が言った。
「立夏様、いじわる言わんで日本まで連れて帰って下さい。」
金田一は土下座をして床に頭を押し付けて泣いていた。
「うっうっ日本に帰りたいんです~。」
「22にもなって泣くな!」
「仕方がないから、搭乗者追加手続きをしたるわ。」
「お名前を仰ってください。」
「金田一郎」
「氏名、顔登録、骨格登録、頭髪遺伝子登録完了」
「では、九条立夏グループに追加します。九条立夏さん、登録指紋認証を行って下さい。」
「はい、ありがとうございます。それでは2時間後に案内致しますので、お菓子を食べたり、ジュース、コーヒーでも飲みながらお待ち下さい。全て無料となっております。」
「金田一、ガツガツ食べるなよ。」
「実は、最近、食事が不規則になっていまして、あきませんか?」
「あかんわ。心配せんでも機内も食べ放題、飲み放題やから、少しずつ食べてな。」
と秋が言った。
「行きはケアンズに着くまで寝とって、何も食べへんかった。今日は昼食からやし、ちょっとは食べれるやろ。しかし、金田一、偶然私たちが来なかったらどないするつもりやったん?」
「わかりません。『金がない、どないしょう。』まで考えてました。」
「それでいい案は出たのん?」
と秋が訊いた。
「『どないしょう』から先に考えが進みませんでした。」
「姫君を見つけた時、幻を見たのかと思いました。これこそ毎日、神様を拝んでいたおかげと思いました。」
「私の病気を心配して神社に通うとったんとちゃうんか。」
「秋の方が年下なのに、なぜあんなにえらそうにしてるのだ?金田一もそれが当然のようなのはなぜだろう。」
トコちゃんは思うのだった。
立夏と上谷が話している。預金の話なんだろう。
「こんな楽しい思いまでさせてもろて、預金の話なんかいいんですか。」
「何言うとんのん。もともとそれが目的やんか。」
「では、いくらぐらい預金してくれるのですか?」
「10億円はやめや。25億円にする。」
「あさって、九条銀行の神戸支店から振り替えるから付いて来てな。」
「なんで神戸なんですか?」
「みんな神戸に行くつもりやで。忘れたん?車をあげる話。」
「本気なんですか?僕1台持ってますよ。」
「あげた車の税金や保険料や駐車場代、壊れた時の修理代は封書で九条銀行本店の九条立夏宛でおくってな。私の口座から支払うから。」
搭乗案内がアナウンスされ、トロトロとスペシャルファーストクラスの室内に入る。
ジェット機が滑走路を走り出す。
秋が言った。
「立夏、ケアンズ、楽しかったで」
ジェット機は日本に向かって飛び立った。